また、帰る
ガルーンは仕事小屋の入口に椅子を出していた。
縄が二本、崖の縁から垂れている。三日前にレナたちが下りていった時のままだ。爺さんはその縄を手で確かめて——引っ張られているのを感じて、立ち上がった。ゆっくりと、でも自分の足で。
崖の縁から、最初に出てきたのは白い尾だった。
次に、銀色に光る左目。
次に、黒い金属の右腕。
そして——赤茶色の髪を縄に引っかけながら、舌打ちをひとつして、見知らぬ少女が這い上がってきた。
三人と一匹が、島の地面に足をついた。
ガルーンは全員を順番に見た。レナ、アシュ、ノア——それからセイラ。全員の顔を確かめて、一度だけ頷いた。
セイラが短く頭を下げた。
「……帰りました」
「無事だったか」とガルーンは言った。それだけだった。作戦会議で送り出した時と同じ、余分なものを削ぎ落とした言葉だったが——声が、わずかに違った。
爺さんはそれだけで頷いて、レナに向き直った。足元が少しふらついた。レナが腕を掴んだ。
「怪我は」
「ない」
「分かったか」
「半分くらい」
ガルーンが少し目を細めた。前回と同じ答えだったが——今回のレナの声には、前回とは違う重さが混じっていた。疲れだけではない何かが。
「何かあったか」
レナは少し間を置いた。
「いろいろあった。深層で千年止まってた人を起こした。上の層から、アシュを迎えに来た男が降りてきた。あと——」
「あと?」
「白淵が、傷ついてると思う。ずっと、なんか痛そうな感じがしてた。降りれば降りるほど」
ガルーンがレナを見た。長い間、黙って見ていた。
「……師匠も同じことを言っていた」
「知ってたんですか」
「信じてはいなかった。でも——お前が同じことを言うなら」
爺さんはそれ以上言わなかった。地図を受け取って、広げて、震える手で端をゆっくりなでた。
「廃墟都市の構造図と、根の入口の座標。爺さんの地図の続き」
「……これは、すごいものだ」
「次はもっと深く行く。根の中心まで。そのために、左目の修練をちゃんとやる。半年か一年かかるかもしれないけど」
「……そうか」
爺さんは地図を持ったまま、少し、動かなかった。見ているのか、考えているのか——あるいは、ただ手に持っていたかったのか。
アシュが静かに言った。
「そのために、ここにいていいですか」
「物置部屋でよければ」
「十分です」
セイラが「私も居座っていいですか」と言った。遠慮のない言い方だったが、声だけはかすかに硬かった。
ガルーンがセイラを見た。
「構わない」
それだけだった。でもセイラが少し、息を吐いた。
ノアが仕事小屋の入口に座って、霧を見た。
白淵は今日も呼んでいる。でもその呼び声の奥——痛みに似た何かが、確かにある。レナには分かる。前より、はっきり分かる。
次に降りる時は、その痛みの正体を、見つけに行く。
「爺さん」
「なんだ」
「白淵、治せると思いますか」
ガルーンはしばらく霧を見ていた。
「分からない。でも——師匠はそれを夢見て死んだ。それだけは確かだ」
「じゃあ、やってみます」
「……そうしろ」
白淵が、霧を揺らした。
まるで聞こえていたかのように。
まるで、頼む、と言うように。
レナはその揺れを感じながら——今日だけは、答えなかった。
今日は帰ってきた。それで十分だ。
答えるのは、次に降りる時でいい。
——第二部おわり、まだ途中——




