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幻魔討滅ヱレキテル ~奇妙奇械奇々怪々~  作者: 和扇
第二章 帝都下町物語
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第六十六討 訃施火観音

 身に纏うは艶やかな、矢絣柄の瑞穂の着物。

 背に舞わせるは、薄く綺麗な天女の羽衣。


 常人不可視の神姿かみすがたとなった日照雨宇迦之比売神ユウコは、火災現場の上空にいた。眼下に望むは遥かな帝都、そして立ち昇る黒煙と赤々と街を焼く炎の奔流だ。


「結構酷いわね…………」


 果敢にも炎に立ち向かっている者達が見える。

 馴染みの店主たちが戦っている火元の西側は防衛に成功しているようだが、他の方角は劣勢。風上であるはずの北にも延焼が進んでいる。


「さぁて、と。いたいけな民草のために、本来のお仕事をしましょうか」


 右手を広げて、雲一つない天へと掲げる。


「雲一つない快晴、良いわよね」


 燦々と輝く太陽は既に傾き、それに焦がされた空は燃える炎の如く赤に染まっている。


「でもね、私は雨も好きなのよ?」


 人々の祈りを力として、彼女は神の力を行使する。


「ふふ、日照雨そばえの力、見なさいな」






 北から人が雪崩れ込んできた、彼らは百貨店の店員たちだ。


 接客の為の背広がすすに汚れる事などいとわずに、水を運んで炎へと投じる。各部門の長が指揮し、一般社員がそれに応じて行動している。緊急事態の今まさに、社員教育が活かされていた。


 その中にリヨたちも加わっている。勿論、彼女らを守る者たちも共に。

 単なる女生徒が三人程度では大した力にはなれない。だが最前線で戦う少女たちの姿は、一時は避難した者達をも奮起させて消火作業へと参加させていた。


 さあさあと降る雨の下で、彼女達は勇敢に炎へ立ち向かう。


「はぁ……はぁ……」


 一旦作業から離れたリヨは、肩で息をしながらも体力を回復させていた。優美だった彼女の着物は汚れにまみれ、火の粉を受けてあちらこちらに焦げが生じている。


「どうか、どうか、お助けを…………」


 胸の前で両手をギュッと握り、神官として神へと祈りを奉げる。その祈祷が向く先はあずまの家が、そして瑞穂の国が奉ずる神、瑞穂大神みずほのおおかみである。


「おや、大神おおかみへとお祈りですかな?」

「え……?」


 目を瞑っていた彼女の隣には、いつの間にか人が立っていた。舶来紳士と見紛みまごう姿の、年の頃三十程度と思える灰髪はいはつの男だ。


「貴方は……?」

「そこいらの凡人ですよ、ただの、ね。それよりも、日輪にちりんを司る大神より良き祈祷先がありますぞ?」

「ええと、どういう事でしょうか……?」

「なぁに、今この時に最適な神がいる、という事です」


 そう言って男はピッと一枚の札を取り出した。それを受け取ったリヨは、そこに書かれた文字を読む。


日照雨宇迦之比売神そばえうかのひめのかみ? 存じ上げないお方です」

「でしょうな。ある地方で奉じられる、古き古き神ですから。ですが霊験あらたか、人々に豊穣をもたらす良き神。そして現状において最適の神」

日照雨そばえ……日照り雨」


 リヨはそう呟いて、札を両手で持って目を瞑る。

 強く強く祈り、その神へと助けを求めた。


「あぅんっ!?!?」


 その祈りを受け取った上空の神は、腰から背を伝って脳天へと至った震えに思わず声を上げる。何が起きたのかと彼女は眼下の人々に目を向けた。


「んんん? アレは、リヨ? で、隣に居るのは……」


 祈りの糸を辿った先にはよく知る学友の姿。そしてその隣には彼女と接点がないはずの、異界を研究する変人の姿があった。


「あの変人め、よりにもよってリヨを取り込んだか。瑞穂最高の祈り手に願いを奉げられるとか、私は大神か、っての」


 はっ、と鼻で笑って肩をすくめて首を横に振る。


 瑞穂の神官の頂点はあずまの家。その長はリヨの父だ。つまり彼女は、この国における神官のすいと言っても良い娘なのである。


「こりゃ、下手な事は出来ないわね。貰った力、全部使わせてもらうわよっ!」


 両手を広げて天へと掲げた。

 神様パワァを全力で空へと送り、雨をぶ。


雨雨あめあめ降レ降レ、更ニ降レ。もう大雨くらい降りなさいなっ!」


 霧の様だった雨が粒となり、その粒が大きくなっていく。緩やかだった勢いが次第に強くなり、最終的にはざあざあと音を響かせる。


「さあ、こっちはやるべき事をやったわよ! ヨーコ、サラ、頑張りなさい!」


 天へと笑いかけ、彼女は親友たちへと呼びかけた。






 拳打が交わされる。

 両者の蹴りが衝突して、ガズンと音が響く。


 鋭い刺突が隙を突き、それを観音の手が防ぎ止める。

 なおも針のあな程度の隙を射貫くために、細剣がキラリと光を放つ。


 二人は連携しながら、訃施火観音ふせびかんのんへと立ち向かっていた。


 ヨーコは敢えて刀を抜かずに徒手空拳、武器を持たぬ観音と真っ向から打ち合う。一撃必殺の攻撃とはならずとも、腕の一本、足の片方、指の一つでも取れればおんの字だ。


 対するサラは細剣を抜き、周囲を高速で動き回っていた。ヨーコが正面から衝突する中で観音に生じた、ほんの僅かな隙を目掛けて突撃を仕掛ける。一撃でも与えられれば状況が変わり、動きを止めた幻魔をヨーコが両断できるはずだ。


 だがしかしヨーコらの攻撃は、その全てを防ぎ止められていた。


「くっ、このっ!」


 奇械に覆われた左(こぶし)で顔面を突くが、片手で易々と受け止められた。だがそれは陽動、右の拳を左脇腹へと送り込んだ。しかしもう片方の手がそれを止める。


 考え通りの結果を得られず、ヨーコはチッと小さく舌打ちをした。


「はっ!」


 両手が塞がったその瞬間を狙って、サラは真後ろから背中を狙う。だがしかし、それは恐ろしい方法で止められた。人体の構造を無視して片足がグリンと回転し、背中まで反ったのだ。


 むぅ、と不満顔で、サラは敵から距離を取る。


 相手とこちらの体格は同じ、数の上ではこちらが有利。

 でありながら押し切れない。


 だがしかし。


「負けるか、こんちくしょうっ!」

ガッ、パンッ、ドズン!


 必死にヨーコは観音の攻撃を捌いて、反撃を加える。


「しっ! はっ! りゃっ!」

ギィンッ、ガンッ、バギン!


 剣の煌めきを振りまき、サラは観音へと襲い掛かる。


 決して負ける事は無い。

 周囲を焼き焦がす炎など涼しいもの、それほどに彼女達の闘志は燃えていた。


 何度も攻撃を放ち、何度も防がれる。

 何度も攻撃を受け止め、何度も反撃を受ける。


 一進一退どころか膠着こうちゃく状態。状況はまるで変わらない。


 このまま続けばどうなるかなど分かり切った事。無尽蔵の体力を持つ幻魔に対して、ヨーコ達のそれは有限。いずれは押し切られて打ち倒されてしまうだろう。


 だからこそ彼女達には焦りが見られる。


「くっ、この、ままじゃっ!」

パンッ、ダンッ、ドッ!


 顔を狙った右拳を横にはたいて反らし、蹴りを放とうとした足を踏みつける。腹へ向かって打ち込まれた拳打を掌で受け止めた。


 拳法など知らぬはずの観音は、的確に彼女の事を攻めたててきている。猛攻と言ってもいい。格闘術を修めたヨーコだからこそ立ち向かえているのだ。


「どうっ、すればっ、いいっ!?」

ガチンッ、バジィッ、キィンッ!


 振り下ろした剣を逆関節に動いた腕で止められ、切り上げた刃を足で防がれ、頭突きによって薙いだ一撃が弾き返された。


 型など無い、言ってしまえば滅茶苦茶な剣。であるにも関わらず、幻魔はそれを防ぎ止める。見た目通りに人間と同じ視界ではない、三百六十度すべてが見えているのだ。


 焦りも孕みながら、討滅士は戦闘を続ける。






「ここまでやって消えないなんてね……流石にしつこすぎでしょ」


 ざあざあと降りそそぐ雨、必死に戦う人々。

 それをもってしても炎は倒れない。


 完全に消えたはずの所から再度火が出る事で、まさに一進一退。先程までの押され続けていた状況から反転攻勢に出られてはいるが、制圧までは出来ていない。進んでは戻り、退いては押し返し、だ。


「ふぅむ、中々に厄介であるな。人がもう少しでも在れば、状況は変わろうな」


 顎に手を当て、ゲンジョウは考える。

 炎と戦う人々に惹かれるように、次々と協力者は集っている。だがそれはポツポツとのきから落ちる雨の様なもの。ザバリと炎を消し去るバケツの水にはなり得ない。


 だがしかし、彼は確信していた。


 この戦いの勝利を。


「さて、そろそろ来る頃合いだ」


 彼がそう口に出した、その時。


「第一中隊西へ! 第二は東! 残りはこのまま前進、行動開始せよ!」


 ザッザッと揃った駆け足が左右に分かれ、大通りを駆けて行く。彼らは揃いの茶の軍服に身を包み、本来は持っているであろう武装は無し。火を制圧する為だけにここへとやって来た、総勢五百を超える勇士たち。


 瑞穂帝国が誇る、精強なる陸軍だ。


 と時を同じくして、南へも応援が訪れる。


「陸軍に後れを取るな!」


 椎津しいづの部下が駆け込んだ海軍基地より到来した海軍兵達だ。数は陸軍に劣るものの、南の一方を支え押し上げるには十二分な人数である。


「間に合ったようだな」


 大量の増援が訪れた北部。

 周囲を兵士に囲まれながら、年の頃三十ながら威風堂々とした男が現れる。豊かな口ひげを蓄え、軍服にも似た装束を身に纏っている。総身から力が溢れているかのような人物だ。


 間近へと歩んできた彼のその顔を見て、リヨは信じられない物を見るように目を見開いた。


「へ、陛下っ!?」

「おお、あずまの娘……確かリヨであったな。息災で何より」


 はっはっは、と男は、いや瑞穂帝国の主は笑う。


「な、なぜ、このような場所に……」

「いやはや何処どこぞの無礼者から、祭りがあるぞと呼ばれてな。仲間外れにされるのは御免ごめんこうむると駆けてきたのだ」


 そういって、彼は上着を脱ぎ棄てた。それが意味する事は一つである。


「陛下っ、まさか消火活動に参加されるおつもりですか!?」

「うむ。部下ども(陸海軍)への指揮を済ませた以上はやる事など無し。折角ここまで足を運んだのだ、あとは戦力の一つとして働くだけよ」

「さ、流石におそれ多く…………」


 周囲にある近衛の兵達は、少々呆れ顔。敬うべき相手にその表情を浮かべるという事は、こうした無鉄砲は日常茶飯事と言う事なのだろう。


 リヨの言葉など意に介さず、彼は笑顔で炎へと駆けていった。






 異界での戦いは変化を見せていた。


「りゃぁっ!」

ガズンッ!


 ヨーコの拳が観音の腹に刺さる。その衝撃に、幻魔は数歩後退った。


「そこっ!」

ドズッ!


 サラが放った鋭い突きが、それを止めようとした観音の手を貫く。


 状況はじわじわと優勢へと傾く。

 防ぎとめられる中で、通る攻撃が出てきたのだ。


 訃施火観音ふせびかんのんは確実に弱っていた。その身に満ちていたヱレキテルは次第に霧散していき、七堂伽藍しちどうがらんを焼いていた炎が少しずつではあるが消え始めている。


 異界の出来事は元界に影響を及ぼす。


 であるならば、その逆も正なり。


 元界で戦うユウコらの奮戦は、今まさにヨーコ達の力となっていた。


「おおりゃぁぁっ!」

 ズシンッッッ!!!


 全力の横蹴りが観音の腹に突き刺さり、その身を浮かせて五(メートル)程吹き飛ばす。


「はぁぁっ!」

 チュンッ!!!


 金属が金属を掠める音、それと同時に観音の左腕がガランと大地に落ちた。


「おおおっっっ!!!」


 今こそ好機。

 満を持して刀を抜いたヨーコは、五連発の飛燕を放つ。五榜ごぼうの星を描いたそれを穂先として、全力全開の突きを繰り出した。


ドッズゥンンッ!


 観音の胸にそれが突き刺さる。

 だがしかし、押し飛ばすだけで貫くには至らない。


「はああっっっ!!!」


 ヱレキテルが光る剣で、サラは訃施火観音ふせびかんのんの首を薙ぐ。されど、それを落とすには足りない。


「ふうぅぅぅ…………」


 深く息を吐いてヨーコは刀を構え、そして振った。


「おおおりゃぁぁっ!!!!!」


 強力なヱレキテルが刀身以上の刃を作り出し、それが観音の頭へと落とされる。必殺の一撃、それを幻魔は右手一本で受け止めた。


 ギシギシときしむが、刃は大地まで落ちない。

 力が弱まったとて、彼の者の力はまだ強大だったのだ。


「隙、ありっ!!!!」


 剣を身を、ヱレキテルがサラを包む。

 高速の光の矢となって、地面と触れるかどうかという低空で彼女は突撃した。


ドォンッッッ!!!


 矢は、確実に観音の身を貫いた。

 胴の半分、穿たれたそこには風穴が空く。


 そして。


「おおおぉぉぉォォォッッッッっっっ!!!」

ズ……ッ


 刃が幻魔の手に食い込む。抑えきれなくなった刀の一撃が観音の額に触れる。


「く、た、ば、れ、ェェェッッッッ!!!!!!!」

ザドォンッッッッ!!!


 一刀両断。


 大地に一直線の線が生じる。


 訃施火観音ふせびかんのんの身が左右に分かれ、一方は前に、もう一方は後ろへと倒れ行く。


 ピシピシと幻魔の身にヒビが生じ、破片へと変わり、塵へとなって消えていく。


 大地に身を付ける事なく、消えぬ火をもって人を殺す破戒仏は消滅した。


 これにて討滅は完了される。


 時を同じくして、元界では多くの者の歓声が響いていた。

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