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左目の修練と、守り神

 守り神を見てから、修練の質が変わった。

 以前は「霧の動きを感知する範囲を広げる」という練習だった。でも今は——もっと違う何かをしている感覚がある。霧を読むのではなく、霧と話している感覚に近い。

「霧が変わってきています」とアシュが記録しながら言った。

「感知距離ではなく、感知の質が変化している。今日は六百メートルまで届きましたが、昨日の三百メートルの時より、細かく読めていた」

「量じゃなくて、精度が上がってる」

「そう思います。白淵と——より深く繋がっているような」

 レナは霧を見た。

 白淵が、確かに応えている気がした。

 以前の「呼ばれている」感覚とは違う。もっと対等な、やり取りをしているような感覚。白淵が何かを伝えようとしていて、自分がそれを受け取ろうとしている。

「ノア」

「なんだ」

「白淵は——今、苦しいのかな」

 ノアが、わずかに動きを止めた。

「……どこからそう感じた」

「霧と話していると——痛みのようなものが伝わってくる気がする。波の奥に、ずっと続いてる痛みが」

 ノアは少しの間、霧を見た。

「……その話は、根の中心まで行った時にする」

「また行けば分かる、でしょ」

「そうだ。でも——お前の感覚は正しい」

 それだけ言って、ノアはそれ以上語らなかった。

 正しい、という言葉が、ずっと残った。


 カルロの手記を全部読み終えるのに、三日かかった。

 手記には、深潜の技術的な記録の他に——霧眼についての考察が細かく書いてあった。

 霧眼は、白淵と「神経的に繋がれた」目だと思う。白淵は巨大な生き物で、根はその神経の集まりだ——そう考えると、辻褄が合う。霧の流れが読めるのは、白淵の血流を感知しているのと同じことだ。そして白淵が「帰っておいで」と言っているのは、傷ついた体が自分の一部を呼び寄せようとしているのかもしれない。

 でも——傷の原因は何だ? 霧が生まれる前、都市が沈む前、何かがあったはずだ。根の中心まで行けば、その答えがある。私はそこまで行けなかった。次の者に任せる。

「白淵が傷ついている」

 レナは呟いた。

「カルロも、そう書いてたんですね」とアシュが言った。

「うん。白淵は傷ついていて——霧眼の者を呼んでいる。でもなんで霧眼の者が必要なのかは、まだ分からない」

「根の中心に行けば分かる」

「そうですね」

 アシュが少し間を置いた。

「レナ」

「なに」

「私の腕のことを——少し、考えていました」

「どんなことを?」

「根の方向を指す。地図を読む鍵になる。時間を補正できる。でも——これだけの機能を持たせる必要が、本当にあったのでしょうか。根を探すだけなら、方位機能だけで十分なはずです。それ以外の機能は——何かのためにあるはずです。根の中心で何かをするための機能が」

「何をするための、だと思ってるの」

 アシュは右腕を見た。

「……分かりません。でも——カルロが言っていた『白淵の傷』と関係しているかもしれない、と思っています」

 二人はしばらく、そのことを黙って考えていた。



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