098:なかま
いつの間に眠ってしまったのだろう。零はカーテンの隙間から入り込んで優しく瞼を叩く光に目を覚ました。
見慣れた自分の部屋。昨夜、伊織と一緒にいたはずなのに、といつかのデジャヴのような出来事に零はため息をつく。
幸い酷い時差ぼけにはならずに済んだ、と思いながら時計を見た零はロフトを降り、普段着に着替えながら、後2日残された秋休み、いろんな意味で疲れを癒そう、と心に決める。
いつもならそろそろかおるが朝食の時間を知らせてくれるんだけど、と思いつつ、時差ぼけになっていれば今頃まだ眠っている頃だ、と思い直して部屋を出ようとした瞬間、控えめにドアがノックされた。
「零ちゃん、もう起きてる?」
かおるの声に、少しホッとして返事をしようとした時、ドアの外で声が重なった。
「零のエスコート役はもういらない。今まで世話になったな、」
「!」
ドアを開けそびれた零はドアの前で息を飲む。
「いらないかどうかを決めるのは君じゃない。いなくなる君に、そんな事を決める資格なんかないよ。」
声だけでもわかる、二人の間の火花が零の心に刺さる。どんなに望んでも、伊織と離れてしまう未来は近付いている。
「言ってろ。零は誰にも触れさせない。・・・一応、守ってくれた事には礼を言う。でも、・・・零の怪我、おまえ知らないんだろう?」
「・・・怪我?」
ドアの向こうの会話に心がズキズキと音を立てる。怪我の事をかおるが知らないのは、自分が言わなかっただけなのに。
「・・・まさか、左肩・・?」
「何だ、心当たりあるんじゃねーか。だったら、これ以上言わなくてもわかるよな?」
二人の会話が止まる。きっと、かおるは自分自身を責めているに違いない。そう思うとたまらなく苦しくなって、零はドアを開けた。
「かおる君は・・・何にも悪くないよ。駄目なのは私なの。あんなに・・・あんなに広いキャンパスの中でちゃんと見つけてくれたのに。ちゃんと、守ってくれたのに・・・」
「零ちゃん・・・」
「零・・・」
「私、一人でも大丈夫だって、証明したくって・・・。でも、やっぱりそんなことできなかった。あの時、かおる君がいてくれなかったら、私・・・」
言いながら、自分が情けなくて泣きそうになる。その時、隣の部屋のドアが開いて、不機嫌そうな顔の駿が顔を出した。
「朝っぱらからうるさいんだよ、お前ら。・・・大体、お前みたいなチビが一人でも大丈夫なわけ、ないだろう。いい加減気付け。」
背の高い駿は伊織の肩越しに零を見る。
「・・でもっ!」
「人にはそれぞれ役割があるんだ。得意な事もあれば、不得意な事もある。助け合うから仲間、なんだろ?」
さっさと行くぞ、と駿は伊織の襟元を掴んで歩き出す。
「ちょ、放せよ!」
「あ・・・」
思わずかおると顔を見合わせた零は言葉の内容とは裏腹に二人の仲の良さが嬉しくて微笑む。
「・・・零ちゃんの影響力は、本当に絶大だね。あの駿や伊織が、あんなにも変わるなんて。」
「え、私?」
驚いて自分を見上げる零に、かおるは柔らかい笑顔を向ける。
「そうだよ。そんな事よりも・・・零ちゃん、肩・・・怪我って・・・」
駿に引きずられるように前を行く伊織を追うように食堂に向かいながら、かおるがそっと零の左肩に触れる。
「あ、ううん、怪我なんかしてないよ。ちょっと、痕になっちゃってるだけで・・・」
「痕、って?」
「掴まれてたところが・・内出血みたいになっちゃってるだけだよ。平気だから、心配しないで?」
苦しげな、悲しげな顔をするかおるに零は慌てて説明するが、かおるの瞳の影は深くなった。
「零ちゃんが平気、って言う時は、平気じゃない時だってことくらい、わかってるつもりだよ。まだ・・痛むの?」
右側を歩くかおるの手が零の左肩に触れ、そっと抱き寄せられる。
「・・・かおる、その手を放せ。零に触れるな。」
「零ちゃーーーん!おかえりっ!!!寂しかったよぉぉぉ!」
伊織の鋭い声がとぶのとほぼ同時に、廊下の端から健の声が響き、次の瞬間にはもう零とかおるの間に割り入っていた。
「みんないないし、ご飯も一人で寂しかったんだぜ!」
「そ・・そっか、そう言えば、みんな、海外組だもんね・・・。」
いつもの倍に感じる健の声のボリュームに零は苦笑しつつ、それでも場の雰囲気を変えてくれた事に感謝していた。
あと数カ月で離れ離れになる自分たちにとって、この瞬間は大切な一瞬で、みんながこうしてじゃれあっていられる時間は貴重だと思う。
離れてしまっても、ずっと忘れないように、夢が叶った後、またみんなで会えるように、と零は心の中で思う。
「あれ?今日は伊織も朝メシ食うのかよ?珍しいな!お前。」
「・・・本当に朝っぱらからワンワンうるさいヤツだな。零の隣は俺様が座る、って決まってんだよ。」
「ワンワンだと?この野郎!」
「ちょ・・ちょっとやめてよ二人とも・・・」
「お前ら、ちょっと黙れ・・・」
「零ちゃん、こんな奴らの相手しちゃだめだよ?」
それぞれの言葉が交錯しながら、こんな朝も、きっと思い出の一つになって行くのだろう、と零は思っていた。
なかまって素敵だと思う。
愛情も、友情も、どっちもとっても大切。
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