その36
第三小隊隊長マーカー・ハストン中尉と通称、一号ことアーフ・カーディンソン軍曹の遣り取りへ、
「『出番』、は良いんですが......、」
ディイ・ナイナンセ兵長が横から顔を突っ込んで来る。
姓はナイナンセだが、歴としたカーディンソン組の一人。
背後へ視線を遣れる位に、僅かに顔を向けながら、
「アレ、」
数段声を潜めたナイナンセの視線が指しているのはその背後のミルドルト・トロウヤ大尉。
「良いんですか?」
ナイナンセの疑問は、
トロウヤに見られることになるが、それは大丈夫なのか。
と云う意味。
ハストンとカーディンソン一号の視線が後を追う。
三人から視線を向けられたトロウヤ、急に三対の据えられた視線を向けられ戸惑う。
トロウヤ大尉は今回のゴレム性能試験の責任者という立場。
通例なら佐官級以上が担う様な席を、どう云う因果か座らされた。
本人曰く、「押し付けられた」との談。
今現在進行形のゴレムの暴走と云う事故?事件?事態の収拾解決を図っている中で最高位階級。
他にも階級が上なのが居るはずだが、丸投げしっ放しなのか。名目だけなのか、知らん顔で「我、関知せず」状態。
解決へ共に苦労する仲。軽く足を上げて跨ぎ越える高低差くらいに距離は親くなったとは云え、それでも第三小隊から見れば外部の人間。
既に幾つか露見したものの、第三小隊には色々と見られてマズイものが、未だ色々と在る。
トロウヤを、
そこに善意悪意に関わらず故意過失だろうと、
経由して外部に、特に上の連中に知られるのは宜しく無い。
「良い訳じゃあ無い。ただ、なぁ。」
視線はトロウヤへ据えたまま、落とした声で、
「国家存亡。ことによっちゃあ、人類滅亡っての、との話なんだよ。」
大事と秘密のどちらを取るのか。
特に表情も無く、他愛もない世間話をするかの如く、由々しい内容を口にするハストン。
比べて、明日の糧食の献立の話をする方がまだ深刻そう。
比較対象が可怪しい。
ナイナンセも視線はトロウヤへ固定したまま、
「また随分、とんでもなく大きくなりましたね。」
音量を下げた声は、実感が湧かないのか、犬が株価情報を聴いた程に関心が無さそう。
因みに、
この世界にも密告者や権力者の手先では無い、イヌ科の犬は存在する。
この世界での、此方側の「猫に小判」、「豚に真珠」、「馬の耳に念仏」の類に相当するのが、
「犬に世界の真理を語る」
魔法と魔術が当たり前のこの世界で、世界の成り立ち、神秘を解き明かすのは重要。魔術師や魔法使いにとって重要でも犬にはそれが解らない。
価値が解らないと云う意味で使われる。
成句として使われることが有ることから見て、故事。
過去にそう云う事例が在った、或いは何か近い実験を行った、
――犬に法術を使わせられるか試してみた――
ことがあったのであろう。
ナイナンセから雑な意味での適当な感想を返されたハストン、
「今日、明日って話じゃ無いけどな。」
潜めた声のまま、天気の話でもする様に続け、
「明後日かも知れない。
冗談じゃあ無いから。」
付け加える。
ハストンが告げた言葉に、カーディンソン軍曹(一号)とナイナンセ兵長は応えが想い付かず言葉が出せない。
一方、据えられた視線を受け続けているトロウヤ。
ハストン達の輪に加わりたいのだが、向けられる視線に感じるものが有り、近寄ることに躊躇。
物言わぬカーディンソン軍曹(一号)とナイナンセ兵長の間の肩越しに、首を突っ込んだベエテ・カーディンソン伍長(二号)が、それまでに合わせるように小声で、
「弄っちゃたらどうです?」
人差し指で自分の側頭部を数回、軽く突付く。
トロウヤに聴かれては不味い、トロウヤの扱いのことの話だと解って参加。
ハストンは「何を?」だとは訊かず、
「難しいんだぞ。」
抑えた声で答える。
出来無いことではないらしい。
カーディンソン組とハストンが何やら密々と話をしている。
それだけなら、今後の打ち合わせについてのことだろうと推察も出来る。それなら、トロウヤへ向いている視線は何を意味する?
気になった小隊副隊長のテドラルド・ラーフグリーフツ少尉が情報を共有しようと近付いてみれば、聴き取れた密々話は本筋から、かなり離れたところを遊び歩いていた。
このまま放って置くと、話が帰って来るのが何時になるか判ら無いと判断したラーフグリーフツが、ハストンの背後から、
「先ずは、アレをどうにかする話の方を先にしては?」
提案。そもそもの話へ引き戻す。
今度のアレとはトロウヤのことでは無くゴレムのこと。
耳に届いたハストン、
「おっと。そうだった、そうだった。」
どうやら帰る気になったらしい。
改めて、カーディンソン組へ向き直るハストン、
「カーディンソン達には、一仕事して貰おう。」
真剣な表情へ変え、
「『満月の宴』の時間だ。」
告げる。
カーディンソン達は揃って、歯を見せて両の口許を吊り上げる。
犬歯が印象づく。
カーディンソン軍曹(一号)が、
「相手はゴレムで?」
問えば、ハストンは、
「当然。」
答える。
ナイナンセ兵長は、
「邪魔は有りそうですかね?」
懸念を伝える。
ハストンは、
「無い。させ無い。」
強い調子で断言。
カーディンソン二号(ベエテ伍長・四号の弟)が、
「容赦は?」
確認。
ハストンから、
「要ら無いだろ?。ゴレムも容赦しないだろうし。」
返って来る。
嬉しさが抑えきれない様子のカーディンソン三号(ベエテ伍長)は
「全力?全力?」
勢い込んで尋ねる。
ハストンはやや呆れて、
「いいぞ、全力出して。」
適当な物言いで返す。
三号は今にも小躍りし出しそう。
セイ・カーディンソン兵長(四号)が、
「俺等だけで良いんですよね?」
ハストン、
「いや。俺も出張るぞ。」
告げると、カーディンソン達が一様に嫌そうな顔をする。
カーディンソン達の態度にハストンも
「なんだよ?」
不満気。
三号が異議申立だと云う顔で、
「えぇーっ。
隊長ってば無茶苦茶するじゃないですか。」
平然と発言。
「警戒!」
装甲兵員輸送車の天板上から、全部隊へ届かせる為の強めた声が挙がる。
ハストン達が馬鹿なことをやっていた間にも、穴底のゴレムへの爆撃は続いていた。
隊員達を暇にさせ無い為。引いては余計なことをさせ無い為に。
穴底のゴレムを見張り続ける。
と、云うのは地味で単調な作業。忍耐が試される作業。
悪い言い方をすると、
減り張りが無く退屈。
根気のいる作業を常に十全で臨むのは意外に辛い。
そこを突いて慣れと飽きが生じる。
十全を維持し続けるのは消耗が早い。そこで、適性化、効率化、省力化で消費を抑え、維持し続ける長さを延ばすことを狙うのが慣れ。
あれやこれやを全体的に平衡を崩さずに下げる減らす。
が理想であれど、出来るには訓練や才能が物申す。
凡百数多は、以外を疎かにすることで計上。見かけ省力化。
消費を減らすことで、他所へ回すことをしないで余力が出るが、これを保留できればまだしも、余力が出れば出たで大概は余計なことへ注ぎ込むしてしまうのがヒトの性。
更に、飽きは余計なことを生み出し易い。しかも、飽きで浮かんだ余計なことは、想い着いた時点には素晴らしいこと最高だと錯覚するもの。
そこに制動は不在がち。冷静客観と言いつつ自ら用意した篩の目の粗さを自証出来無い。素通りは易いとなれば、杜撰手抜き欠陥工事でも判らず、見かけ立派な完成品。
その後、現れ出るは、
「こんな筈では無かった。」の言葉と後悔。
余計なことをさせ無い、想い付かせない為の爆(弾攻)撃の許可。
その結果が、通常使いの手榴弾を束ねた集束手榴弾の使用と云う、余計と云えば余計なこと。
「警戒」の言葉を耳にしたハストンは、
「おっ、丁度良い。」
直ぐ様、行動を起す。
装甲兵員輸送車の天板上へ登り、黒煙が立ち昇る落とし穴を見下ろす。
ゴレムも此処しばらくは一方的な受け身で、爆撃されるがまま。
だから何時迄もこのままだとは、いくらなんでも浅慮に過ぎる。
落とし穴の上に照明光を反射するものが浮かぶ。
『紫電』は初見だったこともあり、余裕など無く、危ないところだった。
『緋焔』は、身贔屓は否めないかもしれないが、適当.........適切に対処。学習は大事。
そして今度は、
目にしたハストン、
「良しっ!当たりっ!」
口走る。
魔術の光の中に浮かぶのは、反射することで存在が判る透明に近い塊。何気なしに見ても、みるみる大きくなるのが判る。
『氷鏃』の魔術。
輝きを撒き散らしながら次第に大きくなる氷柱。
ハストンは観測機を一瞥。
続けて辺りを素早く見回すと、輸送車の天板から急ぎ降りる。
光を反射、透けて煌めき成長する氷柱の数が増える。
背を貼り付ける様にして、装甲兵員輸送車の陰へ身を潜ませるハストン。
頗る怪しい。如何にも、「不審」と言ってくれ、と云う行動。
右腕を天へ向けて突き上げ、照明光を指差す。
伸ばした腕をそのままに右掌の幾つかの指を二、三度、折り、伸ばし、続けて指を鳴らす。
その場を満月だけが照らす。
それまで在ったものが、突然消失したことで、在った場所へ反射的に見上げる隊員達。
トロウヤも周りと同じく、思わず宙へ目を向ける。
落とし穴の付近に浮かぶ、今は月明かりを受けての煌めきは四つめ。
氷柱を十分な大きさにするには、それなりの時間が必要なのか、『紫電』と『緋焔』に比べて時間の割に数が少ない。
統裁所でも、
現場を映し出している画像の光度がいきなり衰える。
画像を前にしていた人集りからは、
「「「あっ!!」」」
突如の異変に、思わずの声が同時に幾つも挙がる。
画像に映し出されるのは、月明かりに照らされた明と陰に沈む暗の二極の世界。
映像を見ていた『兜と籠手』社のエルムト・ドレトギャンは息を呑んで固まる。
軍需会社『兜と籠手』社と『双剣と盾』社は、軍が導入を予定している軍用ゴレム納入を競う。
その採用試験の最中で起きたのが、今回の『兜と籠手』社側ゴレムの暴走。
問題を起こしているゴレムの設計製造指揮を執ったリーリッサ・ペロロペルアと、試験への立ち会いで見学者の立場で統裁所に居る、『双剣と盾』社側技術責任者のソーリッド・シルタは突然に色を失った映像へ目を凝らす。
二人は照明光が失われたことを直ちに理解。
目にしている映像から原因を探る。
『双剣と盾』社側からの立ち会い人であるブレダ・ガルダルタも驚いたものの、画像の向こうへ手を出せる訳で無しと素早く切り替え、原因の究明をシルタに任せ、推移を見守る。
他に出来ることは無い。と、振り切る。
宙に浮かぶ影は判り易い。
装甲兵員輸送車の影に潜むハストンは、
【網は影を絡み取る。影の明日を棄て、明後日を破却。流れの中から掬い、誂え整え。様は.........】
落とした音量で紡ぐ。
落とし穴の上では、成人でも一抱えもありそうな太さ、成人の身長程に育った氷柱が既に三つ。
加えて、先の三つより一回りほど小さい成長中の四つ目。
四つ目の半分位の大きさで、これも成長途中の五つ目。
更に六つ目が出現。
銃声が響く。
宙に浮かんでいた、成長しきったらしき二つの氷柱が、吊るす糸が切れた様に落下。
一本は抵抗無く地へ刺さり、そびえ立つ。
もう一本は角度が悪かったか、刺さったものの折れて横倒しに。
続いて二度目の銃声。
ハストン達から近い。
浮いている中で、一番大きい一本が落下。
一旦は地へ突き刺さったものの、今度は穴へ向けて倒れ込む。
氷塊が穴へ消えて直後、穴底から重量があるものが衝突する音。
氷柱は『氷鏃』の魔術で生み出されたが、物理的な存在。
氷柱を成長させること、宙に浮かせることは魔術の力が為している。
その魔術を解呪してしまえば、氷柱はこれ以上大きくなることも、宙に浮くこともできなくなる。
全ての氷柱を落とされると困るハストンが、
【.........意に従い、疾く路を進め。行け。走れ。】
呪文を結び、親指の腹を中指の背で弾く。
浮いたままの残りの氷柱の内、一番大きい氷柱が、上空へ吸い上げられた様に勢い良くすっ飛んで行く。
そして、
統裁所で、
現場を映し出している画像の片隅が煌めき、直後、それまでの画像が一瞬乱れたかと思えば、後は何も映さ無くなった。
画像を前にした人集りは身動きを忘れる。
何が起きたか判ら無い。
脳の情報処理が過負荷状態になった影響が身体を縛る。
逸早く復帰したペロロペルアが、観測機の制御区へ向けて、
「観測機は?」
強い口調で訊く。
我を取り戻した観測機担当職員が慌てて確認作業を始める。
返って来たのは、
「...反応...無し。信号途絶。」
幽霊でも見たほうが益しだと云う顔の職員が、信じられ無いものを見たかの様に応える。
シルタが、
「記録を見ることは出来ますか?」
努めて冷静に尋ねる。
職員は、
「でき...いや、それは」
応えかけて、途中で言い淀む。
訝しんだペロロペルアの、
「出来る......」
答を迫る言葉の最初が口から出始めたところで、
ガルダルタが、
「何か問題が?」
被せる様に割って入る。
職員は苦いものを口にした様な表情で、
「技術的には見られますが、許可が無ければ見せられません。」
言葉を選んだ御役所仕事らしさの、模範的回答。
観測機制御担当の職員は軍の関係者。
観測機が得た記録情報は軍の所有物。
軍の機密。
職員個人の独断で決められるものでは無い。すれば責任問題が待っている。
軍隊と云えどやはり国の機関、役所であることに違いは無い。
判断を下せるのは何処へ行った?
直ぐに想い付く顔は「あっち」にいる。
「こんな時に.........」
苛立ちを滲ませ、ペロロペルアが零す。
ガルダルタは周囲を見渡し、
「他に判断を下せる方は?」
問いかける。
返って来る答は無い。
その頃、
決定権を持つ責任者であるトロウヤ大尉は、呆然と立ち尽くしていた。




