064:台風の日に
『我君を想う
森を翔ける風が 穏やかな泉にさざ波を立てるように
君の心に触れたいと願う
優しい木漏れ日が 野の花を咲かせるように
君を抱きしめたいと願う
君の笑顔を守るために 闇夜を照らす月になりたい』
なんて綺麗な言葉なんだろう、と思う。
流れる様な美しい文字がそうさせるのか、淡い夏色の便箋がそうさせるのか、文字を目で追うだけで心があたたかくなる。
便箋を広げた時の文字のバランスも素晴らしく、このまま額に入れて飾っておけば高名な書道家の書いた作品と錯覚するかもしれない。
誰がこの手紙をくれるんだろう、と零は思う。
かおるの文字はきっと綺麗なんだろうとは思うが、かおるや伊織は好きという想いを伝えるためにこんな回りくどいことはしない。
誰が書いたか分からないから素敵なんだ、と思うことにする。
まだ見ぬ誰かが、どこかで自分の事を見守ってくれているなんて、素敵だ。
窓の外に目をやると、天気予報の通り、こちらに向かっている台風の影響で朝から降り続いている雨が激しさを増していた。
学校の敷地内に寮がある、とはいえ、一般教養科の生徒は自宅から通っていることもあり、今日は休校になっている。
当たり前の様に出された課題をクラスリーダーであるかおると零は職員室まで取りに行くことになっている。
この雨だ、傘をさしても濡れるんだろうな、と思って少しため息をつき、着慣れた制服に袖を通した。
「ごめんね、零ちゃん遅くなって、」
約束の時間を少し過ぎて、かおるが部屋のドアをノックする。かおるが時間に遅れるなんて珍しい。そう思って部屋のドアを開ける。
「探し物してたら遅くなっちゃった。もう出られる?」
かおるの言葉に零はうなずき、ともに部屋を出たところで駿の部屋のドアが開いた。
「おい、この雨の中行くのか?」
「あ、駿君、おはよう!今日の課題、職員室まで取りに行くんだよ。」
零の答えに、駿はジロリとかおるを睨む。
「大丈夫、姫の身体を濡らすようなへまはしないつもりだよ。駿も零ちゃんには優しいんだね。」
「・・・そんなこと言ってないだろう。」
「そう?僕にはこの雨の中零ちゃんに取りに行かせるのかバカ野郎、って言う駿の心の声が聞こえたけど、気のせいだったかな?」
しらじらしくかおるがそう言うと、駿の瞳に一瞬驚きが走るが、すぐいつものポーカーフェイスに戻り、好きにしろ、と言い捨てて部屋に戻っていった。
「・・・零ちゃん、行こうか?」
「また・・怒らせちゃった。」
しゅんとする零を見て、かおるはかすかに苛立つ。少なくとも、零がこのような表情を見せるのは駿に対してだけだ。もしも自分が零に冷たくしたら、彼女はこんな風に心を痛めてくれるのだろうか?
「かおる君?どうかしたの?かおる君も・・・何か怒ってる?」
零の不安げな声に、かおるははっとする。
「お、怒ってないよ?・・・そんな不安そうな顔しないで。」
ズキン、と心に痛みが走る。怒ったのではなく、嫉妬しただけだ。
「ごめんね、零ちゃん、零ちゃんが駿の態度に傷ついてるの見て、嫉妬してただけ。もし僕が同じような態度をとったら零ちゃんは同じように僕を追いかけてくれるのかなってさ。」
「かおる君・・・そんな・・・」
かおるの言葉に零の瞳が悲しげに揺らぐ。一瞬、零が泣きだすのではないかと思ったかおるは、自分でも想像していなかったほどに慌てる。
「れ、零ちゃんごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ僕の方を見てほしくて、勝手だよね。こんなじゃ嫌われても仕方ないな。」
零に嫌われる、と言う思いは想像以上にかおるの心を深くえぐる。どうしてこんなにうまくいかないんだろう。零の前だと、自分が自分でなくなってしまうほど、慌てたり嫉妬したり、冷静さを失ってしまう。
「き・・嫌いになんか、ならないよ?私、かおる君には本当に感謝してるし、いつも甘えてばっかりで・・・嫌われるとしたら、私の方だって思ってるから・・・」
どうして零はこんなにもまっすぐに人を見ることができるのだろう。どうしてこんなに素直に自分の事を話せるのだろう。不安気な零の瞳を見ているだけで心が苦しくなってくる。
「僕は何があっても零ちゃんの事を嫌いになんかならないよ。零ちゃんは甘えてるって言うけど、僕はもっともっと甘えてほしいと思ってる。どうしてもっと頼ってくれないんだろうって、いつも思ってるよ。本当はもっとちゃんとエスコートしなきゃいけないのに、零ちゃんの前だと舞い上がっちゃって大切な事を見逃したりして。零ちゃんを失いたくないくせに、どうすればいいかわからなくてさ。」
「本当は、誰の事も見てほしくない。僕だけを見ていて欲しいといつも思ってるよ。でも零ちゃんはいつもみんなに優しくて、気が付いたら僕の目の前から消えてしまいそうで怖いんだ。」
「かおる君・・・」
「さぁ、そろそろ行こうか?あまり待たせると先生に何言われるかわからないからね。」
にっこり、といつもの優しい頬笑みに零はうなずく。今でもまだわからない。どうしてこんなにも完璧な人が、なぜ自分の事をそこまで想ってくれるのだろう。
「・・・ご苦労さん。これ、寮別に分けてあるから、頼んだぞ。」
「はい、確かに承りました。」
職員室で課題を受け取ったかおるは優雅に腰を折り、お前は相変わらずだな、と先生は大げさにため息をついてみせる。
「何の話です?」
「いや、別に。この嵐の中、姫さんが一切濡れてないとかさすがだな、と思っただけさ。」
「あぁ、そのことですか。当然でしょう。姫の身体を守るのがナイトの役目ですから。」
「サラッと言ってくれるねぇ。で、当の姫さんはその自覚なしっていう相変わらずの構図が見てて面白いぜ。」
「えっ?!私?!」
いつもの教師と生徒とは思えない言葉の応酬を聞いていた零だったが、突然話題を振られて慌てる。
「そうさ。お前かおるにこんなに大切にされてんのに自覚してねーだろ?」
「じ、自覚って、どういう・・」
「ほらみろ。鈍いっつーか、うぶっつーか、純粋っつーかねぇ・・・」
「先生、それ以上余計な口出しは無用です。僕が姫を守りたいから守っているだけで見返りが欲しいとは思っていませんから。」
「またまた、お前が言うと破壊力あるねぇ、その言葉。お前みたいなイケメンがそういうセリフを口にすると世の中の他の男が太刀打ちできなくなるから、もうちょっと遠慮してほしいもんだね。」
先生の言葉に、かおるはやれやれ、と肩をすくめて見せ、雨がひどくなる前に寮に戻ろう、と零を促した。
「零ちゃん、この課題、持ってくれる?」
紙袋に寮毎に分けられた課題。大きなゴミ袋でくるまれていて濡れる心配はなさそうだ。
「ごめんね、本当は僕が持つべきなんだけど。」
そう言ってかおるは零に袋を渡し、来た時と同じように、自分のコートの中に零を閉じ込める。
「ねぇ、私平気だよ?かおる君歩きにくいでしょ?」
コートの胸のあたりから顔をのぞかせる零が可愛くて抱きしめたくなる衝動を必死に抑えながら、零が濡れないように、零の顔の辺りに傘をさしかける。
零に合わせると自分が濡れるが、別にそれはどうでもいい。本当は零を連れて来る必要などなかった。課題くらい、自分ひとりで取りに来れば済む量だ。
それでも零を連れてきたのは、こうやって公然と、彼女のそばに居たかったからだ。
「ねぇ、かおる君が濡れちゃってるから!ちゃんと傘さして!」
かおるの頭が濡れていることに気付いた零がコートの中から片手を出して傘をさしかけるかおるの手を握り、上へ持ち上げる様なしぐさをする。
「僕は平気。零ちゃんが少しでも濡れる様な事があったら駿にしかられるからね、」
かおるはそう言ってウインクし、わざとコートの上から零を抱きしめるように腕を回す。
「あ、あの、あのね、私、濡れるの大丈夫だし!えっと、」
とたんにあたふたする零が可愛い。
「ほら、早く行こう。この課題、結構大変そうだよ?みんなに早く届けてあげよう。」
かおるはそんな零をサラリと流し、寮に向かって歩き出した。
あぁナイト様。
私的に、寒い冬の日に背の高い男子のコートの中に入れてもらってえへへ・・・ってなってみたいという願望のもとに。
いつも読んでくださっている皆様。
本当に励みになっております!
これからもがんばりますのでみんなの卒業まで、お付き合いくださいませ。




