089:未来に向けて
秋が深まり、校舎の窓から見える山が美しく染まり出している。寒い冬が訪れる前に赤や黄色に美しく染まる木々の葉は、散って土に還る前に命の美しさを競っているようにも見える。
零は授業中、窓の外に目をやって小さく溜息をついた。ずっと一緒にいたいと、どんなに願っても後数ヶ月後には、それぞれの夢を叶えるために、それぞれのステージへ旅立ってしまう事は分かっている。
伊織は経営学を、自分は、宇宙への夢を。一緒にいたいと願っても、夢が交わらなければ共に歩む事は難しい。お互いを尊敬し、尊重し、結果離れてしまうのならそれは必然だ。
そう、頭では理解していても、離れてしまう未来を思うと心が痛かった。
「おい、姫!次の問題、お前やれ。」
「え、あ、はいっ!」
・・・しまった、全く聞いてなかった・・・。
「聞いてなかった割にいい返事だな?」
ニヤニヤと意地悪く笑う竹川に零は思わずしゅんとする。
「また可愛い反応しやがって。これだから姫にはかなわねぇよなぁ?」
と、竹川は意味ありげな視線をかおるに投げる。
「俺様の授業そっちのけで何を考えていたのか、答えたら許してやる。」
「え・・・・、」
・・・考えていた事、って・・・。
「別れの季節の事を、考えてました。」
「へ?」
「せっかく、みんなと仲良くなれて、たくさん楽しい思い出を作ってきたのに、私たちはそれぞれの、夢を叶えるために離れ離れになってしまうんだなって、そうしたら、私たちの未来は、何人くらいの未来が交わる事が出来るんだろうって。
卒業して、それぞれのステージに上がったら、もう交わる事は難しいのかなって、考えてたんです。」
「・・・なるほどね、」
竹川はにやりと笑って、ぐるりと教室を見回す。
「未来志向、結構なこった。確かにそうだな。お前達は特に、そうかもな。」
「だがな、たとえ未来に離れても、想い出は消えないもんだ。だからせいぜい、心に残る想い出を山ほど作って新しいステージへ行ってくれ。秋休みが明けたら卒業アルバムの企画も始まる事だし、楽しい企画をしていい思い出を残してくれよ。」
卒業アルバムの企画・・・?
ピンと来ていない零の顔を見て竹川は言葉を続ける。
「各クラス毎に卒業アルバムのテーマを決めて自分たちで撮影するのさ。ま、一応プロのカメラマンも来るけどな。お前クラスリーダーだから、お前の好みで決めたらいいんじゃねーの?姫の希望なら誰も文句言わないだろうしよ?」
竹川はそう言ってぐるりと教室を見渡した。
「え、私?」
「たとえばウエディングドレスを着て結婚式の予行演習とか?俺は姫のドレス姿をぜひ見てみたいね。」
「けっ・・・」
竹川の言葉に言葉を失う零を横目でみた駿は小さくため息をついて成り行きを見守る。「クラス単位」と言う事は、このクラスの誰かが新郎役をすることになる。そうなればきっと伊織が黙っていないだろう。
「もちろん、クラス以外のヤツは立ち入り禁止にするぜ?俺は波風を立てるのは好きじゃないんでね。」
楽しそうににやにや笑う竹川の言わんとする事を理解した零は竹川をにらむ。
「まぁ、女子がいるのはこのクラスだけなんだ。他のクラスにはまねのできない企画にした方が楽しいだろ?いろんな意味で。」
「いろんな意味って、どういう意味ですか?」
あきらかに不審げに問いかける零に竹川はにやにや笑うだけで何も答えず、教師の特権とばかりに講義に話を戻した。
珍しくかおるが何も口を挟まなかったな、と駿は思う。かおるが何を思っているのか知りたくもあったが、一番後ろの席の彼を振り向く事も出来ず、かわりに隣の席で竹川を睨んでいる零に視線を投げた。
竹川の言う事は一理ある。テーマを結婚式にするかどうかは別として、零以外は全員男。零の意見を尊重する事も、他のクラスには出来ない事をする事も、いい思い出を作ると言う意味では間違っていない。ただ、言い方に問題があるだけだ。
何年か後に開いたアルバムで、今を思い出して笑う事ができるような思い出になればいい、とそう思った駿はそんな自分自身に驚いていた。
思い出なんか、自分には不要なものだとずっと思っていたのに。いつの間にそんな事を願うようになったのか、それすら気付かない内に今が大切なものになっていた。
隣の席で珍しく不機嫌そうに眉間にしわを寄せて教壇に立つ教師を睨んでいる零に視線を投げて、駿は微笑む。無防備になるなと何度忠告しても、一向に効果のない彼女は相変わらず考えている事が手に取るように分かる。
感じた事を感じたままに表現することが出来る彼女をうらやましく思い、そんな彼女を守りたいと思う。そう思っているのは自分だけでない事も、彼女の心が自分以外の方向に向いている事も、分かっていているのに。
あの伊織でさえ、素直になったと思う。零が転校してくるまでの彼は本当に誰も触れられない烈火のようだった。間違ったことはしていないから誰も止められない、そんな存在だったのに。
そんな事を考えているうちに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
不機嫌そうに教科書をしまう零のまわりに数人のクラスメイトが集まってきた。
「零ちゃん、さっきの話さ、俺もドレス賛成だな。絶対似合うと思うぜ。」
「俺はもう一回メイド見たいけどなー。学園祭の時のヤツ、超可愛かったし。」
「思いきってコスプレとかどうよ?」
「ちょ・・ちょっとみんな何か論点が・・・」
卒業アルバムって、そんな企画物ではなかったような・・・と零は心の中で思いつつも、この学校の一風変わった校風を考えるとなんとなく納得もできた。
相変わらず、零の周りには様々な想いが集まってくるクラスに唯一の女子、というだけではない想い。その想いを向けられている本人が気付いていない想いだけに見ているこっちがひやひやする。
駿は横目にその光景を見ながらそんな事を心の中で思う。彼女の無防備さはあまりにも危うくて、無防備、と言うよりもむしろ襲って下さいと言っているようにさえ思えてしまう。
「み・・みんなは何かやりたい事とか、ないの?」
「男は何したって大差ないだろ?零ちゃんのレアな姿を永久保存できたらそれでいいんだって。セクシー系とかさ・・・」
「・・・おい、佐倉いつまで油売ってるつもりだ?お前次、芸術だろ?」
「あっ!そうだ!向こうへ行かなきゃ!」
「執事がいないと、お前ホントだめだな。・・・ほら、早く行くぞ。」
竹川に呼ばれて職員室へ行ってしまったかおるの事を執事と評した駿は、しょげている零を促して教室を出る。
「・・・お前って、不思議なヤツだな。見てて飽きない。」
「飽きない・・・って・・・」
「ずっと、見ていたいって意味さ。・・・ほら、急ぐぞ。遅刻したら俺まで叱られる。」
最近やたら言わなくてもいい事まで言ってしまうな、と駿は心の中で思いながら、自分の歩くペースに小走りについてくる零を横目に見て、歩調を落とす。
「ゆっくり歩いてくれて、ありがとう。」
「えっ?!・・・ま、まぁ、そんなに急がなくても間に合うからな。」
相変わらず、相手をドキドキさせる名人だな、と駿は心の中で思いながら、赤くなった頬を見られないように顔をそむけた。
誰かがいつもちゃんと見ていてくれて
足りない所を補ってくれて
そう言うのはとても幸せだと思います。
きっと誰かが見守っていてくれると・・・
信じたい。




