039:星に願いを
七夕でーす。だんだんとかおるの素性が・・・。
長い雨の季節も終わり、夏を感じる日が次第に増え始める。カレンダーを眺めていた零はふと今日が七夕である事に気付いて窓の外をに目をやった。例年、なぜか七夕の日は雨や曇りの日が多く、なかなか星空を見ることはできない。
窓の外の晴れた空を見た零は今夜はきっと星空が見えるだろうと小さく微笑んだ。
「どうしたの?零ちゃんニコニコして。」
次は教室移動だよ、とのんびりしている零を促しながらかおるが声をかける。
「今日は七夕だから、星が見えるといいなと思って。」
零の言葉に窓の外に目をやったかおるも晴れた空を見て微笑む。
「きっと今日は夜も晴れだよ。一緒に、星を見に行こうか?」
よく見える場所があるんだよ、と続けるかおるに零は喜んで頷く。久しぶりに見る零の笑顔にかおるは内心、我ながらいい提案をした、と思う。
「零ちゃんは星を見るのが好きなんだね。」
嬉しそうに笑いながら頷く零にかおるは少し苦笑する。
「言ってくれたらいつでも一緒に行くから、一人で出かけちゃったりしないで声かけてね?」
かおるの言葉はいつも穏やかに零の心に響く。はちみつのように優しい言葉に甘えたくなるが、その言葉のままに甘えてしまえるほどは幼くなく、零はいつも苦しくなる。
そんな話をしながらかおると共に選択科目であるドイツ語の教室に向かっていると、同じドイツ語を選択している理工系進学科の顔見知りの生徒が零に声をかけた。
「佐倉さん、今日の放課後、何か予定ある?」
「えっ?!私?あ・・放課後はないけど、夜はあります、」
突然声をかけられた零は驚いて思わず敬語交じりのおかしな日本語を返す。
「あ、じゃあ、放課後、少し時間もらってもいいかな?海外進学棟の前で待ってるから、」
・・・この人、なんて名前だったっけ・・・思い出せないけど確か健君と同じクラスの・・・・
向こうは覚えてくれているのになんて失礼なんだろう、と思いながら名前を思い出そうとする零の前にすっとかおるが割りこむ。
「片岡君、ごめんね、今日は僕が零ちゃんを予約してるんだ。少し、って言うのはすぐに終わる用事なら僕も同席しても構わないかな?」
「月島君が?・・・そう、なら仕方ないな。また日を改めるよ、」
少し残念そうに去っていく背中を見送ったかおるは軽く吐息を付く。なぜだろう、零が他の寮やクラスメイト以外の男子と話しているのを見ただけなのに苛立つ感情を抑えられなかった。
「行こう、零ちゃん。」
同級生を追い払ってしまったかおるに戸惑っている零を促してかおるはドイツ語の教室へ向かう。ドイツ語の教師は厳格で、遅刻は許されない。
・・・僕とした事が、多分、さっき片岡君を睨んでいただろうな。
かおるは歩きながら思う。嘘をついてまで同級生を追い払った自分の事を零はどう思っているのだろう。そう思うと胸の奥がざわめく。
・・・今日は七夕。星に願いをかける日、か。
かおるは唇の端に笑みを浮かべる。
・・・今更、そんな願いをかけたところで、僕の未来は変わらないさ。
後数日、僕に残された自由は後数日しかない、かおるはそう思ってやりきれない思いを抱えたまま、教室へ足を踏み入れた。
その日の放課後、昼間の言葉を裏付けるように零と共に校舎を出たかおるは彼にしては珍しく黙りこんで歩いていた。心の中に芽生えた未来への違和感が頭の中で不協和音を奏でている。今まで諦めていた未来を、もう一度自分の手に取り戻したいと願う事は罪なのだろうか?
「・・・ねぇ、大丈夫?かおる君、」
「えっ?あぁ、大丈夫だよ。ごめんね、零ちゃん。」
「何か悩み事?何だかとっても辛そうな顔してたよ?」
一歩前を後ろ向きに歩きながら見上げる零から、かおるは思わず目を背ける。いつもならにっこり微笑んでくれるかおるが辛そうな顔で目を逸らした事に、零は少なからず驚いた。
「あ、あの、私でよかったら、話してね?一人で悩むよりは、少しはマシかもしれないし・・・」
戸惑いがちに声をかける零に、かおるはいつもの彼らしい微笑を向ける。
「ありがとう、零ちゃん。」
いつも通りの夕食を終え、部屋に戻った零は窓から見える空に輝く星を見る。昼間と同じように晴れた空にはほとんど雲はない。
「零ちゃん、入ってもいい?」
ドアをノックする音と同時に、かおるの声。零が返事をすると静かにドアが開いてかおるが顔を出す。
「星、見に行こうか?出かけられそう?」
昼間元気のなかったかおるが今はいつも通りの穏やかな笑顔で話しかける。零にはかおるの心中を察する事はできないがひとまずいつも通りのかおるに安心する。
「この学校は山の中腹に建てられているから、裏手に行くと結構な夜景スポットなんだよ。おまけに私有地だから邪魔者はいないしね。」
寮を出て、中庭を通り越して進むと次第にあたりは暗くなる。表側はあんなにも明るいのに、と零は内心思う。
「零ちゃん、離れちゃだめだよ、」
寮から遠ざかるにつれて次第に明かりのなくなる路に不安になり始めた零にかおるは手を差し伸べ、安心させるようにそっと肩に手を置く。かおるの持っている懐中電灯は小さいながら鮮明な光を放つLEDであたりを照らし出している。
「そこを曲がればすぐだよ、」
「・・・すごい!」
かおるにいざなわれるままにたどり着いたそこは視界がひらけ、高台になっている。眼下には遠く街の夜景が輝き、空には街に程近いとは思えない数の星が輝いていた。
「ね、素敵でしょ?」
瞳を輝かせて空を見上げる零を見て、かおるは微笑む。この零の顔を見られただけで満足だ。
「すごいね、本当に綺麗・・・。」
零が呟く。星々を巡る探査衛星が日々天空を巡り、その役目を終えては遙か宇宙に消えて行っている。果てしない宇宙の、たった一つの星の片隅で思い悩む自分の存在が恐ろしく小さく思える瞬間だ。
やわらかい下草の生える場所に腰を下ろし、空を見上げて寝転んだ零は遙か闇に輝く星々を見つめる。
・・・今日は願い事、叶いそう。
気の遠くなるような時をかけて届いた光に零は思う。
《みんなの夢が、叶いますように。みんなが、笑っていられますように。》
心の奥で強く願いながら、自分の夢よりも、自分が笑う事よりも、周りのみんながそうであって欲しいと願っている自分に少し驚く。今まで何度も星に願いをかけてきたが、他人の為に祈ったのはこれが初めてだ。
「零ちゃん、何をお願いしたの、」
零の隣にそっと腰をおろしたかおるは静かに零に問いかける。
・・・星に願い、か。
「え?・・・みんなの夢が叶いますように、って。みんなが笑っていられますように、ってお願いしてたの。」
そう言って恥かしそうに笑って起き上がった零を見て、かおるはめまいがするような苦しさを覚える。
・・・みんなの夢・・・。今日今ここで、僕が願いをかけたらあの星たちは聞き入れてくれるんだろうか、
空を見上げて思う。
「ねぇ、かおる君、何を悩んでるのかわかんないけど・・・早く元気になってね?かおる君が元気ないと私も辛いの。」
言いながら零は、このセリフ、どこかで聞いた気がする、と思う。そうだ、少し前に健に言われた言葉だ。あの時言われた《笑っていて欲しい》と願う気持ちが今なら少し理解できる。
「・・・零ちゃん、お願いがあるんだけど、」
かおるは零から目を逸らしたまま、彼らしくない思いつめたような声で切り出す。
「うん、何?」
じっと、自分を見ている零の視線を感じる。かおるは片膝をたてて座った姿勢のまま空を見上げて続ける。
「今度、父親が主催するパーティーがあるんだ。・・・僕の、誕生日に、」
「誕生日!もうすぐなんだ。おめでとう、」
無邪気に笑う零。笑いたいけど、今は笑えない、と思ってかおるは零から目を逸らしたまま続ける。
「その、パーティーに一緒に行って欲しいんだ。・・ただ、僕の家は少し・・・変わってて、大掛かりなパーティーでね、俗に言う、社交パーティーって言うか・・・」
言いにくそうに言葉を捜すかおるに、零は何故か妙に納得していた。
「かおる君のおうちはお金持ちで、普通のパーティーじゃない、ってことだよね?」
「えっ、ま、まぁそう言うことだけど、」
「なんか、安心したな。かおる君は王子様みたいだから、それで一般家庭で普通に育ちました、って言われるより、お金持ちでセレブなんです、って言われた方がずっといいもん。」
零の言葉に、かおるは少し笑う。
「そう?敬遠されるかと思ったけど。」
「敬遠なんてしないよ?セレブでも一般人でもかおる君はかおる君だし、お誕生会ならお祝いしたいし。」
・・・お誕生会、か。そんな可愛いものじゃないんだけどね。
心の中で思いながら、全てを話せない自分を責める。本当の事を、全て話してもこのお姫様は同じように言ってくれるのだろうか、と思うと息苦しいほどの胸の痛みに襲われた。
七夕、大人になるとやらなくなりますよね・・・。来年は久しぶりに、お願いしてみようかなー。なんて思ったり。




