白い目の子供
空には底がある。
子供の頃から、レナはそれを信じていた。
どこまでも広がっているように見える空も、どこかで終わっているはずだ。天井のような何かがあって、その上にはさらに別の世界があるのかもしれない。子供らしい思い込みだ、と今なら笑えるけれど、当時の自分にとってそれは疑いようのない真実だった。
空には底がある。では、霧には底があるのか。
白淵——。
島の端から覗き込むたびに、その白い海は何も教えてくれなかった。霧はゆっくりと、呼吸するように揺れている。何かを飲み込みながら、何かを吐き出しながら。その奥に何があるのかを、人は千年以上問い続けてきた。そして千年以上、白淵は黙ったままでいる。
レナが初めて白淵を見たのは、七年前のことだ。正確に言えば「見た」のではなく「気づいた」と言うべきかもしれない。なぜなら彼女が白淵から引き上げられた時、彼女は十歳で、意識がなかったから。
漁師の老人が岸壁の下で見つけた。霧の中から浮かび上がってきたものが岩に引っかかっていて、それが人間の子供だと分かったのは、霧灯を近づけてからのことだという。息はある。体の傷もない。なのに目だけが、左目だけが、ガラス玉のように白く濁っていた。
孤児院の院長は、その目を見て少し顔をしかめた。でも受け入れてくれた。名前のない子供に「レナ」という名前をつけて、「フォグウォーカー」という苗字をくれた。霧の上を歩く者、という意味だ。島の慣例として、素性の知れない拾い子にはそういった自然に由来する苗字がつく。
白い目のことは、誰もあまり触れなかった。子供たちが「おばけ」と言って遠ざかるのには慣れた。大人たちが目線を外すのにも慣れた。
ノアだけが違った。
白い子狐——孤児院にやってきた最初の朝、霧の中からひょっこりと現れた小さな獣は、レナの左目を真正面から見つめて、それからぺろりと頬を舐めた。そしてその夜、ノアは初めて言葉を話した。人間の言葉を、まるで最初から知っていたように。あの日から、ノアはずっとそばにいる。
「霧眼を持つ子供は、白淵から送り出された子供だ」と、老深潜士のガルーンは言った。
「何のために送り出されたのかは——知らない。それを知るには、底まで行くしかない」
当時のレナはその言葉の意味を、半分も理解していなかった。
今なら、分かる気がする。
でも——分かってしまうのが怖くて、今日もここに来ている。
島の端。切り立った白い崖の先端に腰を下ろして、レナは霧の海を見下ろす。左目が、ぼんやりと光る気がした。
ノアが隣に丸まって、目を細めた。
「そろそろ、時間だ」
レナは答えなかった。
でも、分かっていた。
白淵が、呼んでいる。




