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星満ちる夜に  作者: 春生
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第八話

 エメルは呆れるように息を吐いた。

「一番大事なことを忘れていないか?」

 言いたいことはたくさんの支離滅裂なことばを拾い、なんとか感じ取ることはできた。

 これだけ言うだけ言ってくる癖に、エメルの気持ちを確認しようとしない幼なじみを責めるように見つめる。それは険しいものではなく、甘えるようなそしてどこか甘やかすような。受け入れる覚悟をした女の目だ。

 しかしながら、一方的に自分の想いを告げるだけ満足されては、エメルが困る。

 ギウナはエメルの意思を一切確認しようとしない。

 エメルが良い感情にしろ悪い感情にしろどう思おうとギウナは自分の欲求のままに振る舞うつもりしかないようで、それに始終振り回されてはエメルにとってはたまったものではない。

「自分の愛を告げて満足するだけではなくて、私がどんな意思を持っているのかを聞いてはくれないのか?」

 愛し合って結婚して欲しいと言ったくせに、肝心のエメルの意思を尋ねないギウナに、業を煮らして彼女から切り出した。

 愛しているだの、結婚しろだの言っておきながら、大事なことを尋ねない。

 せっかく結論を出したエメルの中の想いがうやむやにされるようで、見つめるギウナが驚くほど女らしい顔で拗ねた。

 見たこともなかった。そんな顔をするひとだとも思っていなかった。

 瞠目するギウナは、好きという感情は際限を知らないのだということを思い知った。

 ずっと一緒にいても分からないことがある。知らなかった一面を知ると、また深く溺れるような愛を感じ、ギウナはそんな驚きと今までの友としての関係ではありえなかった新しい変化をこころの底から喜んで歓迎した。

「焦っていたから、忘れていた。……エメルが、俺をどう思っているのか知りたい。聞かせてくれないか?」

 エメルは、おだやかに笑い口を開く。


 *

 *

 *


 女は遠目に青年の姿を見つけた。高級な玻璃が全面に張られた大きな窓を拭いていた手が止まる。

 短くきられた漆黒の髪は羨ましさを通り越して感嘆するほどの艶を持ち、知性を感じさせる凛とした眉目に、藍色の瞳がうつくしくおさめられた切れ長の目。肉の薄い唇はすこし酷薄めいた印象を与えるが、それが欠点にはなりえないほどに僅かに少年らしさが残る輪郭の中に完璧な配置で整っている。

「きゃ、ギウナ様だわ。今日も格好いいわねえ」

 窓玻璃に指紋や自分の脂をつけないように気をつけながら、侍女は食い入るように涼やかな美貌の主をみつめた。

 女の黄色い歓声を皮切りに、ほかの侍女たちがどれどれと目を大きく見開いて鼻息荒くその姿を求めだした。

 侍女たちが仕事の手を止めてしまうほどの人物。周囲から浮き立つほどの見目のいい青年は、彼女たちが仕えるエルシーウ家の三男であるギウナ・フォン・エルシーウ。つい最近、婚約者の決まった彼だが、女たちの憧れの的であるのは婚約が決まる前も決まった後も変わらない。

 最初から正妻となることを諦めていた身分の低い女たちは、愛人の座を得られないものかと却って浮き足だって、色目を送っていた。

 何せ相手は軍人家系の一人娘、女らしい色気に欠けた女だ。あれでは夜も満足できまいと、下世話なうわさ話が飛ぶ。

「つい最近行われた大会でも、優勝候補の猛者を押しのけて優勝したんですって! すごいわ〜」

 女王陛下も観覧する権威ある試合で、若干十八歳で並みいる強豪をなぎ倒しその年の大会で頂点に立ったことは侍女たちの記憶に新しい。倍ほどの体格のある巨漢を容易く地に沈めただの、双剣を扱う技巧の剣士以上の剣技よりも優れた技を見せつけ観客席を沸かせただの、去年の優勝者である騎士団の団長と決勝戦で競り勝った試合は、歴史に残る名試合だっただの……枚挙にいとまがない伝説を打ち立てたのだ。人の口から伝播し誇張が多少入ることはあるにせよ、歴代の大会優勝者の年少記録を打ち立てた事実と、優勝の事実は変わらない。侍女たちは俄然燃え上がる。

「ほんとに! あ〜あ、私もその様子を見たかったわ」

 仕事のせいでギウナの試合を見に行けなかったことをひどく惜しむ女たち。そうよねえ、と賛同の声があがり、やるせないため息がその場を満たした。


 武人としての才を磨いたのは、エメルの婿に相応しくなるために。今のギウナは、軍人の家の婿に相応しい男になってやると誓い、幼いころから続けた涙ぐましい努力の結果である。


 三男であり、家を継げる立場にはないが婿として他家からの婚姻の申し出が多数来ていた。

 エルシーウ家といえば名門公爵家。三男といえども放っておいても婚姻の申し出がやってくるような身分だ。もとよりその稀なる美貌で女性たちを騒がせていて、大会で優勝したことによりギウナという個人にこれ以上ないほどの箔がついた。娘を抱える家が放っておくはずがない。

 そんな並みいる家の申し出を蹴って、エメルとの婚姻を進めたのは、エメルの血筋や家が他家の令嬢とは比べ物にならないくらいに上であることも理由のひとつだが、息子の幸せを親としても思うところがあったのだろう。

「お婿に行ってしまわれるのよねえ。嫌だわ。屋敷からいなくなってしまわれたら仕事の張り合いがなくなっちゃう」

 ひとりの悲しげなことばに、うんうんと皆が頷く。

「あ」

 ひとりが嫌悪をこめて短い声をあげて、その視線の先に吸い寄せられるように皆がそちらを向く。

「エメル様だ」

 侍女たちの張り合いをこの屋敷から奪っていく女性の登場に、皆の表情が固くなる。

 そんな見つめる目の三白眼など知らぬギウナは、それとは真逆に平素では冷たさすら漂わせる目つきを柔和に笑ませたのだった。

「エメル」

 名を呼ぶ声は、一途な感情がこもり、ただひたすら甘く……


 *

 *

 *


「襲いたくなるくらいに、惚れている。この馬鹿ギウナ」




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