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霧の底へー白淵探索録ー  作者: やはうぇ
エピローグ②
17/21

仕事小屋の夜

 帰還した夜、ガルーンが夕飯を作った。

 といっても大したものではない。干し肉と根菜を煮込んだだけのシチューで、味付けは塩だけだ。でも鍋の底から湯気が上がって、仕事小屋の中が温かくなった。

「狭い」とレナは言った。

「文句があるなら外で食え」とガルーンは言った。

 文句はなかった。

 四人と一匹が、小さな仕事小屋に押し込まれている。ガルーンが机の前の椅子に座って、レナが床に直接腰を下ろして、アシュが棚の前のスツールに、セイラが窓枠に腰かけている。ノアはガルーンの足元で丸まっていた。

「ノアが一番いい場所にいる」とレナは言った。

「文句があるなら外で食え」とノアが言った。

「あんたも言うの」

 アシュがシチューを一口飲んで、少し間を置いた。

「美味しいですね」

「当たり前だ」とガルーンは言った。でも少し、椀を持つ手の力が緩んだ気がした。

 セイラが窓枠から降りて、床に座り直した。椀を両手で包むように持って、ゆっくりと飲む。表情はいつも通り余裕がないが、肩の位置が、降りる前より少し下がっていた。

 しばらく、誰も喋らなかった。

 シチューを飲む音だけが、小屋の中にあった。

 それが全然、悪くなかった。

「セイラさん」とアシュが言った。

「なんですか」

「窓枠に座るのが好きなんですか」

「高いところが落ち着くんです。南の島は崖が多かったので」

「高いところが落ち着く、というのが——私には少し分かりません。空から落ちてきた経験があるので」

「それはそうですね」

「レナはどうですか」

「崖の端には慣れてる。でも高いのが好きかは、よく分からない。ずっとそこにいたから」

「ガルーンさんは?」とセイラが聞いた。

 ガルーンが少し間を置いた。

「深いところのほうが落ち着く。昔は」

「今は?」

「今は、ここが一番だ」

 小屋の中が、また少し静かになった。

 ノアが欠伸をした。口を大きく開けて、牙を見せて、それからまた丸まった。

「ノア」とレナが言った。

「なんだ」

「腹減ってる?」

「少し」

「干し魚あげる」

「要らない」

「嘘つくな」

「……少しだけなら」

 レナが棚から干し魚を一本取って、ノアの前に置いた。ノアがそれをじっと見て、それからゆっくりと食べ始めた。上品ぶった食べ方だったが、早かった。

「早い」とセイラが言った。

「見るな」とノアが言った。

「見てません」

「見ていた」

 アシュが右腕の指を一本立てた。

「私も見ていました」

「全員で見るな」

 レナが笑った。アシュが表情を少し緩めた。セイラが口の端を上げた。

 ガルーンだけが笑わなかったが——椀を持ったまま、視線をノアからレナへ、レナからアシュへ、アシュからセイラへと、ゆっくりと動かした。

 誰も気づかなかった。

 いや——ノアだけが気づいて、何も言わなかった。

 シチューがなくなった。

「おかわりある?」とレナが聞いた。

「ない」とガルーンが言った。

「嘘つかないで」

「鍋を見ろ」

 レナが鍋の蓋を開けた。底に少しだけ残っていた。

「ある」

「お前の目は節穴か。あれで四人と一匹分は足りない」

「私は少しでいい」とアシュが言った。

「私も」とセイラが言った。

「ノアは?」とレナが聞いた。

「要らない」とノアが言った。

「また嘘つく」

「……少しだけなら」

 結局、底をきれいに空にした。

 食べ終わって、誰かが「そろそろ寝ます」と言う前の、短い時間があった。霧灯の灯りが小屋の中を橙色に染めている。外では白淵が静かに息をしている。

「明日から修練、再開します」とレナが言った。

「そうしろ」とガルーンが言った。

「セイラは?」

「私は縄の整備をします。だいぶ傷んだので」

「アシュは?」

「筒のメモの解読を続けます。まだ半分も読めていないので」

「ノアは?」

「寝る」

「いいな」

「お前も寝ろ。修練は明日からだ、今日ではない」

 レナは少し考えてから、横になった。床の上だったが、構わなかった。目を閉じたら、思ったより早く眠くなった。

 白淵が呼んでいる。

 でも今夜は、それがただの子守唄みたいに聞こえた。



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