67頁目 国王代理と入国許可
前回のあらすじ。
複数のモンスターとの遭遇戦。
次回の投稿は明後日の予定です。
幼女は強い。古事記にも書かれています。
明らかにフレンシアよりも強い気がしますが、さてどう調整しましょうか。悩みどころです。
時間は明け方近く。途中まではアネモネの案内の元で来た道を戻り、私達とギンゼルさんが出会った地点に到着した所で、案内をギンゼルさんに切り替えた。それから二刻程、何度か迷い掛けながらも、何とかライヒ王国王都スクジャの城門近くまで辿り着くことが出来ていた。
アネモネはすっかり深夜の戦闘で気分が良くなったのか、ルンルン気分で歩いているが、あの自然破壊を今後はしないように注意しておいた。聞き入れてもらえるかは……このテンションの高さを見ると難しそうである。
「期限は朝までとのことですが、見たところ城門は閉じられていますね? どうされるのですか?」
「あぁ、決まった回数を決まった速さで叩くんだ。元々この門は開かれない。だが、町から不用意に侵入する人が来ないように常に兵士が門の前に二人。そして城門周辺を複数人で巡回している。だから、誰かが気付くはずだ」
「いい加減なのですね」
「まぁ元より戻ってくることがないからな。何も素材を得ることなく戻ってきたら処刑確定だし」
「それはまた物騒ですね」
確かに、城門前とはいえここはダンビの森の中、大声で呼ぼうものならたちまちに周りに潜んでいる野生生物に襲われかねない。
私達は少し離れた位置で、そのギンゼルさんが門の横にある扉を叩く様子を視界に納めつつ、高くそびえ立った城門を見上げる。早朝だからか、それとも元々なのかは分からないが、城壁の上を兵士が巡回している様子はみられない。もしこれが常態化しているのであれば、万が一に森から襲撃があった時に誰が真っ先に対処するのだろうと疑問に思う。
「まさか、おい、ギンゼルが戻ってきたぞ!」
扉は開けられ、中から兵士が驚いた表情で覗き込んできた。ギンゼルさんは指定の素材、リュシオリスの蜜の入った瓶を渡して検分を求めた。
「これを」
「まさか本当に? いや、分かった。ちゃんと正しい素材か見させてもらう」
それなりの地位の兵士なのだろうか。先程から話している内容が、ちょっと、何だか少し偉そう。まぁ悪い感じはしないし、犯罪者であるギンゼルさん相手でもちゃんと接しているので、悪い人ではないのかもしれない。
彼等からは離れた位置で様子を見守っていたが、自慢の聴力のおかげで話は筒抜けだ。
すると、兵士が入門の許可を出した。この時点でギンゼルさんの罪は帳消しとなった。その時に、彼は後ろにいる私達を指差して事情を説明し始めた。そこで初めて私達の存在に気付いたのか、ギンゼルさんが現れた時以上に酷く驚いた顔をしていた。
「あぁ、そうだ。何でも山脈を越えてエメリナから来たそうだ」
「ウェル山脈を越えたというのか、あの二人だけで」
「そうらしい。どうやらエルフ族らしいから、山脈に暮らすという噂のエルフ族じゃないかと思うんだが」
「うーん、これは少しワシの手に余るな。すまんが、上に確認を取るから少し待っていてくれ。あ、勿論門の内側だ。ただし、決定が下されるまでは決して町中に入ることは許さないぞ。これは異例過ぎる」
「分かっている。中に入れてもらえるだけでも大助かりだ」
「じゃあ入ってくれ」
「おう」
話はまとまったのか、ギンゼルさんが笑顔で手招きしてくれた。全部聞こえていたのだが、今言う必要はないだろう。
頻繁に交流のあるジスト王国でも、エルフ族の存在を知っている者はそう多くはない。耳さえ隠せばエルフだとバレにくいので(文字を書かせればバレることが多いが)、フードを被って耳を隠す人も中にはいる。
つまり、エルフ族とほとんど交流のないと予想されるライヒ王国、少なくともここ王都スクジャでは、エルフの外見以外の特徴や特性を知っている人は少ないと思われる。
何はともあれ、町へ入ることを許された私達は扉を潜って城壁の内側へ移動した。
「人がいっぱいいますわ」
「そうだね」
「建物もいっぱいですわ」
「アネモネは町を見るのは初めて?」
魔剣ノトスの頃から意識はあったと言っていたが、町中で剣を抜く機会などなかった。よって、ずっと鞘に入れられていたのだが、そのような状態でも外の景色を見ることが出来ていたのだろうか。その疑問を口にすると、アネモネは「ちゃんと見えていましたわ」と答えた。え、どうやって?
「えぇと、何となく……ですの? うーん、上手に話すことが出来ませんわ」
「大丈夫だよ。ありがとうね」
門にもたれ掛かって親子の会話を楽しむ。ギンゼルさんは疲れ果てたのか、座り込んでうつらうつらとしている。
時折、近くを通る人が私達の姿を見て、視線を外したと思ったらすかさず二度見してきてギョッとした様子なのが少し可笑しかった。失礼にあたるので笑わないが。
やはりエルフ族は見慣れていないと、初見時は驚かれてしまう存在らしい。私はこの反応にはもう慣れたし、アネモネはそもそも気にすらしていない。
それから大分時間が過ぎた。一刻程経っただろうか。上に確認するにしては長いなと思いつつ、背負い袋から木の実や植物の種を取り出して朝食にする。アネモネにも渡すと、喜んで両手で持って食べ始めた。
「ギンゼルさんもどうです?」
「あぁ、すまない。ありがとう。って、エルフ族の食事はこうも質素なのか?」
「まぁ旅の中の食事ですからね。定住地とかでしたら、ここに野草や趣味で園芸をしている同族から分けてもらった野菜や果物、偶に森の野生生物を狩るのでその肉とかですかね」
「俺ではちょっとその生活は無理だな」
「まぁエルフ族は元々小食ですからね。この程度でも十分です」
「へぇそうなのか」
そうやって雑談をしていると、先程の偉そうな兵士が、何やら馬車と十数名の兵士を引き連れて戻ってきた。何やら面倒くさい流れだなと思うも、諦めて流れに身を任せることにする。隣のギンゼルさんも突然のことに唖然としたのか、口が開きっぱなしである。
集団は私達の目の前で停止し、ゾロゾロとウマから兵士が下りてくる。そして最後に豪華に装飾された馬車の扉が開かれて、中からこれまた煌びやかな格好をした若い男性が下りてきた。
周囲を兵士が警戒する中、堂々とした面持ちでこちらへ歩いてきて、私の目の前で立ち止まった。その顔から表情は読めないが、怒りか敵意か、少なくとも良い感情は持っていないだろうと想像出来る。
隣に立つギンゼルさんは、硬直しているのに震えるという器用な動揺の仕方をしている。私は既に過去、一国の女王様に謁見した経験があることから、ある程度精神的に余裕がある。
目の前に立った男性は、視線の鋭さはそのままに口を開いた。
「カウラージ・オム・ライヒだ。この町の統括者であり、このライヒ王国の国王代理の職に就いている」
予想通りだが、まさか本当に国王が自らやって来るとは。呆れてしまうが、表情に出さない。
返しとして、片膝を地面に着けて頭を下げるジスト式の礼をする。
「まさか国王ご本人が現れますとは。紹介が遅れました。私はフレンシア。こちらは娘のアネモネと申します」
「代理だ。しかしエメリナから来たと聞いていたが、その礼は……確かジストだな? ジスト出身か?」
「はい。ジストで生まれ育ち、世界を旅するべくエメリナにも訪れました。えぇと、国王代理もジストを訪れたことがおありで?」
「いや、某はないが、国王……いや、父がな」
頭を下げたまま質問に答えていく。
しかし一人称、某なのか。実際のライヒ語にすると別の言語であることは理解しているが、私の耳に入り、変換される言葉はそれなので、そんな感じの堅苦しい一人称なのだろう。
隣をちらりと見ると、アネモネも私と同じように片膝を着く格好をしていた。
アネモネには私達の会話は分からないはずだが、とりあえず私の真似をして同じように姿勢を低くしているのだろう。意味が分かっているかは分からないが、とりあえず失礼がないようで良かった。ギンゼルさんも慌てたように土下座のような姿勢を取っている。それがこちらの国の礼の仕方だろうか。
しばらく世間話をした後に「さて、本題だが」と国王代理が切り出した。
それを聞き「ゴクリ」と喉が鳴ったのは私とギンゼルさんのどちらだろうか。それとも両方か。世間話のおかげで元々あまりなかった緊張も更に解れていたのだが、流石代理とはいえ国王を十数年勤め上げてきただけのことはある。その若いながらも堂に入った威圧に、思わず身体が強張ってしまう。
「そんなに緊張しなくとも良い。先程の会話で、お主が嘘を吐いていないことは分かった。しかし、何故罪人を助けるような行いをした?」
「えぇと、彼の命を惜しんだという訳ではありません。それに会ったばかりですし、その罪に関しても異国人の私が口を挟むことはございません。あくまでこの町にすんなり入れる手段が欲しかった。ただそれだけです」
「ほう?」
「彼の話を聞くに、森側から扉を開けてもらう為には適切な手段で扉を叩く必要があるとか。私はそういったことを知りませんでしたので、もし私と娘の二人だけでしたら仮に門まで辿り着けたとしても中に入れなかった可能性が高いです。怪しいですからね。いきなり山脈を越えてこのダンビの森でしたか、それを突破して町に入れて下さいと言われて素直に入れる方が、町の国の防衛を担う彼等にとって問題となってしまいます」
「その為にその男を利用したと?」
「出会ったのは本当に偶然です。しかし、町のことをよく知る彼の協力があれば、町に入れる可能性が高くなることを考慮すれば、多少問題はあるでしょうが、その贖罪に付き合うくらいはします。私達の利の為に」
「なるほど」
一通り話を聞いた国王代理は、考え込むような仕草をしているように思う。ずっと頭を下げたままでの対話なので、どのような表情をしているのかなどは分からない。チラリと左隣を見ると相変わらず平身低頭の姿勢を取っているギンゼルさんの姿があった。
あの土下座の姿勢、本当に謝罪の意味の姿勢なのかもしれない。何故なら、今にも頭を地面にこすりつけそうな程に頭を低くしているからだ。何せ、無罪になる為には素材を採取する必要があったとはいえ、協力者を得てクリアすることが果たして正しいかどうかは分からない。
「うーむ、試練を突破すれば無罪とは禁酒禁煙法を施行した際に記載されていたことであったが、そこに外部協力者がいてはならないとは定められていなかった。何せ前例もなければ、誰が町側からではなく山脈側から侵入してくると予想出来ようか」
そこで言葉を句切り「ふぅ」と息を吐いた。
「今回のことは不問とする。ギンゼルと言ったか、お主は規定通りに無罪とする。しかし、また法に抵触するような行為を行ってみろ。処刑は免れぬことを心しておけ」
「は、はい! 誠に申し訳ありませんでした! ご温情に感謝致します!」
地面すれすれにあった頭をとうとうこすりつけてしまった。自身の命の天秤がどちらに傾くかの瀬戸際だったのだから、一先ず許しが出て一安心からの謝罪と感謝を表しているのだろう。
「うむ。で、フレンシアと言ったか。お主はまだ何か要求があるのではないか?」
「……え?」
「某の目は誤魔化されんぞ。其奴を助けた理由は他にもあるのではないか?」
「はい。失礼ながら申し上げます。その前に一つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「何か、文字が書かれた物。何でも良いのです。それを貸していただきたいのです」
「何に使う?」
「いえ、ただ、読むだけです。読めれば……ですが」
「ふむ? おい」
「はっ」
要領を得ない様子であったが、国王代理は後ろの兵士に声を掛けると、直ぐさま盾を持って前に出て来た。どうやら、盾に文字が刻まれているらしい。果たして……
「ありがとうございました」
「何かあったのか?」
「はい、確信したとも言えますが……私は言語魔法が使えます。現にギンゼルさんや国王代理とこうして互いの齟齬もなく話が成立している辺り、問題なく発動していると考えて良いと思います。しかし、私の言語魔法は不十分のようでして、文字を読むことが出来ません」
「真か?」
「恐らくは。ジストにいた頃も、話は出来ても文字の読み書きは出来ませんでしたので、きっとそうなのでしょう。元々エルフ族は文字の読み書きが出来ない種族として有名です。確証はありませんが、恐らくそれが関係しているのかと」
ほとんど全てが出任せ、嘘である。しかし仮に転生特典で会話は問題なく行えるのですなどと言って、信じてもらえる方があり得ない。それに、このでっち上げの方がよりそれっぽいと思われる。
「話は分かった。そして、お主の要求もおおよそだが見えてきた。しかし、お主の口から直接聞きたい」
「はい。彼を、そこのギンゼルさんを私達専属の通訳として同行を許可していただきたいのです。少なくともこの国にいる間はですが」
「分かった。その要求を呑もう。ギンゼル。話の通りだ。お主に拒否権はない。全てこの者の言う通りにせよ」
「はっ!」
「ではな。フレンシア、そしてその子、アネモネだったか。ようこそライヒ王国、そしてその王都スクジャへ。某はお主らの来訪を歓迎するぞ。大いに楽しんでくれたまえ」
そう言って踵を返した国王代理は再び馬車へと乗り込み、颯爽と去って行った。姿が見えなくなるまでずっと礼の姿勢を取り続けていた私達は、ようやく姿勢を崩した。
「疲れましたわ……」
第一声はアネモネだった。それに私も同意し、ギンゼルさんに向き直る。
「ということですから、よろしくお願いしますね?」
「お、おう。よ、よろしく」
こうして、この国にいる間の文字の読み書き専門の通訳を手に入れたのであった。
ウェル山脈に関する記録をまとめたいが、まだ公にするには早い情報も含まれている。ここは慎重に事を進める必要がありそうだ。
フレンシアの手記より抜粋




