十二、道
長の館を後にして、ときわと秘色の二人は南へ向かって一本道を進んでいた。
秘色はいたってごきげんで、鼻歌混じりにかろやかに先を進んでいるが、反対にときわの心は重く沈んでいた。足取りも重い。いきなりわけのわからない世界に叩き込まれた挙句、厄介な仕事を押し付けられて。
ときわは右手に持った刀をぎゅっと握った。
『奇態な連中がちょっかいをかけてくる』
どんな連中が何をしてくるのか、見当もつかないが、刀なんかが役に立つような状況に陥るようなことは絶対に避けたい。
「ねぇ、ときわ。なんでそんなに元気がないの?楽しく行こうよ」
秘色ののんきな口調に、ときわはいらいらした。
「僕は楽しめる気分じゃないんだよ。はっきり言って、これから先どうしたらいいか見当もつかないしね」
「ぐえるげるに会いにいくのよ」
「わかってるよ。ぐえるげるに会って、それから“トハノスメラミコト”を探すんだろ。僕にはみつけられないと思うけどね」
いつになく投げやりな調子で吐き捨てて、ときわはずかずかと道を進んだ。後ろで秘色がため息をついた。
「だめねぇ。そんなんじゃあかきわに勝てないわよ」
「そうだね。勝てるわけないよ。僕は弱いんだから……」
言いかけて、ときわはふと口をつぐんだ。
「どうしたの、ときわ」
「秘色。そのかきわって人も、僕と同じように別の世界からここにやってきたんだよね」
秘色は目を丸くした。
「そうだと思うけれど」
ときわは暗闇に一筋の光明をみつけたような気分になった。
「そのかきわって人も、きっと僕と同じ世界から来たんだ。その人も元の世界に戻る方法を探してるはずだよ。僕、その人を探して一緒に元の世界に戻る方法を探そう」
少し元気が出て来て、ときわは顔を上げた。
だが、喜びいさむときわの横で、秘色がぼそっと呟いた。
「そううまくいかないと思うけど」
「どういうこと? 」
さすがに聞き捨てがたく、ときわは秘色に尋ねた。
「だってね。かきわは敵なのよ。霧の里の者だもの。仲良くは出来ないわよ」
秘色は口を尖らせてそう言った。確かに、秘色から見れば霧の里の者であるかきわは敵以外の何者でもないだろう。
「だけど、僕らにとっては……」
その時、ふっと、日が陰った。
(何だ? )
ときわが空を振り仰ぐのと、秘色が彼を突き飛ばしたのはほとんど同時だった。
ときわは勢いよく地面に倒れ込んだ。
「なにするんだよっ」
文句を言って起き上がったときわは、今まで自分が立っていた地面を見て絶句した。
大きな正方形の、シーツみたいに真っ白で薄っぺらな布が、地面に覆い被さっていた。
「これは……」
その途端、布がふわりっと浮き上がったかと思うと、まるで意思があるかのように、ときわと秘色に向かってきた。
「うわっ」
驚いて目を見開いたときわの腕をぐいっと引っ張って、秘色は一目散に駆け出した。だが、布は空中をすごい速さで舞って追いかけてくる。走って、走って、やっとのことで二人は小さな杉林に逃げ込んだ。
杉の枝葉が邪魔になって、布は追いかけてこれないようだった。しばらく空中を漂っていたが、やがてふいっと消えてしまった。
「なんだったんだろ。今の……」
はあはあと肩で息をしながら、秘色が誰にともなく呟いた。今のがよほど怖かったらしく、あの能天気な彼女が涙ぐんでいる。
「あたし、里から出たことなんてなかったから、あんなのがいるなんて知らなかった」
「僕、見たのは初めてだけど、聞いたことはあるなぁ……」
ときわもぜえぜえ荒い呼吸をして、どきどき脈打つ胸を押さえた。
「昔話であったよ。布きれみたいな化け物で、道を歩いている人に覆い被さってきて……窒息させちゃうってやつ」
自分で言って、ときわはぞっとした。秘色もざあっと青ざめた。
「奇態な連中っていうのは、本当に奇態だね……」
汗をぬぐって言うときわに、秘色はこっくりとうなずいた。
しばらく休んだ後、二人は再び歩き出した。杉林を抜けるとずっと下り坂が続いていて、坂を下りきると今度はただっ広い草原に出た。少し向こうに小川が流れていて、秘色はたたたっとそちらに駆け寄った。
「わあ、ここ、きれいねえ」
秘色が辺りを見回して言った。
ときわも水辺にかがみ込んだ。両手を水にひたしてみると、ひんやりと冷たくて、手のひらにぶつかる流れがなんとも心地いい。
「そうかな。ただの草原じゃないか。長の館の花畑のほうが色とりどりできれいだったよ」
ときわは何気なくそう言ったのだが、秘色は激しくかぶりを振って反論した。
「あんな花畑より、ここのほうがきれいよ。一面緑一色で」
そんなもんかな。と、ときわは思ったが、どちらが好きかは人それぞれだろうと思い直し、黙っておくことにした。
ひゅうと風が吹いて、草原がさららっとさざ波のように揺れた。
「あれ、あそこに子供がいる」
秘色がそう言って向こうの土手を指差した。ときわが目を向けると、なるほど、土手のてっぺんに赤いちゃんちゃんこを着た子供がちょこんと座ってこちらを見ている。おかっぱ頭のかわいい子だけれど、男なのか女なのかいまいちはっきりわからない、不思議な印象の子供だった。
「ねえ。そんなところで何してるの」
秘色が尋ねると、子供はすっと右手を上げ、まっすぐときわを指差した。
「その男子。異界の者であろう」
変に低い、けれども妙に澄んだ、子供らしからぬ声と口調でその子は言った。
「この度のときわとかきわは根が同じじゃな」
「君、かきわにあったの? 」
ときわが大声で尋ねると、子供はこっくりと頷いた。
「近いうちに出会うであろう。同じ道を歩めるかはわからぬが」
それだけ言うと、子供の姿はすうっと消えてしまった。
(同じ道を歩めるかはわからない? )
同じ道とはどんな道なのだろう。考えてみたがわからなかった。




