その10
港には大型のフェリーが停泊していた。今夜、ここで大きなイベントが催されることになっている。タラップを昇る参加者の表情は明るく、色々な雑談を交わしながらその入口に吸い込まれていく。入口の飾りには大きく文字が書かれており、ひときわ異彩を放っていた。
Natural Bodaless Club 懇親会
フェリーのタラップを上がり会場の入口に入ると、黒服を着た男女が出迎えてくれる。折り目正しくきっちりとした着こなしで、丁重にお祝いの言葉を述べてくれる。それから個人個人を参加者名簿と照らし合わせて記帳する。ボールペンでは無く、高級そうな万年筆である。ほとんどの参加者が書きなれていない為、上手く書こうとして反対に汚い字になってしまっているが、そんなことを気にする黒服はおらず、記帳の終了した順番に専用の客室に案内されていく。内装も凝った仕様になっており、土足で歩きまわることすら躊躇ってしまいそうになる。
専用の客室には各々の正装も用意されており、参加者は私服で来場した後、ここで着替えてパーティー会場まで足を運ぶのだ。タキシードやドレス、アクセサリーなども充実しており、着替えた後には全員がいっぱしのパーティー参加者の様相を呈している。馬子にも衣装とはこのことだ。
「参加者の集まり具合はどうなの?」
「上々だ。多分9割ぐらいは埋まるだろうな」
妖精燕と士が小声で話し合う。メインの黒服の内の二人だ。様々な声と音が重なり合う喧騒の中、二人の声量は静かだがはっきりと聞こえる。
「結局、あれ以来こなかったわね」
「……そうだな」
まーのことだと理解する士。普段とは違い、きれいな標準語で話す妖精燕はどことなく所在なさげだ。
「集中しろよ? 最期の締めなんだ」
「わかってっちゃ」
二人の会話はそれきりで、すぐさま仕事モードに戻った。
「いよいよか」
「そうだな」
「……」
どちらともなく話かける慈樹琉と覇威弩。その投げかけに声を出して反応はしない玖麗羅。三人とも綺麗な身なりをしている。玖麗羅の妹である玖麗摩は姉と手を繋ぎながら眠たそうに反対の手で目を擦っている。もちろん、彼女の身なりも整っている。
すると、向こうの方からどやどやと足を踏み鳴らしながら歩いてくる集団が近づいて来た。
「おおっ! ここにいたのかよっ! 探したじゃねえかっ!」
不躾で遠慮のない声だ。いつもはびくりと肩を震わせる声が、今日は不思議と何も感じない。
「すみません。お義父さん」
玖麗摩は覚悟を決めていた。もちろん二人の兄弟も同じ気持ちだった。
聖子は港に来て目を丸くしていた。豪勢なフェリーが泊まっており、そこかしこで起こる歓声や嬌声が耳を障る。集まってくる人々は私服で、およそ船上パーティーには不向きな格好ばかりだがそれもある意味当然ではあった。聖歌宛てに届いた招待状には、実際にこう記されていたからだ。
-御自由な服装でお越し下さい-
聖子は身なりを整えてハイヤーで現地に降りていた。周りの人間がさも場違いな服装とでも言いたげに奇異の視線を向けてくる。正しい格好をしているはずなのに、自分が間違っていると錯覚しそうになる。それでも、今日は一歩足を踏み出して、入口へと進む。
大路皇子は遠くの方に見える内地のイルミネーションを見ていた。もうすぐこの船は港を出る。本来の予定ではこの湾内を遊覧した後、ここへと戻って来る手筈になっている。しかし、今日このまま出航したこの船は、全世界へのメッセージとしてその役目を終えるのだ。ただの自己満足だろうが、それでも全世界はきっと大々的に報じてくれるだろう。最初の予定では、牧島聖歌を広告塔にして各地会員の母数を増やすことが狙いだったが、大きな手違いで死んでしまった今、この機会に盛大に使わせて貰うのが最適解だと判断していた。すでに確保している道連れもいる。刺激的にするならより徹底的であるべきだ。それは自分で大路建設を潰したあの時に肌で感じた経験だ。単発ではどうとでも処理できる事件も、一斉に引き金を引けば相応の大きなうねりとなる。
「もうすぐだよ、母さん」
この国の言葉が自然に出てしまうことすら厭わしい。けれど、皇子は敢えて死ぬまでこの国の言葉を使い続ける。
彼の母親は南米出身で、父親の現地の愛人としてその半生を送った。最初の予定では適当な額の慰謝料で手切れをしてお互い不干渉の人生を送るはずだったが、大路建設の創業一家の内紛で多くの兄弟が更迭された結果、使いやすい男の丁稚として皇子が連れてこられる結果となった。条件として、決して反抗しない確約の付けられる人間が必要だったのだ。自分の母親を人質にされている皇子は条件としては整っており、成績も優秀で外国語も堪能ときていた。
皇子の意向などもはや関係はなく、海外の大学入学を機に強制的に日本へと留学させられたのはもう懐かしい思い出となっていた。
「それにしても、意外と大人しかったな、あの二人は」
皇子の頭に浮かんでいるのはまーと正義だ。そもそも正義とは父親同士の繋がりでもともと面識があり、正義が高校に進学したのを機に、皇子から接触を試みたのが再会の始まりだった。正義は偶然の出会いと今でも思っているだろうが、そんなことはなかった。そのとき牧島聖歌の存在を知り、もしかしたら使えるかも知れないとその時点から考えていたのだ。もっとも、皇子本人が一番仲間にしたかったのはまーの方だった。彼女の経歴を知って俄然、興味が沸いた。いや、興味を惹かれたと言った方がより正確だろう。
「タイミングが違えば、きっと親友にでもなれたかもしれないのにな」
でも、たとえ親友になれたとしても、この結末は回避出来なかったに違いない。そういう意味では、彼女と親交を深めなかったのは、良かったのかも知れないと今では思う。
そういえば、あのゲーム機を初めて渡したあの日、牧島聖歌は本当に迷惑そうにしていたが、今日まで捨てられずにいたばかりか、まーにまで引き渡してくれた幸運を感謝せずにはいられない。付属させているGPS機能が役に立ったこともそうだが、盗聴機能が十全に活躍してくれたことは特筆すべきことだった。もちろん、このことを知っているのは皇子本人だけだ。
聖歌については警戒も何もしていなかったが、まーについては充分に注視していた。あれっぽっちの手札で正義のネタを暴いた手腕は素直に驚いたものだ。迂闊に近づくと、自分のことも暴かれかねない危険を感じたのは本当だ。ただ、聞いている様子ではいまだ見当違いの捜索を続けているようで、それも杞憂だったと言える。
「まあ、仕方ない。二人にはニュースで知ってもらう他ないね」
展望台の中でも特別な部屋にいた皇子を呼ぶ声が聞こえる。今日のために雇った臨時の船員だ。
「オーナー? OKだよ」
「わかった、それじゃあそろそろ出港の合図をしようか」
船員は片言の日本語をあえて使うのも億劫なのだろう。仲間同士では訛りの効いた英語で会話をしている。ほどほどにその声をBGMとして聴き流しながら、皇子は全館放送に切り替えて告知を流す。
「お集まりいただきました紳士・淑女の皆さま。ただいまからNatural Bodaless Club 懇親会の開始を宣言させていただきます」
ボォーと汽笛が鳴る。陸地との別れの合図だ。
「さようなら」
その声に応える人間は誰も居なかった。
今回の出港はただの遊覧イベントが主であり、通常の遠征運航に必要な人員配置などもちろん行っているわけではない。だからこそ、普通は必要な運行管理者の手配や機関室の管理責任者、および案内スタッフなどは必要最低限に抑えられている。場合によっては遊覧にすら適さないような配置もあるのだが、今回はそれでも全く問題はなかった。けれど、そのことが、ネズミの侵入に一役買うことにもなったのは否めない。
「セキュリティ厳しくないから、ホント助かるよ」
「そりゃいいけど、ギャラ分ぐらいは働けよ?」
「あん? 誰に言ってる? 家族のピンチは本気出すよ」
「はいはい。ちゃんと頭使って行動しろよな」
「お前、ラブの依頼じゃなかったらココで沈めてるよ?」
こそこそと機関室に潜り込んでいる二つの影がある。幸いにもこの場所を管理している人間はいなかったので、余計な被害は出なくで済んだのは幸いだった。
管弦楽の音が鳴り響くホールだが、実際に演者がいるわけではなくあくまでも雰囲気の一環として音が流れていた。メインホールには大勢の参加者が集まり、思い思いに行動している。個々人を見るとほとんどの参加者が写真や動画を撮り、SNSに上げたり生中継のような配信をしていたりと品はない。しかし、今日はそれで正解なのだと満足げに見下ろしているのは首謀者である皇子その人だ。
「準備完了したわよ」
「受付も大丈夫だ」
妖精燕と士が報告する。
「参加人数は?」
「予想通り。9割ぐらい」
「うん、上々だね。配信状況は?」
「問題ない。いつでも開始できる。既に前もって告知しているし、スケジュール通りでいけるぞ」
例の聖歌が絡んだ一件についてのまとめ動画サイトを主導していたのは皇子だった。内部情報者しか持ちえない情報をうまい具合に小出しにしながら、ある程度の登録人数を増やしていた効果もあり、リアルタイム配信の視聴者はほどほどに膨れ上がりそうだった。
「じゃあ、予定通りに21時開始で」
頷く二人。これ以上の打ち合わせは必要ない。
「あ、そういえば」
妖精燕が思い出したように呟く。
「どうしたの?」
「山崎正義、来てたっちゃ。一般参加で」
「……へえ、まーちゃんは?」
「それが、どこにも参加記録がない」
「彼だけか……親御さんは?」
「来てない」
皇子は思案するものの、脅威にはなりえないとして切り捨てた。すでにあのお坊ちゃまは役割をほとんど終えているから興味も失せていた。
山崎正義は必死になって準備を進めている。もちろんまーとの約束があるので手を抜く気は無いのだが、まーの連れてきたあの二人の圧力が怖いからというのが本音だ。まーは別に多少失敗しても構わないぐらいに思っているだろうが、あの二人と来たら『失敗=死』とでも言いたげに、いや実際にそれっぽいことは口にしていたが、今回の作戦を成功させることに本気だ。すでに二日連続での徹夜作業に入っているため意識は朦朧としているがここで眠ったら最期、多分生きては帰れないと理解している分だけ手は止まらずに動き続けている。二人への依頼料金をすべて肩代わりしているのに、どうして実務も参加しなければいけないのか。
そんな朦朧とした意識の中、正義は数日前の出来事を思いだしていた。
呼び出しボタンを押しても反応がない。それは居留守を使っているという意味では無く単純に音が鳴っていないことが原因だ。線が途中で切れているのか知らないが、このままでは埒が明かないため、コンコンと軽く扉をノックする。市営団地の三階の角部屋。まーと正義の住んでいる地域とは東京を挟んで真反対にくるようなところだ。
「えっと、こんにちは~」
声を掛けるのは正義だ。まーは喉を保護するためのマスクをしており、声を出す気は無いようだ。ひとしきりあの手この手で声を掛けるものの、中から反応が無い。
「……留守、じゃないのか?」
「(いるわよ、メーターの回転具合からして)」
「お前の方がよっぽど向いてるんじゃないか?」
極力小声で指示を出すまーに、正義はせめてもの反抗をする。仕方ないとばかりに、まーはカバンに詰め込んでいた手紙のようなものを取り出す。それを手渡しされた正義は空気を読んで玄関扉のポストに投函する。
カコンと軽い音がして数分経った後、部屋の中でガサゴソと動き回る音が聞こえる。それからさらに時間が経過した後、玄関の鍵がガシャリと開いた。
中から出てきたのはまーや正義よりやや年上の女性だ。髪はぼさぼさで服装も部屋着丸出し。
「はじめまして、歌島一輪さん」
唐突に呼ばれた自分の名前に身を引く一輪だが、恐る恐るという風に肯定する意味で首を縦に揺らした。一輪には全く面識のない二人だが、関係性は先ほどの手紙の内容で理解出来ていた。
「突然で驚かれたことと思いますが、協力して欲しいんです。皇子さんを止めるためにも」
正義がそう言うと、前々から郵便受けに入っていた通知はがきがカコンと音を立てた。
それは彼女の受けたオーディションに対する不合格通知だった。
電飾が突然消え、あわや停電かと思った矢先、舞台の上にいる人物にスポットライトが当てられた。ハーフ特有の目鼻立ちのはっきりした男性が姿勢よく立っている。上背もあるので、一見すれば司会者の様にも見えるが、その立ち振る舞いから主催者であることが読み取れた。
「御歓談中に申し訳ございません。いきなり声をあげるよりもスマートかと思いまして、ちょっとびっくりさせてしまったようですね。以後、気を付けますので大目にみてください」
アルコールや軽食を摘みながら和んでいたグループから軽い笑いが起こる。
「さて、時間となりましたので、今宵の懇親会を開始させていただきたいと思っております。……そうですね、少し照明を基に戻しましょうか。よろしければ皆さま各自、所定の座席までお戻りください。コース料理は各自のお好みに合わせておりますので、座席をお間違いないようお気を付けください」
わらわらと指定された席に向かう人影を見下ろしながら、主催者は言葉を続ける。
「着席を終えられるまでに、もう一度この懇親会の経緯をご説明させていただければと思います。このNatural Bodaless Club という集まりは三十年ほど前に私の父親が始めた活動であり、その当時は若い活動家に政界や財界への進出を促す為の会合が発端と記されています。いまもその風潮は残っておりますが、現在としては『各種分野の若い才能』をひとところに集めて、お互いに影響を与えあうことで更なる躍進を遂げて貰いたいという思いから成り立っている組織でございます。もちろん、学術、芸術、文芸にとどまらず、スポーツや歌唱、クリエイターもその範疇に入ります。本日参加されておられます皆さまのご家庭には、若くして突出した才能を見出された次世代の担い手がいらっしゃることと思います。今夜は、そんな若き才能同士が出会う最初の機会だと思っていただければ幸いです」
会場からまばらに拍手が起こる。
「ありがとうございます。かくいう私も、かつてこの会合にて色々な才能と出会うことが出来ました。本人の了承まではとれておりませんので、あまり公には出来ないメンバーばかりですが、その中には今でも一線級で活躍している若手実業家、作家、歌手、プロスポーツ選手などがいます。分野が違えど、才能というものは引かれ合うもので、その中から将来の伴侶を得た同窓生も多くいます。もしかしたら、今日この会場でお互いが運命の人であると発見する若人もいらっしゃるかも知れません。ただ、その場合はどうぞ親御様とご兄弟様は温かい目で見守っていただけますようお願い申し上げます」
会場からまばらに笑いが起こる。
「それではそろそろ、皆さま着席いただけましたでしょうか」
進行を務める主催者からの声かけに応えるものは無いが、見たところこれといった動きも無い。全員が着席したと見て主催者は一つのお願いをする。
「それでは乾杯を行う前に、一つお願いしたい儀式がございますのでご協力お願いできますでしょうか」
一息を吐き、主催者が続ける。
「この会合の発起人である父は、実業家として成功するまでは家具職人として働いておりました。実は皆様の椅子の手すり部分の先端にはあるモチーフが装飾されております。右と左で別々のモチーフとなっておりますが、一体どのようなモチーフなのか、触った感触だけでお分かりになる方はいらっしゃいますでしょうか?」
そう言われて、各々の椅子の先端を各自が確認し始める。薄暗い中では見ても分からず、全員が手探りで確認を始める。
「あまり長引かせても仕方ありませんので、答えを申し上げましょう」
もう一度息を吐き、主催者が言う。
「それは、懺悔と贖罪です」
一斉にガシャンと鈍い音が鳴り響く。モノクロ映画で牢屋が閉まるようなあの鈍い音だ。椅子の手すりにぴたりと這わせていた手は、手首ごとがっちりと掴まれており、立ちあがることすら困難な状態に陥る。足首も妙な器具に挟まれて動かせない。合わせて首も細い鉄の輪のようなものが巻き付いている。無事だと言えるのは胴体ぐらいのものだ。
「「「「「……え?」」」」」
会場の半数以上が同じ表現をした。呆気にとられるとはまさにこういう状況を指すのかもしれない。
ただ、全員がそうではなく、椅子に拘束されていない人数も多くいる。その拘束されていないメンバーは全員が若く、そしてとても醒めた目をしていた。
「おいっ! なんだこりゃ! どうなってんだよテメエっ!」
最初に大声を上げたのは玖麗羅の義父だ。
「こらっ! テメエ、なにぼーっと突っ立ってんだよっ! 早く何とかしろよ、おいっ!」
玖麗羅は醒めた目でそれを見ていたが、ふと思いだしたようにテーブルの下に潜りごそごそと何かを探し始めた。
「はぁ? おいっ! テメエっ! こっちだよこっち! お前何やって……」
怒声の勢いが徐々に収まり始める。拘束が解けたわけではなく、その眼の前の光景がよく理解出来ずに言葉が出なくなったのが原因だろう。玖麗羅がテーブルの下から取り出したのは木製のバットだ。ここが河川敷のグラウンドならいいが、現状にとってあまりにそぐわない凶器を前に義父が言葉を失う。まるで新品のそれを玖麗羅が力一杯握り締める。
「お前、何を……」
各テーブルで同じような光景が繰り広げられている。立ちあがり、拘束されていないのは全てがNBC会員の面々だ。
「さあて、先ほどの説明を何の疑問もなく受け入れている馬鹿を絵に描いたような皆様。目を反らさずに見て下さい。これがあなたたちの現実ですよ」
主催者である皇子の声が会場に響く。妖精燕と士が会場に入るためのドアを次々と締めていく。こうなると出入りする道は上の方にある天窓や舞台装置の操作室、あるいは舞台袖の控室へと続く通路ぐらいしかない。その控室通路も妖精燕が施錠すると、この会場は一時の密室と化した。通常のドア前には士が陣取っており、異様な緊迫感が漂ってくる。
「あ、そうそう。最初の挨拶で一つ間違ってご案内をしてしまった箇所がありますので、いま訂正とさせていただきますね。『Natural Bodaless Club』というのは真っ赤な嘘です。正しくは『Name Bind Club』という名称の略です。『名前に縛られている者たちの集まり』という意味ですよ。そろそろ、本筋の目的が見えましたかねぇ? 愚か者ども」
会場から怒声と罵詈雑言が噴出する。奇声と嬌声も相まって、まとまりのない動物園のような混沌具合だ。そんな様子を各テーブルで見つめる会員の目は、異常な程に落ち着いていた。各自の手にしている得物は様々で、鈍器もあれば刃物もある。唯一の共通点は、全員が殺傷目的でその得物を握っていることだろう。
「そろそろ種明かししましょうか、とその前に、配信状況はいかがかな?」
話を振った先にいる妖精燕が頭の上で大きく輪を作る。良好という意味だ。
「OK。さあ、もう解ったかな? 答えはそう、ここで愚か者たちは自分の子供にむごたらしくみじめに殺されちまうのさ? でも安心しなよ、この名場面はいま全世界に配信されている。愚か者たちの無様な死に様はきっと未来永劫忘れることなく語り継がれることだろうぜ。世界初だ。先進国で虐殺動画がリアルタイム配信されるなんて、前代未聞だろう。ああ、一体どんな風に殺せばいいのか、ワクワクしてくるよな。撲殺? 刺殺? 絞殺? いやいや、普通に殺したんじゃ面白くないよな。もっと、ずっと、苦しんで死んでくれなきゃ意味がない。生かさず殺さず、でもやっぱり殺す。そういう映像を見せてあげたいんだよ。きっと、今は憤怒に塗れた感情も、次第に変わっていくんだろうな。怒りが怖れに変質し、そして後悔へと繋がりやがて懺悔へと至る。でも、それでも、赦しは得られない。だって、もう殺すつもりでここまで来ちゃったんだからな。ああ、年甲斐もなくドキドキするよ。こんな興奮は、未だかつて感じたことがない」
会場のボルテージはどんどん加速していく。
「さて、気になる閲覧状況はどんな感じだい? 一体全体、どれだけの人が見てくれているんだろうな」
妖精燕がジェスチャーで答える。事前に取り決めていた仕草だ。
「そうか、まだ10万超えたぐらいか……それじゃあ、100万突破のために最初に死にたい奴、手を挙げて」
そこかしこで声のハウリングが起こっている。
「ああ、それは無理だったね。ごめんごめん。じゃあ、最初に殺したい奴、手を挙げて」
これも事前に決まっていたことだ。ただ一人、玖麗羅がその手を挙げる。
「はあっ! ふざけんじゃねえよテメエ! 誰に言ってんだコラ! テメエの父親だぞ!」
「……違う、お前は父親なんかじゃない」
隣のテーブルで慈樹琉と覇威弩が無言でその様子を見つめている。なお、妹の玖麗摩は姉の温情という形で別室で待機となっている。恐らくもう時間的にも眠っているだろう。故に、玖麗羅のためらいは無くなっていた。
「さあ、景気良く割っちゃってよ。こういうのは勢いが大事だからね。ほら、日本の風物詩? でスイカ割りってあるじゃない。あんなイメージでパッカリやっちゃおうよ。怒りを込めて、思いっきりさ。今まで、色々な目に遭ってきたんだろう? 忘れちゃおうよ。全部ゴミに出して、捨てちゃおうよ。さあ、やろう、まさに生まれ変わるために!」
皇子が煽る。会場のボルテージは最高潮だ。閲覧数もぐんぐん上昇していく。
「お、おい、嘘だろ? 何かのドッキリとかだろ? なあ、おい、お前って、オラ、ふざけんじゃねえ、何とか言えよなコラッ! ぶっ殺すぞテメェ!」
「死ね」
大きく息を吸いこむ。そして、覚悟を決めた眼で大きく振りかぶる玖麗羅。
と、その時。突如状況にそぐわないポップでキュートなBGMが会場全体に鳴り出した。
一瞬、驚きのあまり周囲をキョロキョロと見回す玖麗羅。各自NBCのメンバーはもとより、妖精燕や士、果ては皇子まで一様に困惑の表情を浮かべている。
『ハロハログッナイ♡ 今宵、現役女子高生ユーチューバ―田中愛歌の乗っ取り生配信ライブ実況中継がはっじまっるよー♡ 人生諦めちゃってるそこの君達っ! 練炭買う前にやることあるでしょ! 死ぬかどうかはこれ見て決めなっ!』
玖麗羅にとって聞き覚えのある声がした。ただ、その人物とはこんなテンションで会話したことが無いので一瞬では判断が付かない。
すると、何かの擦過音が鳴り始めた。カラカラともジャリジャリとも聞こえるが、何かが落下するようなそんな感じだ。どんどん近づいてくる。そう、皇子の背中へと。
「うげらっ!」
とんでもなく不細工な悲鳴をあげて、皇子が舞台から飛び出す。背中を痛打されてロケットのように壇上から消えていく。
巻き戻して再生すると分かりやすいが、ターザンのように舞台天井の照明装置から飛び出したまーが綺麗なドロップキックをぶちかましたのだ。背骨と頸椎を同時損傷しそうなほど『くの字』に海老反りした皇子はびくびくと震えながら悶えている。
『そろそろ本番始まるよ、準備いいか?』
『ああ、いいぜ』
『え、は、はい大丈夫です!』
『サイコ野郎、緊張しすぎね。もっと楽しめよ』
『そうだぜサイコ野郎。記念すべきニューイヤーのイベントだろ』
『い、いや、そういうわけには』
『しかしよ、恐喝屋? ラブのやつちょっとテンションおかしくないか?』
『んあ? そりゃ元気が出る不思議な薬飲ませているからね。詐欺師もやるか?』
『おいお前、ラブになんてもん飲ませてんだ? ふざけてんのか?』
『はっはー、という建前で、ほんとはただの胃薬ね。多めにあげたけど効果は無いよ』
『……ったく、驚かせやがって』
『いや、胃が荒れたりするんじゃないですか? それは』
『は? 日本の普通に売ってるクスリよ?』
『そうだぜ、サイコ野郎。そんなもん』
『『効果ないぜ』よ』
『いや、何でそこで息ぴったりなんですか? 普段すごく仲が悪いのに』
『そりゃ、嫌いな日本人をクソボコボコに出来るチャンスよ』
『ああ、クソうざい日本人をな。だから』
『『めちゃくちゃ楽しいぜ』よ』
『不安で吐きそうなんですけど?!』
『胃薬いるか?』
『いや、いいですよ』
『高いだけで効果無いもんな』
『別にそういう理由でいらないわけじゃないですよ?!』
雌伏の時を経て、ついにまーの反撃が始まった。




