二十二、暗中
「……ん……」
小さく呻いて、ときわは目を開けた。
暗い場所だった。
実際、辺りをふわりふわりとただよっている蛍のような明かりがなければ、ときわはここを闇の底だと思っただろう。数回頭を振りながら起き上がったときわは、すぐ横に秘色が倒れているのに気づいた。
「秘色っ、起きてっ」
二、三度揺さぶると、秘色はふっと目を開けた。寝起きの悪いたちなのか、ぼんやりしたまま目をこすっている。ともあれ、ケガは無さそうなので、ときわは秘色を放っておいてきょろきょろ辺りを見回した。
(かきわは? )
一緒に落ちたはずのかきわの姿がなかった。
「かきわ」
闇の奥に呼びかけてみたが返事がなかった。
ときわは少し慌てて、いまだにぼんやりとしている秘色の手を取ってかきわを探しはじめた。
闇の中をただよう無数の光の玉が、頼りなげに足元を照らしてくれる。
「なんなの……ここ」
ようやく意識がはっきりしてきたらしく、おびえた声音で秘色が呟き、ときわの背中にすがるようにくっつく。背中に広がったぬくもりに、耳元で聞こえる少女の息づかいに、ときわは思わずどきりとした。
その時、ときわは闇の向こうにぼんやりと浮かぶ人影をみつけた。
「かきわ」
かきわは地面に膝をついて、うつろな目で自分の周りをただよう光をみつめていた。
ときわ達が近寄ると、かきわは光をみつめたままぽつりと呟いた。
「この光を追ってきたんだ。俺は……」
言われて、ときわもはっとした。この闇の中をただよう蛍のような光——それはあの遠野の森で、ときわを誘った光によく似ていた。
いろんなことがありすぎたせいか、あの夜のことがずいぶん昔のことのように思える。あの時、あの光を追って森に入らなければ、こんな世界に来ることもなかったのだ。
——人魂か、狐火かもな。
そう言った広隆の顔が思い出された。なんだかしみじみと懐かしく、胸の奥がじんわり熱くなった。
かきわも、同じ想いに打たれているのだろうか。ときわはそう思った。
だが、元の世界や家族のことを思い出しているにしては、かきわの目はひどくうつろで、その中に怒りとも悲しみともつかぬ感情が見てとれた。
「帰れるといいね」
しんとした空間に、秘色の声が溶け込んだ。
ときわは素直に頷いた。だが、かきわは拳をぎゅっと握り締め、何かを睨みつけるような表情をした。その目は闇でも光の玉でもなく、何かもっと別のものを見ているように、ときわには感じられた。
「何はともあれ、まずは出口を探さなきゃ」
言って秘色は闇を見上げた。
「あたし達が上から落ちて来たってことは、ここはあの山の地下なのかしら」
ときわも上を見上げたが、漆黒の闇が広がっているばかりで、自分達がどれほどの高さから落ちてきたのかも見当もつかなかった。
「でも、落ちて来たわりにはどこにも怪我していないよね」
三人共、どこにもかすり傷一つなかった。
秘色は辺りを見回し、不安気に顔を曇らせた。不安なのはときわも同じだった。蛍のようなおぼろげな光がいくつもただよってはいるが、四方八方闇に囲まれたこんな場所で出口なんてみつけられるのだろうか。出口なんて、あるのだろうか。
「とにかく、みんな一緒に行動したほうがいいわね。こんなところではぐれたら大変よ」
ときわはこっくり頷いた。
「かきわも、勝手にどっかに行っちゃだめよ」
秘色が言うと、それまであらぬ方をみつめていたかきわが、怪訝な顔をして振り返った。
「何言ってやがる。勝手にどっかに行ったのはときわの方じゃねえか」
「僕? 」
ときわは目を丸くした。
「僕はずっと気絶していて、気が付いてから秘色と一緒にかきわを探しに来たんだよ」
「そうよ。ときわはあたしと一緒にいたわよ」
かきわはそんな馬鹿なという表情をして立ち上がった。
「だって、俺が目覚めた時に、ときわが走ってどこかにいくのが見えたから、慌てて後を追いかけたんだ。でも、見失って……」
ときわと秘色は顔を見合わせた。そんなはずはないと、お互いの目が語っている。
「気のせいだったんじゃない? 」
秘色の言葉にかきわは語気を荒くした。
「そんなはずねえよっ。後ろ姿だったけどちゃんと見たんだっ。白いTシャツを着た背の低い男っ。ちゃんと白い刀も持ってたよっ」
背の低いというところに少々むっときたが、事実には違いないので黙っておくことにした。
しかし、かきわには悪いがそれはやはり夢でも見たのだろうとときわは思った。だって、こんな訳のわからない世界を一人で走りまわる度胸はときわにはない。
「まあ、なんにせよ今はこうして三人一緒にいるんだからそれでいいじゃない。それよりも、外に出る方法を考えましょうよ」
秘色がいつも通り前向きなことを言う。
「それもそうだな」
かきわまでそう言って辺りの様子を探り始めた。
(そんな簡単に)
ときわとしては、そんなにあっさり片付けていいのか複雑な気分だったが、確かに話し合ってどうにかなる問題でもなさそうだった。
「俺も気にはなるけどよ」
ときわの心を見透かしたようにかきわが口を開いた。
「この世界で起こる怪奇現象にいちいち驚いてたら、身が持たねえよ」




