33頁目 祭の準備と飾り付け:後編
前回のあらすじ。
祭りの演奏会に参加することになったので練習。
後編になります。次回は明後日投稿予定です。
前回にちらりと、この世界では認知症はないとありましたが、ないこともないです。
認知症とは、脳の収縮や酸素などの栄養の不足、細胞の死ぬことによって脳が本来の機能を果たせなくなるもので、主に記憶障害などが起こります。
本編では、アルツハイマーやパーキンソンなどの疾患を例に挙げて、これらが原因で発症することはない世界であると明言しています。
しかし、認知症になる道筋は必ずしも一つや二つではありません。
薬物による副作用であったり、有毒物質による中毒であったり、感染症や栄養失調によって引き起こる場合があります。
現代であれば生活習慣病から連動しての脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの脳卒中が原因で起こる血管性認知症がありますが、異世界ではまだ生活習慣病に至るまでの生活水準が整っていません。まぁ貴族などでは贅沢病という名で存在していると思いますが、一般庶民には関係ないです。
一般庶民にあり得るのは、外傷による脳細胞が直接傷付けられるか、もしくは血管が傷付けられて頭蓋骨と脳の間に血液が溜まる慢性硬膜下血腫などですね。
ただ、こちらは外傷によるものですので、外傷であれば回復魔法や魔法薬によって治療が出来ます。
ということで、全部が全部カバー出来るという訳にはいかないですが、少なくともこの時代のこの世界には認知症はありません。
あるのは、体内の魔力バランスが崩れることによって引き起こる魔力障害、認識病となります。
贅沢病? まぁこれも生活習慣の悪化によって魔力循環不全に陥って魔力障害ということにしておきましょう。もう色々と面倒ですので(笑)
ちなみに、認識病の症状の度合いを私達の世界の認知症に置き換えると、日常生活自立度は悪くてもⅢaかⅢb以下です。ⅣやMにまで進行することは多分ないです。ないということにします。
要介護度で言えば、平均すると要介護2~3。要介護4はほぼない。要介護5は皆無ということにしておきます。
本編では、直接そういった症状を発症した人物を登場させる予定はありませんので、ほぼ不要な設定です。
長々と失礼しました。それでは本編どうぞ↓
高齢者施設で芸術祭の出し物として演奏会の練習を行っていた私は、練習後の空き時間を使って馴染みの店へと向かっていた。
「もう騒いでいるし」
明日からいよいよ芸術祭期間。町中を歩くとあちらこちらで特設会場などが急ピッチで進められていたり、商店などでは様々な飾り付けが行われていたりしていた。中には前日祭だからと、まだ夕方前にも関わらず酒飲みに興じる集団も見られる。
「今日はまだ木曜日なんだから、働かないと……」
本来祭りの本番は来週の祈曜日な訳で、明日から始まるのはただの準備期間兼騒ぎたい人だけ騒ぐだけの期間なので、前日祭も何もないのだが……
私は彼らを横目に、すっかり常連となったフィアの素材屋へと足を運ぶ。
大通りから外れているものの、この辺りも飾り付けに勤しんでいるなど賑やかな様子だ。それは目の前の素材屋ローゾフィアも同じようで、店頭にはクリスマスを彷彿とさせるような、植物を用いた謎の装飾がなされいる。うん、とりあえず中に入ろう。
「こんにちは。フィアいる?」
「お、シア! いらっしゃい。どうかなこの飾り」
「えぇと……その、うん、悪くないんじゃないかな?」
「えーそれどういう反応ー?」
私以外で、エルフらしくないエルフであるフィアだが、元々は閉ざされた種族である。つまり、そのセンスもなかなか独特で、山のエルフだからか、飾りなのか売り物なのかそれとも廃棄物なのか分からない石ころがゴロゴロと転がっていたり、魔法薬の素材にもなる乾燥したゲンボス樹の枝が、何故か大量に天井から吊されていたりと結構カオスである。
まぁゲンボス樹は一つの木に四色の花を咲かせ、その色の組み合わせは一本一本違う。乾燥させて長期保存が出来るように加工されていたとしても、花はそのまま残り続ける。というか花を残す為に乾燥させるのだ。
ゲンボス樹の枝に残った花が魔法薬の素材となるのだが、その為には枝を適切な手段で乾燥させる必要がある。枝から余分な水分と栄養を抜きつつ、必要な分を花に回して養分の行き来する道を特殊な工程で遮断することで十分に栄養の詰まった花となり、良質な、それこそ上級魔法薬も作れるような素材となる。
そういう手順があるということの知識はあるが、実際にどのように行うのかは知らない。本職の素材屋でなければ、得られない知識と経験によるものだろう。
もちろん、普通に乾燥させてもその見た目はほとんど変わらないので、見た目のキレイさはそのままである。そう、見た目はキレイなのだ。
ゲンボス樹の枝が適切に加工されているかどうかを確かめるのは簡単だ。匂いを嗅げば良い。そして、普通に乾燥させた枝は香油のような甘い香りがするのだが、適切な処理を施した枝は、何故か刺激臭がする。
ここまで言えば分かるだろう。フィアは素材屋として優秀で、時折自身で素材を仕入れに出掛けてその目利きから加工技術に至るまで、中級から上級の素材を扱うだけあって一級品だ。
そんな彼女が加工したであろうゲンボス樹の枝が、大量に天井から吊されているのだ。正直言って、見た目はともかく匂いが非常にキツい。獣人のお客とかは裸足で逃げ出すだろう。
フィアがこの匂いに無事な理由はある程度予想出来る。仕入れから加工まで一手に行ってきたのだ。最初から臭い訳でもいきなり臭くなる訳でもなく、徐々に匂いが変わっていくらしいので鼻が麻痺している状態であると思われる。いや、彼女のことだ。そうでなかったとしても平気な顔して過ごしていそうだ。
「何かすごく失礼なことを考えていないかな?」
「いえ、その、すごく臭いですよ」
「あーやっぱり? でもせっかくキレイなんだから倉庫に眠らせるのも勿体ないと思ってね」
「自覚あったんだ……」
一、二本ならともかく、これだけ大量に吊すのは本当にバイオテロである。
「これじゃあ、お客さん来ないんじゃないの?」
「え、そうなの? これだけ良質な素材がいっぱいあったら、むしろ沢山の人が来るんじゃないの?」
「いえ、間違いなくこの匂いで客足は遠のくかと思うのだけど」
「うーん、そうか……じゃあ減らす」
「一本か二本なら大丈夫なので、残して……消臭用の炭はある?」
「倉庫に」
「それを店内に置いて、急場しのぎしようか。で、この石は何?」
「あぁそれ? 暗黒曜石よ」
「素材?」
「えぇ、そうよ。まぁ魔法薬用じゃなくて武器の加工用だけど」
これも飾りじゃなくて売り物だったのか。売り物なら何で床にあるのだろう。というか黒曜石は知っているが、暗黒曜石というのは聞いたことがないということは、これもまた貴重な品なのだろう。何故か床に無造作に転がされているが。
いや、そもそもゲンボス樹の枝を天井から吊すというのもおかしいのだ。普通に棚に並べれば良いのに……確かに、見た目は華やかでキレイだったけど。
その後は、閉店時間まで掛かって匂い消しと掃除、店内の整理整頓を二人で行った。
「いやーありがとうね。えぇと、今日の売れ残りね。そろそろ状態が悪くなって売り物にならなくなる素材は、これとこれよ。はい」
「いつもありがとうね」
「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
売れ残った素材で、品質の維持が困難に近付いてきた物は、売り物にならないので廃棄となる。しかし、あくまで上級素材として用いることが出来ないだけで中級の素材としては、十分なのだが、売れ残ったからと中級に下げて売り出すのも、店の信用に関わる。
スーパーで肉が売られていて、賞味期限が近いから通常なら廃棄となるところを、まだ食べられるからと熟成肉として再度売り出すようなものか。いや、熟成肉はそうやって作られる訳じゃないし、そんなことをすればたちまち保健所どころか色んな関係機関が乗り込んでくるはずだ。
一体何の話だ。
ともかく、そうやって店頭に並べることは出来ないが、まだ素材として使える物を、私は友人価格として格安で入手して、魔法薬作成の修行に使用している。
素材の特性は掴んできたので、何とか上級魔法薬の失敗の失敗作である中級中位は多少作れるようになってきた。とはいえ、まだその数は少なく、ほとんどが失敗の失敗の失敗作である中級下位がほとんどだ。
同じランクの魔法薬ならば、通常の材料を使うことで三倍近くは期間を短縮して作ることが出来る。つまり、効き目は同じでも製作時間に制作費を考えれば十分劣化品である。
しかし、それでも中級魔法薬であることに変わりはない。
中級は上級程の効果はないものの、高価でもないことから下級貴族や売れっ子冒険者には人気で、卸先であるフィアの店は、素材だけでなく私の魔法薬を求めてお客が入るようになったことで売り上げも伸ばしてきている。
もちろん中級自体も十分高価で、ほとんどの人は低級の中位か精々上位を買うだけで精一杯なのは変わらない。よって、そういった層に向けても私は低級魔法薬を卸している。
いずれも私個人だけで作っている物なので、本数はわずか数本ずつと少ないこともあって、並べればほぼその日の内に完売する盛況ぶりである。
「でも、祭りが終わったら国を出る予定だから、提供することが出来なくなるね」
自分が作った品物が、色んな人の手に渡って活躍するのは嬉しいものだ。ただ、出来れば怪我がないように安全に十分配慮して業務に当たってもらいたい。私もいつまでもここにいる訳ではないのだから。
フィアの店の状態の確認も終えたので、町の様子を見る為に、宿までの道を大きく迂回してぶらぶらと探索する。
あちこちの建物に装飾が施されており、中にはフィア程ではないにしろ、中々奇抜な飾りがあるなど見ていて飽きない。
そうやって歩いていると、一際大きい建物が目に入る。
イパタ教会堂だ。王都は広く人口も数万人が暮らしていることから、教会堂もいくつか点在しているが、ここ中心部に近い教会はその中でも途轍もなく大きい。
「いったい何百人収容出来るのだろう」
異教徒なので中に入ったことも覗いたこともないが、建物の造りは凝っており、外観を眺めるだけでも楽しめる。
「ここが祭りの開始を宣言する場所……」
国王が、教会堂の祭壇に今年の最も良い工芸品を奉納して祭りが始まる。工芸品の大きさや重さはある程度決まっており、先月末の祈曜日に執り行われる品評会に出品された物の中から大賞に選ばれた作品をこうして祭壇にお供えするのだ。
それは職人にとって非常に名誉あることであることから、毎年、祭りが終わった直後から来年に向けて制作に着手する職人がいたりする。
また、選ばれるのは工芸品とは言ったが、必ずしもそうとは限らない。何年か前に、既存の音楽とは一線を画した楽譜が選ばれたことがあると聞いたことがある。
画家、彫刻家、細工師、音楽家、楽器職人等々、数多くの職人にチャンスがあるのだから、頑張らないはずがない。まぁガローカさんが参加しているところは見たことがないので、全員が全員、作品を出すとは限らない。
作品数が膨大になるので、品評会前にも事前審査がある。そこである程度数が絞られるが、それでもその数は一〇〇に上るとされるのだからすごいことである。
「教会堂にも飾り付けされるんだ」
見上げ過ぎて若干首が痛くなる。
荘厳な出で立ちであるが、飾り付けによっておめかしした教会は、建物自体も祭りを楽しみにしているような雰囲気を醸し出していた。
「まぁ明日からは前日祭だから、実際に奉納されるのは最終日の二九日なんだけど、皆気合い入ってるね」
前世の学生時代に文化祭とかあったと思うが、あぁいうのは準備期間が最も楽しいと言われている。
はて、どうだっただろうか?
そこのところは私自身に関わることだからよく覚えていない。
様々な無駄な知識はちゃんと残っているのだが、私自身の記憶となると、全てないという訳ではないが、ぼんやりと霞みが掛かったかのようで判然としない。
「さて、私も演奏頑張らないとね」
短い期間であったが、一緒に練習をして交流してきたのだ。やるなら成功させたい。もちろん全員が楽しんでこそ大成功であるので、私も思う存分楽しむつもりである。
まぁ私のパート、ほとんど楽譜ないから自由演奏だけど。自由な分、色々と難しい。本番にテンションの高さを持って行けるように、明日からの前日祭は、思いっ切り楽しもうと思う。
そう決意した私は、意気揚々と宿へ歩む足を速めるのであった。
【名前】
ゲンボス
【分類】
バルマクル科ゲンボス属
【気候・地域】
山岳地帯の高地
【季節】
開花時期は暖季の終わりから暑季の終わりに掛けて
【特徴】
自生地の関係からある程度の寒さへの耐性がある
木の高さは最大で一〇ファルト程。幹の太さは二~三ファルト程度である
木の幹にはあまり用途はないが、枝、特に花の付いた枝は魔法薬などの素材として重宝される
一本の木に四色の花を咲かせる。その色の組み合わせは一本一本違う。乾燥させて長期保存が出来るように加工されていたとしても、花はそのまま残り続ける
枝に残った花が魔法薬の素材となるのだが、その為には枝を適切な手段で乾燥させる必要がある。枝から余分な水分と栄養を抜きつつ、必要な分を花に回して養分の行き来する道を特殊な工程で遮断することで十分に栄養の詰まった花となり、良質な、それこそ上級魔法薬も作れるような素材となる
枝が適切に加工されているかどうかを確かめるのは簡単だ。匂いを嗅げば良い。そして、普通に乾燥させた枝は香油のような甘い香りがするのだが、適切な処理を施した枝は、何故か刺激臭がする
魔法薬に生成する際に刺激臭は消えるので問題ないが、途中まで作業の妨害となること必至である
普通に乾燥させてもその花の美しさは変わらない上、ある程度の保存も利くので高価であるが観賞用としても用途がある




