第五十討 今ハ無キ寺院
学校終わりにヨーコ達はいつもの場所へ、もはや部活動の様な感覚である。
「む? 何やら似合わぬ物を持っているな」
普段は香らぬ匂いに気付き、ゲンジョウは言う。物自体を見ずとも、それが何であるかを彼は理解しているようだ。
その言葉を受けて、ヨーコは自信満々に懐から彼女謹製の品を取り出した。
「よく分かりましたねっ! 私が作った匂い袋です!」
ずい、と突き出された手には小さな巾着が一つ。白い紐が袋の口を窄めており、中に入れられた物によってほんの少しの膨らみがあった。
「ささやかな物でそこまで得意げになれるの、羨ましいわねぇ」
微笑ましいものを見るようにして、ユウコはしみじみと言った。
「それはそうと、なぜ匂い袋だと分かったのかしら?香りなら香水もあるでしょうに」
問いをゲンジョウへと投げかける。彼は鼻で笑って答えを出した。
「ヨーコ君がそんな洒落た物を持っているわけも、使うわけもあるまいよ」
「うわっ、すっごい馬鹿にされたっ! 持ってないけども!!」
完全に自身の事を見透かされて、反論したくとも反論できない。
ぐぬぬ、と悔しがっているヨーコは放置して、ゲンジョウは一枚の紙を机の上に置いた。おおよそ雑記帳四冊分の大きさのそれには、何やら四角が幾つも描かれている。
「これは?」
「とある施設の図面である、何処かは分かろう」
「え、何処です?」
脊髄反射でとぼけた答えを出したヨーコにゲンジョウは肩をすくめ、ため息交じりに首を横に振った。一切考える事もせずに回答した彼女が悪い。
「お寺」
「ふむ、サラ君は優等生であるな。比べて、キミは実に劣等生である」
「ぐがっ!? サラを褒めるだけで良いのに、なんで私を貶めるんですかっ!」
「仕方あるまい、吾輩は嘘を付けぬ性分なのでな」
ぐぐぐ、と渋い顔でヨーコは唸った。
やはり彼女の事は放置して、ゲンジョウは話を進める。
「キミ達が異界で見た寺院、明奉寺の敷地図面だ。古書店の本棚を漁りに漁って、ようやく発見したものである」
随分と苦労した、とゲンジョウは続けた。彼が書物漁をした古書店の中がどうなったか、想像するべきではないのだろう。ほわほわ印象で丸眼鏡をかけた店主が泣きそうな顔で店内を片付けたのかもしれないが、彼が知った事ではないのである。
「そして、これが収蔵品の一覧だ。安置されていた仏像の写真もある」
どん、と机の上に本が置かれる。随分と分厚いそれの背には、明奉寺の文字があった。間違いなく、井の中心にあった寺の資料だ。
「さて諸君。これを見てみるがいい」
そう言って、とある頁を開く。そこには仏像の写真と、その由来が事細かに書き記されていた。
「あっ!?」
ヨーコが一枚の写真を指さして声を上げる。ユウコとサラは、その指に従って視線を移す。そこにあったのは、何処かで見た事がある仏像だった。
「鳥の脚の奴」
「絣出権現? 商売繁盛の利益ねぇ。絣は着物の柄だから、それが出るって事は商品が売れる、って事かしら?」
「おそらくな。そこからあの幻魔を掠手権現と名付けた。掠った鳥の手が脅威であった故な」
「あれは、キツかった……」
ううっ、と過去の負傷を思い出しながら、ヨーコは手を擦る。
形容する成れば地獄の痛み。先にユウコが話した異界で負傷すると精神を削られるというのは、ああいったものを指すのであろう。
「こっち、足どすんどすんの奴」
「緋縅権現。縅は鎧を結ぶ紐、ゆえに戦勝祈願の仏だ。幻魔については卑脅権現とする、弱きを脅す外道であるな」
別の紙にさらさらと文字を書く。実に的を射ている洒落た名だ。
「これは幻を見せてきた奴ね、触手が出てきたアレ」
「浅棄弁天。古い言葉であるが、浅む、とは蔑む侮るの意を持つ。それを棄てさせる、つまりは悪しき心を晴らす利益と言う事だ。幻魔は詭弁天、納得の名であろう」
他者に幻を見せて詭く。ヨーコとサラがゲンジョウとユウコに助けられた事で回避できた、詭計の術法である。それを使う者の名としては、詭弁天は最良と言える。
「近頃、商店街の周辺で犯罪が多い。その一因がこれらの幻魔、ひいては異界の明奉寺であると吾輩は考える」
「ちょっと飛躍しすぎじゃないですか?犯罪なんて起きる時には起きるし……」
全ての原因を異界に繋げるのは、いくら何でも与太話が過ぎる。ヨーコの言葉に、ユウコとサラも同意して頷いた。だがしかし、ゲンジョウは首を横に振る。
「あの商店街、下町にありながら治安はかなり良い。だが今年に入ってからは、毎日のように何かが起きている。犯罪の件数を数える必要もない程に異常なのである。ゆえに官憲も相当数、増員されているのだ」
そう言われてヨーコはふと気付いた。確かに近頃、官憲さんの姿を良く目にしている。
「まあ、清廉潔白で善良なる市民の吾輩を捕まえて詰問せんとするのは、甚だお門違いであるがな」
ヨーコは目を丸くした。
眼前の変人は理解不能な暗号を口にしたのであろうか、それとも自分の耳がおかしくなったのか。他の誰を清廉潔白と評しても問題は無いが、ゲンジョウだけは断じて断じて断じて潔白ではないと彼女は強くつよーーーく思う。
「さてさて、かの地の平和を取り戻すため、キミ達には尽力してもらわなければならん、今まで以上にな」
「なんか、言葉と本心が違うように感じたんですけど」
「はっはっは、そんなわけが無かろう。吾輩は善良なる雇用主であるぞ?」
ヨーコは思う、雇用主は労働者を守るべきだと。ほぼ騙し討ちで危険な場所へ放り込むような者は、どう考えても善良ではない。
素晴らしき雇用主によって、今日も労働者は現場へと向かうのである。




