序:ガールズクオリア
きっとその凍える夏に世界は終わった。
恋は世界より強いのだから仕方がないのだと私は思う。
「好きとか、わからない」
言った瞬間、身体が震えて、箍が外れたのがわかった。
少女はころんと首を傾げた。短く切った髪の毛がふわりと揺れる。花が香るような気がする。
「どうして?」
「なんでみんな簡単に言えるんですか。私にはわからない。誰のことが好きだって、そんなに大事ですか。みんなそれで偉いんですか。好きになったら……つまんない日々に、色がつくんですか」
そんなこと知っていると、自分で思っている。
少女の微笑みをたたえた瞳は、キャラメルの色だなと頭のどこかで思っていた。つめたい手のひらはクリームの白だなとずっと思っていた。すこし赤みの強い髪は伸ばすと癖が出るから短くしているのだという。桜色の爪も膝も少女らしく丸く整っている。触れたかった。そこに触れてもいいことを教えてほしいのだ。
魔性の少女は、あまいあまい気配をまだずっと奥に秘めて、小さな白い花をほころばせるように口を笑わせる。
「どちらでもいいんだよ。ただ、わたしについてくるなら、今まで好きだったものを捨てる覚悟がないとしんどいだろうって思うだけ」
そうして、言うのだ。
「わたしはあなたのこと、好きよ」
あの娘は、嘘つきだ。
それは私が、震える身体から絞り出したものよりずっと軽くて、羽のようで、綿菓子のようで、中身のない言葉だ、その中身のないなにかが心臓に突き刺さって私を殺すのだ。嘘つき。あなたの好きなんて薄っぺらな言葉。
鮮烈な痛みがまたたいた。
ぱっと痛んだところから花が開くように色彩と視界が開けた。悔し涙で世界が変わっていく。かつて知っていた世界が灰色でちっぽけだとこの瞬間悟る。自分でもおかしいことだとわかっている。だけど、この瞬間、私は確信したのだ。
「あなたが好きなんだわ」
あなたは違っても。
「だから、」
大げさな決断なんて笑えるばかりだ。覚悟って何、金魚の餌にでもしたらいい。すべての御託がちゃんちゃら可笑しく見えた。どんな言葉よりずっと上に燦然と輝くものがある。
世界はとっくに終わった。この瞬間、いまこの気持ちに、私のすべては集約されたのだ。
「それ以外はぜんぶ、捨てられる」
甘い白花のような少女はにっこりと笑った。ずるいくらい完璧な、中身なんてない仮面で。
「『さよなら、神さま』。わたしと一緒に、世界を壊しに行こう」




