二十、不思議
予想に反して、その後の旅は順調に進んだ。
何事もなく森を抜けた三人は、次の林に足を踏み入れた。
この林というのは、とても美しい場所だった。
ときわをまず驚かせたのは、立ち並ぶ木々が全てガラスで出来ていることだった。木の形をしたガラスは青く透き通っていて、日の光を吸い込んでまばゆく輝いた。風に揺れてしゃらしゃら鳴る葉っぱも耳に涼やかだ。
「すごいや。全部ガラスで出来てる」
ときわは簡単の声をあげた。
「ねえ秘色。すごくきれいだね」
すっかりはしゃいで声をかけたときわだったが、秘色はとんでもないというように首を振った。
「あたしは、嫌だわ。こんな林不気味よ」
「どうして」
こんなきれいなのに。と、ときわは驚いた。だが、秘色はさも嫌そうに眉をひそめ、ぶるぶるっと身ぶるいした。
「あたたかくないもの」
「え?」
「こんなに寒々しい場所に長居したくないわ。早く出ましょう」
寒々しい。確かに、言われてみればここには“あたたかみ”というものがないかもしれない。
「生きてないからだ」
かきわが言った。
「動物もいないし、木も造り物だ。だから、何かの息づかいとか、そういうぬくもりがないんだ」
それを聞いてときわもなるほどと思った。きれいではあっても、ここは生命が生きていけない場所なのだ。
一陣の風が吹いた。頭上の葉が風に揺れてきらびやかな音をたてた。
しゃらしゃら さりさり ちゃらんちゃらん
にわかに賑やかになった林の中は、どこまでも美しかった。しかし、その美しさゆえにこの林は、生きるものの存在を拒み続けているのだった。
早々に林から抜け出して、三人は小さな山に登った。険しい山ではなかったが、ひ弱なときわには充分しんどかった。泣きごとの一つも言いたかったが、前を行く二人がずんずん先に進んでしまうので、ときわも必死に足を動かした。
ふーっと大きく息を吐いて顔を上げたときわは、並んで歩く秘色とかきわの背中を見て、ふと、どこかでこんな光景を見たことがあるような気がした。
しばらく行くと、急に斜面がなだらかになった。密集していた木々も途切れ、人の背丈程もある大岩が三つ、ごろんと転がるちょっとした草原に出た。
「少し休みましょうか」
額の汗をぬぐいながら秘色が言い、ときわは心の中で賛成と叫んだ。
ところが、彼らが草原に足を踏み入れた途端、目の前の大岩が突如として変形をはじめた。
三つあった岩は見る間に三人の乙女に変わり、あっけに取られるときわ達の前からさーっと逃げ去った。
「なんだ、今の」
「驚いたわ」
茫然とした口調でかきわが呟き、秘色も相槌を打った。
「でも、今の娘達もあんた達と同じよね。岩から人間になったんだから」
ときわとかきわは同時に難しい顔をした。この世界では自分たちは岩なのだと聞いてはいたが、実際に岩が人に変わる現場を見て素直に僕らと同じだ。とは思えない。二人は微妙な表情で顔を見合わせた。
「とりあえず座りましょうよ」
秘色は草の上に腰を下ろした。ときわも秘色の横に座り、かきわは少し離れたところに腰を下ろした。ときわは持っていた刀を下ろしてほっとした。ずっと持ち歩いているせいで腕がだるい。最初のうちは、時々秘色が代わって持っていてくれたのだが、なんだかそれは男としてあまりに情けないような気がして、今ではときわのほうで断っている。隣に同じく刀を持ちながら平気な顔をしているかきわがいればなおさらだ。
「そろそろどこか野宿できる場所をみつけなくちゃね。なにせ昨夜は寝ていないからね」
秘色が空を見上げながら言った。そう言われればそうだ。しかし、歩きまわっているせいか、疲れてはいるがあまり眠気は感じなかった。
「そういや、昨日から何も食ってねえのに、全然腹がすかねえな」
かきわが不思議そうに呟いた。
(そういえば)
飲まず食わずで歩き通しだというのに、全くひもじい感じがしない。
「なんでだろ」
「あら、そんなの当たり前じゃない」
さも当然というように秘色が言った。
「あんた達は岩なんだから、お腹なんてすく訳がないでしょう」
「そうは言うけどな。俺達からしてみれば、前の世界にいた時とこの世界とで、体にはなんの変化もないんだ。それなのに前は人間で今は岩だなんてよ。そう簡単に受け入れられねえぜ」
かきわの言葉にときわも深く頷いた。
「それはそうだろうけど」
秘色はぽりぽり頭をかいた。
「まあ、僕らは岩だからってのはいいとして、秘色はなんで平気なの」
「そりゃ、あたしは巫女だもの」
秘色はいつもの台詞を言う。
「理由になってないと思うけど……」
「まあ、食わなくていいならそれにこしたことねえや」
かきわがあっけらかんと言い放った。




