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二十一、帰れない



「あれ」


 前を歩いていた秘色が足を止めた。


「どうしたの」


 追いついたときわは彼女の肩越しに前を見た。


「あれ、あの娘達……」


 そこにうずくまっていたのは、色あざやかな衣をまとった三人の乙女——先程、岩から変貌を遂げた彼女達だった。


「どうかしたの。あなた達」


 乙女達は袖で顔を覆ってさめざめと泣いている。秘色が声をかけても顔を上げなかった。


「帰りたいのです」


 乙女達は三人同時にそう言った。


「帰りたいって……さっきの草原に? 」

「帰ればいいじゃねえかよ」


 かきわの口調はぶっきらぼうだ。


「帰れないのです」


 また三人同時に乙女達が答えた。


「帰れないって、どうして」


 乙女達はそれには答えず、中の一人がそっと白い手をのばし、かきわの腕をつかもうとした。

 その時、ふと、ときわの脳裏によみがえったものがあった。

 それは、幼い頃、兄から聞かされた昔話。


「山の中にはな、いろんな化け物がいるんだぞ。ある男が山の中で美しい娘に出会うんだ。こんな山の中に娘がいるなんて、と不審に思った男が声をかけると、娘は非常に困った様子で、足を痛めて難儀しております。どうか村まで送って下さらないでしょうか。と言う。人のいい男が娘をおぶって山を下りようとすると、どうしたことか、娘が急にずしん、と重くなった。見ると娘の姿が大きな岩に変わっていて、それがどんどん重くなり、ついに男はつぶれて死んでしまった」


 この話を聞いた後、ときわは道端に立っている女の人を見るたびに泣いてしまっていた記憶がある。

 ときわは思わずかきわの腕をぐいっと引っ張った。


「ときわ? 」


 その時だった。かきわの体ががくん、と斜めに傾いだ。


「うわっ、なんだっ」


 かきわの右腕に、一人の乙女がすがりついていた。その目が恐ろしげにぎらぎらと光っている。


「放せっ」


 かきわは慌ててその手を振りほどいた。よろめいた乙女が尻もちをついた。ズシン、と重たい音をたてて、彼女の半身が地面にのめり込んだ。かきわは顔を青くして右腕を押さえた。


「逃げよう」


 ときわはかきわと秘色の袖を引っ張って身を翻した。

 三人は横一列になって山道を駆け下りた。後ろから野太い声とズシン、ズシンという轟音が追いかけてくる。  

 後ろを振り向いたときわは、今はもう髪を振り乱して鬼のごとき形相で走って来る乙女達を見た。

 あれは岩の化け物なのか。それとも、岩のふりをして獲物を待っている化け物なのか。

 ときわはそんなことを考えた。


「なんなんだよ、あいつらっ」


 走りながらかきわが叫んだ。

 乙女達はその重量のせいで、走る速度はさほどでもなく、どんどんときわ達に離されていくのだが、全くあきらめる気配がなくしつこく追いすがってくる。


「もうっ……しつこいわねっ」


 息を切らして秘色がそう言った。

 その途端——


 がくんっ


 地についたはずの足が沈んだ。いや——地を踏んだ感触がなかった。

 ちょうど三人が走っていた真下の地面が、ぽっかりと丸く口を開けたのだ。


「うわああっ」


 どうすることも出来ずに、三人は突然出現した巨大な穴に吸い込まれていった。

 落ちていく一瞬、ときわは確かに穴の口が元通りに閉じるのを目にした。





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