我ながら、立派な最期
囲まれてしまっては逃げ道もない。こんな軽口が出るんだから俺もまだまだ頑張れるはずだ。
「いくぜっ!」
まずは槍を投擲。松明を持った雪男は軽々とそれを避けるが、俺はそうなることなどわかっていた。先ほどまでこいつらの仲間と戦っていたんだ。こいつらがどれくらいの知能を持っていて、どんな戦い方をしてくるかはある程度わかる。問題は一対一ではなく、多対一だということだ。
(だからまずは……!)
俺にもっとも近い奴の足元に素早く這いよった。雪男は石器を使って足元の俺に攻撃しようとするが、俺はそれをするりと躱し、奴の膝に絡みついた。
「まず一本!!」
「ホッハアアアァァ!!」
枝が軋んで折れる音がした。そう、まずは一体一体の機動力を奪わなければいけない。逃げ道がないのならば作ればいい。別に、俺の目的はここにいる9匹を殺すことではない。逃げて生きることだ。
(9匹のうちの一本でしかないが、これでも大きな一歩だぜ)
足が折られて悲鳴を上げる雪男。さっき俺が倒した雪男は、舐め切っていた俺に足をへし折られ取り乱していたが、今のこいつらは違う。目の前に仲間の死体があり、小さな蛇が敵意を持って襲ってきているのだ。隙があればすぐに攻撃をするべきだろう。握っている石器を俺に向かって振り下ろす。
「へへ、ありがとよ」
俺は、足をへし折った時のように身体を力ませるのではなく、完全に脱力した。振り下ろされる石器を見ながら、それがどこに振り下ろされようとしているのか、脱力した身体を少しだけ動かし、隙間を作ってやる。
「ッ!!ハアアァァア!!!」
雪男は、折れた自分の足にさらに石器を突き刺した。さすがのパワーというべきか、俺の牙も通らない皮膚からは真っ赤な血が滴っている。
「フホ!フホ!」
別の雪男が近づいてくるを見て、俺はすかさずその場から離れた。
「ヒット&アウェイでいくぜ……!」
俺は、二又に分かれている舌をチロチロと出し、牙を見せながら威嚇をする。
「……ホーッホッホ」
「ホハハッハ」
「ハー!ホッフ!」
「グルルル……ルルオアァ!!」
「ハハハーホッハ」
「ヒーッヒフ!」
「グルルル……」
(話をしてるのか……?)
雪男達は迂闊に近づこうとはせず、鳴き声と身振り手振りを使って会話をしているようだった。話の内容は俺の捕え方だろうが、何を言っているのかさっぱりわからない。ただ、足をへし折った奴が仲間たちに怒っていることだけはなんとなく伝わってきた。
「グルルル……」
「ホア」
足を折られた雪男は、俺が投擲した槍を杖代わりに立ち上がり、そこから木の上にぶら下がった。その他の雪男は尚も距離を詰めず、一定の距離を保って俺を囲んでいる。
(あいつらは俺を警戒している……今なら逃げれるか?)
俺は全身全霊で地を這った。
「ホハ!ホフフル!」
「ヒー!」
他の雪男に回り込まれる。まぁ、真っ白な雪の中を真っ黒な俺が逃げようとするだけ無駄なのだが、木の上で俺を見ている雪男が俺を凝視し、移動してもそれを仲間へ伝えているらしい。
「ヒヒフホ?」
「フーハハヒ」
「ヒッヒ、ヒッヒ」
「ホアー!フルルルゥ!」
雪男達はまた何かを話始めたようだが、それもすぐに終わる。
「おわっ!」
距離を保っていた雪男達が一斉に動き出した。一体一体潰そうと思っていたのだが、それができない状況だ。繰り出される攻撃を躱し、繰り出される攻撃を躱す。雪男達の連携はとても素晴らしく、俺が避けた傍から別の攻撃が次々に入ってくる。
(くそっ、俺が、一番、したくなかった、戦い方だっ)
数分の間、まるで雨のように降り注ぐ攻撃に、俺は油断した。
(しまっ)
石斧を避けた横からの足蹴り、俺はそれをモロに喰らってしまう。
「ぐふっ!」
生前、腹を思い切り蹴られたことがなかったので初めての経験だが、なんというのか、内臓全てを押し出されそうになるような、そんな痛みにも似た不快感だ。
(いや、逆、にっ!チャンス!)
今の俺の身体は例えるならば紐のようなもの。蹴られてもすぐにはすっ飛んでいかない。俺は痛みで伸びきってしまった身体をもう一度引き締め、俺を足蹴にした奴の膝に絡みつこうとした。
「ホアア!!」
ビタリと、俺が巻き付いている足が空中で止まる。目の前には、振り下ろされる石斧があった。
「こいつ、仲間の足諸共俺をっ」
さっきみたいに脱力して避けられればそうするのだが、今回は無理だ。石斧を振り下ろしているのは対面の雪男。仲間の足諸共俺を縦切りにしようとしているのだ。
俺はすぐに脱力し、絡みついていた足から離れ、地面へ逃げようとした。それはどうやらうまくいったようで、真っ白な地面が近づいてくる。が、俺の頭にひとつの疑問が浮かんできた。
(雪男は武器も使えば拳だって使ってくる。足を使っての攻撃だっておかしくはない。だけど、なんだこの違和感は?)
俺が倒した雪男は、俺を踏み潰そうとしたし、今のこいつも俺を蹴った。だがおかしい。さっきのこいつらとの攻防では足での攻撃が一切なかった。正直に言って、俺にキックやパンチをお見舞いするチャンスはさっきもあったはずだ。なのにそれをしなかった。
「っ!やばっ!」
俺は身体を捻り、上を見上げる。俺をキックした雪男は笑っており、振り下ろされていた石斧は止まっている。
(クソぉ……ここまでかぁ……)
さらに俺の目に映ったのは、雪男が剣を振り下ろす姿。さすがに、諦めるしかなかった。
「シュルルル……」
「ホアー!!ホアッアッ!!!アー!」