霧の上で
ガルーンは仕事小屋の入口に椅子を出して、白淵を見ていた。
三日ぶりに見る霧は——少し、変わっていた。いつもより重く、深いところからゆっくりと動いている気がする。白淵の深い場所では時間の流れが違う、と師匠の師匠の記録に書いてあった。三日が三日として経ったのか、それとも——爺さんはその考えを途中で切り上げた。待つのが自分の仕事だ。
霧の向こうから、何かが近づいてくる。
縄が張ってある。引っ張られている。そして——
崖の縁から、最初に出てきたのは白い尾だった。
次に、銀色に光る左目。
次に、黒い金属の右腕。
全員が岸壁をよじ登って、島の地面に足をつけた。
レナはガルーンのほうを見て、何も言わなかった。言葉が要らなかった。爺さんも何も言わなかった。ただ立ち上がって——足元がふらついた。レナが咄嗟に腕を掴んだ。
「……帰ってきたか」
「帰ってきた」
「怪我は」
「なし」
「分かったか、自分のことが」
レナは少し考えた。
「……半分くらい」
「半分か」
「残りは——また降りて、探す。今度はもっとちゃんと準備して。地図も持ってきた。廃墟の都市の構造図と、根の入口の座標」
ガルーンは受け取った地図を広げて、目を細めた。
震える手が、紙の端をゆっくりなでた。
「……これは、すごいものだ」
「爺さんが作った地図の続きを、埋めてきた」
爺さんは長い間、地図を見ていた。
それから顔を上げて、アシュを見た。
「お前は? 分かったか、自分のことが」
「半分くらいは」
「二人揃って半分か」
「残りは、また降りて、探すつもりです。そのために、ここにいていいですか」
ガルーンは少し考えてから、頷いた。
「物置部屋でよければ」
「十分です」
ノアが仕事小屋の入口に座って、霧を見た。
白淵が、光の粒をふたつ、静かに吐き出した。
ひとつはすぐに霧の中へ消えた。もうひとつは少し長く漂って、朝の光の縁に触れてから、消えた。
レナはそれを見ながら、不思議と、泣きたい気持ちがなかった。
今日はただ——疲れていて、それでいて、どこか軽かった。
白淵がまだ呼んでいる。
でも、今日は答えなくていい。
今日は帰ってきた。それだけで、十分だった。
——第一部 おわり、まだ途中——




