047:プラネタリウム・1
夏休み初日のお話。零とかおるのお話です。
気が遠くなるような課題と共に始まった夏休み。寮生達のほとんどは実家へ帰省してしまい、残ったのは零とかおる、伊織、駿、健の5人。修学旅行の時みたいだね、と笑う零にそれぞれ複雑な思いを抱いて笑い返す。
夏休みの初日から、零はとにかく膨大な量の課題を一刻も早く片付けたくて朝食の後部屋に篭って数学の問題集を開く。何となく読書は夜にするもの、と決めていて分厚いドイツ語の本は後回しになった。
「・・・一問目から超難しいし・・・。」
普通問題集の最初って、単純に因数分解とか、そう言う頭の体操的問題が載ってるものじゃないの?と内心毒づきながら、問題集を眺めて溜息を付く。これでは先が思いやられる。
悩むより、出来る問題からサクサク行こう、と零が問題集をめくっているとドアをノックする音がしてかおるが顔を出した。
「・・・あ、ごめんね?邪魔しちゃった?」
「ううん、邪魔って言うか、すでに一問目からギブアップ状態なの。」
私には数学の才能がないみたい、と肩をすくめる零の肩越しに問題集を覗き込んだかおるは結構難しいね、と零に同情して微笑む。
「・・・この問題は、ここをエックスと仮定して・・・」
「あっ、そうか、そうだよね、かおる君すごいなぁ、見ただけですぐ解っちゃうんだ、」
「たまたま、この問題は、ね。数学なら健に聞くといいよ。彼は数学だけは天才的だから。」
今頃数学以外の課題の山に埋もれてると思うけどね、とかおるは笑う。
そういえば、健は数学100点だったような・・・と張り出されていた順表を思い出す。数学の順位は確か、健、かおる、駿の3人がトップスリーだったな、と順位表を思い出して溜息をついた。
「大丈夫だよ、零ちゃん。僕でよければ少しくらいアドバイスできると思うし、そんなに哀しそうな顔しないで?」
「あ、うん・・・。頑張るね。ありがとう。・・・かおる君の用事は?」
膨大な課題の量に落ち込んでいた零だったが、思い出したようにかおるに尋ねる。
「あぁ、零ちゃんの手が空いた時でいいんだけど、ちょっと付き合って欲しい場所があってね。そのお誘いに来たんだ。」
「うん、いいよ。どこへ行くの?」
「期間限定のプラネタリウム。聞いた事ない?日本人が作った世界最大の星の数を映すプラネタリウム。」
「あっ!知ってるよ!観たかったんだ!」
「お父さんが零ちゃんのために、ってチケットを送ってきたんだ。」
僕には一度も贈り物なんかくれた事がないのに、と冗談めかして笑うかおるの言葉が耳に入らない程に零は舞い上がっていた。世界最大の星を映すと言うプラネタリウムのウワサはかねてから聞いている。星空の好きな一個人が開発したもので、上映権や場所の確保の問題で過去に一度しか上映されていないというのもプレミアが付く一つの要因だ。
「・・・なんだけどね、・・・聞いてる?零ちゃん?」
「えっ?!あっ、すごいんだよねっ!そのプラネタリウム!私絶対行く!」
「・・・全然聞いてないんだから。」
「えっ?!」
このお姫様は本当に星が好きなんだな、とかおるは思う。まるで夢を見ているようなうっとりとした瞳をしている零を見て、内心気の利いた事をした父を褒める。
「お父さんが、このチケットの代わりに一緒に食事に行こうって。交換条件付きなんだけど、」
イヤなら断っていいんだよ、と小さく微笑むかおるに零は首を横に振る。
「行くよ!だってちゃんとお礼も言いたいし。あっ、でも・・・」
「でも、何?」
「かおる君のお父さんと一緒に行くような場所に着ていく服を持ってないかも・・・」
「あぁ、そんなこと?いつも通りの零ちゃんでいいよ。僕も正装なんかしないから安心してて。」
「楽しみだなープラネタリウム!絶対、絶対すっごいんだよっ!いつ行く?!」
こんな笑顔、初めて見るかもしれない、とかおるは思う。つい数分前まで浮かない顔で数学の問題を解いていたと思ったのに。
「ぼくはいつでも。零ちゃんが行くというなら今日でもいいよ。」
「ホント?!じゃあ今日行く!急いで準備するから待ってて!」
「・・・了解しましたお姫様。せっかくのデートだから、かわいい格好、期待してるよ?」
「わかったッ!頑張ってオシャレするから待ってて!」
零の飛び跳ねんばかりのテンションにかおるもつられて笑顔になる。この笑顔を作ったのが自分の父親だと思うと少し腹が立つが、それでもそんな零と共に過ごせる一日を手に入れた事を思えば感謝すべきだろうと思う。
・・・やったぁ・・・あのプラネタリウムに行けるなんて!!
零は念願だった場所への入場が許されたことに半ば舞い上がり、うきうきしながら着て行く服を選ぶ。淡いグリーンの3段フリルのミニスカートに白いパフスリーブの甘いトップス。パフスリーブの袖の部分はレース素材で背中には大きなシフォンのリボンがついている。
「そう言えば、次デートする時はバッチリメイクして、って言われてたっけ・・・」
思い出して、ドレッサーの前に座る。あまりメイクをするのは好きではないが、メイクをすると背筋が伸びるというか、気分がONになる気がしてダラダラしてしまいがちな予定のない休みの日にわざとメイクをしたりもする。
・・・かおる君のバッチリメイクってどのくらいのメイクを言うんだろう・・・。
零は内心思いながらアイラインを引いてマスカラをつける。ブラウンのシャドウでグラデーションをつけて最近流行の垂れ目メイクにしてみる。淡いピンクのチークを入れて、唇にグロスをのせた。
・・・こんなもんかな?
鏡の中の自分を見て、小さく溜息を付く。どうせ頑張ったって美人になれるわけじゃないし、と思いながら自分にOKを出して部屋を出ると、先に準備を終えたかおるが廊下の壁にもたれて待っていた。
「あっ、ごめんね?・・・遅かった、よね?」
「大丈夫だよ。おしゃれしてくれてる零ちゃんを部屋でのんびり待っていられなくて。・・・零ちゃんはかわいいね。本当にこのまま攫ってしまいたいよ。」
「か、かおる君それはちょっと大げさ・・・」
「大げさじゃなくて、本心だよ?さぁ行こうか、お姫様。」
数分の後、零とかおるは校門の前で迎えの車を待っていた。
「ごめんね、零ちゃん、今日の夜の食事の件を連絡したら、どうしても迎えを出すって言ってきかなかったんだ、」
「ううん、大丈夫。またあのすっごいリムジンに乗るの?」
「さぁ・・・どうかな?どの車が来るかわからないけど・・・。」
・・・・どの車が、って、かおる君の家は何台も車があるんだ・・そうだよね、セレブなんだし・・・。
やっぱり住む世界が違う、と零は思う。
「あ、一応、父がいる前では恋人のフリしてね?・・・僕としてはフリじゃなくて本当の恋人になりたいんだけど・・・」
少し哀しげな瞳で微笑むかおるに零はどう答えていいかわからずに曖昧に微笑んで視線をそらせる。
「零、こっち向いて?」
急に呼び捨てにされるとドキン、と心臓が跳ねる。
「僕は零ちゃんの事が好き過ぎて、どうしていいかわからなくなる時があるんだ。零ちゃんの気持ちが僕の方に向いていないってわかっていても、それでも一緒に居たいと願ってしまう。零ちゃんが笑ってくれたら嬉しくて、その笑顔を守りたいといつも想ってるよ?すぐ無防備になっちゃうからそばにいないと心配だし・・・。零ちゃんはどうしてもアイツじゃなきゃだめなの?」
澄んだ湖のようなまっすぐな瞳。かおるの想いが心に染みてズキズキと痛む。伊織の時もそうだった。まっすぐな瞳は零の心を惑わせる。何故こんなにもまっすぐに想いを伝える事が出来るのだろう。
・・・わかんないよ・・・。私、本当にどうしたいんだろう・・・?
伊織と話をしてから、《好き》だと言う想いが一体どういうものなのか解らなくなってしまっていた。一緒にいて楽しくて、側にいたいと思う事を《好き》だと言うのなら、かおるの事だって間違いなく《好き》だ、と零は思う。
「私・・・かおる君の事も好きだよ?一緒にいたいって思うし、側にいてくれたら嬉しいし、けどっ、・・・わかんないの。《好き》って、どういうことなのか、わからなくなっちゃったの・・・。」
零が戸惑いながらも一生懸命に言葉を選んで話す様子をかおるは小さく微笑んで見つめる。零の言葉は本心なのだ、と見ていればすぐにわかる。
・・・どうして零ちゃんはこんなにも・・・まっすぐで裏表なくいられるんだろう。本当に・・・惹きつけられる。
「僕の事をそんな風に思ってくれていてうれしいよ。・・・零、そんな顔しないで?」
自分の心をもてあましているような、困ったような辛そうな表情を浮かべた零の頬にそっと触れる。呼び捨てにすると頬を赤らめる零の反応が可愛くてつい呼び捨てにしてしまう。
「零は笑っているのが一番可愛いから、笑ってて?・・・あ、迎えが来たみたい。」
目を上げると、真っ黒な高級車が一台走ってくる。リムジンでなかったことと強制的に会話が終了された事に、零は少なからずホッとしていた。
夏休み突入☆夏休みは多分長ーーーーくなります(笑)。




