銃後の生活
十五
「馬鹿、阿呆、底抜けの間抜け、そんなんで良く生きてるわよ」
「面目ない」
僕は点滴を受けながら、遊に言った。
病室、しかもエレベーターで昏倒した時と同じ病室に僕は入院させられた。
「無茶しすぎ…死んだらどうすんの、馬鹿」
と言いつつ、遊は不器用な林檎(遊が自分で向いた)を僕の口にねじ込んでくる。
「いやあ、生きてるからいいじゃん」
「いっぺん死ね、糞兄貴」
遊はそう言うが、ちっとも離れない。
ちなみにこの会話、もう何周目に入ったんだろう?
「死にたくないよ、僕は」
……結局、あれからが大変だった。
僕は救急搬送、出血と肋骨の骨折、気付かなかったが左手も皹が入ってたらしい。お陰でそのまま入院と相成り、退院した妹と入れ替わりで兄貴が入院するという、なんとも因果な結果になった。
僕は紅玉を咀嚼しながら、江崎の事を思い出す。
社長が政治的手腕で解決したのだが、今回の一件は、ブラック単体の暴走という事になった。住所のような本来ないものを公表する訳にもいかない。よって、僕らと、ブラックを喪った正義の組織の間でどんなやり取りがあったのか推測でしか話せないが、日の丸親方からの金銭的補填と、ブラックの替わりの追加戦士の導入で手打ちになったらしい。
「シラノ?」
「何だよ」
僕は、遊を見る。
「なんでもない…と言うか、エロ本捨てたからね」
「え…ッ?」
「なんで、そんな反応するの?!」
本気か遊、アレ、高いんだぞ、総額一万円くらい。
「もう、馬鹿なんだから」
僕は曖昧に笑いながら、遊の髪をぐしゃぐしゃとする。やめてよ、と口では言うがちっとも手で止めようとしない。僕は、なんとか日常を取り戻せたんだなと、ホっとしていた。
「まあ、大丈夫、面倒なことはなくなったからさ」
見舞いに来てくれた、アリネさんからの伝聞だから間違いない。
あ、あと彼女の口から、社長が上の対応にこそ文句を言っていたが、僕がブラックを倒した事は褒めるような事を言っていたと聞いた。これは、空気嫁とエロ本を見舞い品として持って来た、青柳も言っていたので間違いないだろう。
…社長、やっぱり僕が死ぬと考えてたんだろな。
「シラノ?」
「ああ、悪い悪い」
そうやって、妹の機嫌を取っていると、部屋がノックされる。
だれだろう?兄妹で顔を見合わせると、ノックの主は部屋に入って来た。ショートの女子だった。僕は誰だか一瞬分からなかったが、目元を見て、誰だか分かった。
「佐藤」
ボブだけど、ややニュアンスが入っている髪にばっさりと、イメチェンしていた。
「元気そう」
佐藤がそう言うと、遊がちょっと過敏に反応する。
「…だれ?」
「ほら、在っただろ、渋谷で。バイト先の人だって」
「ふぅ――ん…?」
値踏みするような視線を遊は、佐藤に向ける。佐藤は、苦笑いする。
僕はサイドボードから、財布を引き寄せ、ソレを遊に押し付けた。
「ちょっと、何?シラノ?」
「あのさーゆうー、ぼく、今、めっちゃっくっちゃドクターペッパーが飲みたい」
「は?」
そりゃそうだ。
僕でもこんな事言われたら、こんな反応する。
「何、どう言う事?」
「だから飲みたいなーって」
「買ってこいってこと?」
「うん、頼むよー今年のお願いだから!」
僕が言うと、遊は佐藤に視線をやった。
躊躇、警戒、それから不安が入り交じった視線。
「今度」
「うん?」
「どっか連れてけ、約束だから」
「…おー」
妹は、疾風の用に立った。「すぐ戻ってくるんだからね」なんて、台詞を残して。
そんな遊を佐藤は見て、それから面会用のパイプ椅子を組み立てながら言った。
「妹思いなのね、本当に」
「ああ、大事な妹だ」
そう、僕の命よりも彼女は重い。
「……死ななくて、残念だったな。それに江崎の件も。なんなら、今やるか?」
僕が言うと、佐藤は「別に」と言った。
「其処まで欲を出してないもの。江崎は…利用した方が近いから。逆に、復讐だって思いつきだし。なにせ、殺したい奴は、貴方じゃなくて、貴方の妹だったんだから」
「嘘付け、そんなんで、インターンに来るか」
「ばれたか…まあ、先輩には悪い事をしたかな。でも、結構上手く行ったと思うの」
そこで、佐藤は一旦言葉を切って、遊が放置して行ったフルーツナイフを取りながら言った。
「だからどうでもいいの、ねえ、『イスカ』の息子さん」
そう、彼女は口に出すのも憚れるような組織の名前を出した。
そこは、遊と、そして僕の家族がいた組織だ。
その組織は、悪の組織だった。
と言っても、政治家のバックを持つでもなく、企業の工作部隊でもなかった。
彼らは、狂信から生まれた。神はいると――自分らが、正しいと、彼らは主張した。
その為だけに、彼らは――怪人製造技術を使った。選民思想でエリートをよりすぐり、怪人技術で半死人の病人を蘇らせ、子供達に『秘跡』と称した洗脳教育と改造を施した。すべては神の為と――――シンプルなアイディアだったからこそ、蔓延し、その組織は大きくなった。
義人の鳥の名前を冠したその組織を、『イスカ』と言う。
イスカと、ソレ以前とでは怪人の定義が変わったと言ってもいい。
彼らの技術は革新的だった。
以前までは、粘菌を人体に定着させるだけで精一杯だった怪人を、彼らは引き上げた。医学ではなく、工学的なアプローチによる粘菌のレイアウトと設計、血中に寄生させるアイディアと副次的な免疫系等の混乱を応用した細胞の『キメラ』配置。そして、完全に設計された子供達。
信者を大量に消費出来たからこそ、エリートを抱え込めたからこその――進歩だった。
彼らは、強かった。
母体を持つが、彼らの本質は信仰である。
教義在る限り、人を引きつける。事実、研究部門を放棄し、戦力を全て失った今も――彼らのアイディアだけはこの世に残っている。
来る『神』の使いとして設計された子供達と負の遺産を清算しないままに。
「…否定しない。事実だ。『イスカ』の『右翼』の幹部が僕らの母親だってのは間違いない」
僕が言うと、佐藤は続ける。
「皮肉な話ね、親は悪で…子はその悪を倒して生きているんだから」
「僕が正義の味方か?」
「でも、調停者では在るでしょう?」
佐藤はナイフの刃を親指の腹に立てる。
「昔話をしていいかな?」
佐藤はそう言うと、僕に語った。
「ある所に、ある家族がいました。お父さんと、お母さん、それからお兄ちゃんと、妹」
僕は黙った。
「幸せに暮らしていた家族でしたが、あるとき不幸が襲います。お兄ちゃんを病が蝕んだのです。
現状の医療では、対処出来ない。そこに、ある人たちが声をかけました。『御使いになるなら』、のお兄さんの命を助けよう。お父さんと、お母さんは飛びつきました、そしてお兄さんはある人の手で驚くような回復をみせました――」
佐藤はそう言って、パイプ椅子を立った。彼女はフルーツナイフを手に、ベットに近づく。
「お兄さんが助かった事で、お父さんとお母さんは、その人が語った神様が本物なんだろうと信じました。お兄さんも同じでした。ただ一人、小さな妹を除いて」
彼女はベットに上がる、動けない僕の足の上、それも股の上に座る。
「彼らは、その人が語る組織にのめり込みました。妹も、同じようにしました。その人の組織は、小さな7人の子供を、神の器と呼んでいました――」
佐藤はぐっと、ナイフを握る。
身体を預ける、彼女の体重の重さと、ナイフが僕の喉に迫る。
「けれど、やはりその人は『悪い人』だったのです、ヒーロー達はやってきました。『君たちは悪だ、解散しなさい』と。でも、彼らは聞く耳を持ちません。もちろん、ある家族も」
佐藤の吐息が聞こえる。
「結果、ヒーローは悪の組織を倒しました。
お父さんも、お母さんも、お兄さんも、やっぱり死んでしまいました。残ったのは小さな、女の子。彼女は考えました、どうして家族が死んで、神の器たちが生き残ったのかと」
そこで、佐藤の語りは終わった。
彼女は、ナイフを突きつけたまま言う。
「…だから、私はアンタ達を殺したかった。あの妹も、そう…あの心臓、絶対に改造前提だった筈」
「殺せよ、資格はある」
僕が言うと、佐藤と視線があう。お互いに長い事、見つめていた。
やがて、佐藤から、駄目ねと言った。
「けど、辞めた。だって、信じられる?放蕩三昧だとおもってた、神の器。そんな妹の為に、死ぬ危険を犯してまで養ってる――血の繋がらない馬鹿がいるなんて知ったら。それにね、その馬鹿を殺し損ねた今となっては、どうでもいいの」
そう言って、佐藤はベットから降りた。逆に、僕はそんな佐藤に言う。
「…君こそ、上手くやったな。ブラックに責任を押し付けるなんて」
そう言うと、佐藤はにやりと笑う。
「そ、江崎はほんといい先輩。頭が空っぽだもの、知識はコベリついていてもね。でも、倒されるとは思わなかったけど」
「僕を狙ったアレと、コウモリのとき、江崎だとは思えなかったから」
佐藤は、ちょっと調子に乗せただけと、言う。
「ふうん、其処から気がついてたんだ」
「そ、クラッチも意図して下手に扱ってたから」
僕が言うと、佐藤は意外そうな顔をする。
「驚いた、以外と、頭在るのね」
「酷いな」
僕が言うと、佐藤は笑う。
「そうよ、アンタよりも年齢上だから」
「それ関係ある?」
「女は馬鹿と男は言うけど、女の手の内で転がるのが男だって分かんないかな?」
「そりゃ困った」
僕が言うと、でも、と佐藤は言う。
「エレベーターで、分かったけど、どうして貴方がそんな事をするの?」
「そんな事って?」
佐藤は、呆れた顔をした。
「血のつながらない…それも神の器だった女の子を守るなんて」
「実にくだらない事だよ」
僕は、佐藤につまらない事実を言う。
「僕らの『お袋』、まあ僕からしたら親父の再婚相手は、確かに『イスカ』の幹部だった。
けど、幹部で――怪人技術のパイオニア、それでキチな思想に染まってても、まず人間、思うとこは在ったんだろ。だから、突入の日、僕と遊の兄妹を捨てて逃げた。…ひでえ話だろ?だから、僕は遊を養ってる。親と同じ事を彼女にしたくないから」
「でも、逃げる事も出来たんじゃない。貴方、あのエレベーターに乗り合わせただけで、普通なのに」
「約束したからね」
そう、約束、絶対に再会したい女の子との約束。
彼女の替わりに、彼女の妹を守る。だから僕は『妹』の『兄』になった。
「…わかんないな、それ。つまり妹が好きってことじゃないの?」
佐藤は疑問をぶつける。
「良く分からない。そこは、僕は兄貴でいたいし、気分的には親父なのかも」
「そんな問題?でも、男の子でしょ」
「だからだよ…妹に手を出すなんて鬼畜な事は出来ない」
そう、好きなのは彼女じゃない。
「…でも、安心した。話すと思ったもの、私の事」
「話したって無駄じゃないか」
「殺しに来たのに、随分遊長ね」
「資格が在るって言ったろ」
僕が言うと、佐藤は「ほんと変わった人」と言う。
「なんだよ」
「…そろそろ、行こうかな」
佐藤はそう言って、時計を気にした。
僕は、其処になって初めて雑談出来そうな雰囲気を感じたので、佐藤に言った。
「髪…」
「え?」
「似合ってると思う」
僕が言うと、佐藤は困ったような恥じらいの表情を見せた。
「ありがと、気分を変えようとおもってさ。江崎がロングが好きだったから」
「今度は染めなよ、似合うから」
「考えてみる」
佐藤はそう言うと、僕にねえ、と呼びかけた。
「ちょっと目を閉じてくれない?渡したいもの在るから」
なんだろ?僕は目を閉じた、すっと佐藤が近づくのを感じた。
それから、首筋にあたたくやわらかで、濡れた感触がした。
僕がびっくりして目を開けると、佐藤は言った。
「…また会いましょ、シラノ」
そう言うと、佐藤は開いたドアから出て行った。
「ねえ、さっきのなんなの?!」
「うん、バイトの…」
「聞いたっての!」
ああ、遊に目撃されて面倒な事になった。
ドクペは投げつけられるし、ぎゃんぎゃん文句は言われるしついてない。これでも傷病人だぞ、気遣えと、僕は思った。
「…あんな破廉恥な事」
「いや首じゃん」
「シラノは意味分かってんの?!」
「…oh」
妹の激昂は止まらない。
だけど僕は怒られながらも満足感を覚えていた。何時もの通りで、いい気がする。彼女が、神の器で、親父達が悪の組織の幹部だったとしても…僕はコイツを守る。
「ねえ聞いているの?」
そう、遊は怒る。
けど、その面影はやっぱり、好きだった女の子に重なる。
――――どこかで多分きっと君は生きてるんだろう。君に再会出来る時まで、僕は君の妹を守るから、今度出会えたら一杯話したいな。
「シラノ――――――ッ!!」
やれやれ、それより先に、ご機嫌斜めな姫様の機嫌を取らなきゃならないようだ。
なんとかなるさ、なんとか。
了
以上で終了です。
読了ありがとうございました。
ネタは在るので、要望あれば、続編書きます。




