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遅い

 今日、私は朝からずっと部屋でおとなしくしていた。


 『明日、あいつに時間を作らせるから部屋で待ってて』

 と言うゼノン王子の言葉を胸に、部屋から一歩も出ず、じっと椅子に座って……。


 今朝、私は昨日の昼食会に負けず劣らず気合を入れて身支度をした。

 クゥと会うんだから少しでも綺麗な私を見てほしい。

 本当はシルバー姫のような美しさを持っていればいいのだけれど、残念ながら私は『かわいい』お姫様ではないのだからしょうがない。

 だいたい、物語の中のシルバー姫は少女と言って良いぐらいの年齢の子のはずだから、もう大人の私は『かわいい』は無理なのよ。


 ……そ、そんな事よりも、クゥと会ったら何を話そうかしら。

 私の心はそわそわと落ち着かない。

 8年前のことには触れてほしいようなほしくないような……。

 クゥはやっぱり今でも私みたいな姫よりシルバー姫みたいな女の子と結婚したいのかしら。

 うう、どうしよう。クゥに本当は結婚したくないけれど仕方なく結婚するんだとか言われたら!

 恋愛対象に見られなくても、せめて、出来る事なら昔のように……友達だったころのような関係になれたら良いのだけれど。


 クゥとのこれからの事を考えて考えて、長い長い待ち時間が蝸牛の歩みのような速さで過ぎていった。


 そして……





 「遅い」



 窓の外の夕焼けを見ながら私はポツリと呟いた。


 まさか朝一で会いに来てくれるなんてことは思っていなかったが、せめて午後までには先触れがあると思っていたのに、何の音沙汰もないまま正午はとっくに過ぎ日が傾きだしている。


 くっ、ゼノン王子め約束を違えるつもり?

 今日の朝からの私の苦悩の時間を返せ!

 人の心を弄んで!許さないわよゼノン王子。


 私がありとあらゆる復讐の方法を考えていると、控えめに部屋の戸がノックされた。


 「セレン様。クロム殿下がいらっしゃいました」


 テルーの言葉に私は思わず椅子から飛び上がった。






 「ようこそいらっしゃいました」

 私はその音が部屋中に響き渡るんじゃないかと言うほど心臓をバクバクさせながらクゥを迎え入れた。

 でも、もちろん相手にはそんな事気が付かれたりしないように平静を装っている。

 私の動揺はちっともクゥにばれていない……はず。


 スラスラと流れるようなクゥの挨拶。

 本当はちゃんと聞かなくちゃいけないのだけれど、今の私はそれどころじゃない。

 夢にまで見たクゥが目の前にいるのよ。


 きゃ~どうしましょう!


 いや、まあ、実際はどうにもしないのだけれど、出来る事なら昔みたいに飛びついて抱きしめて頬にキスをしたい。


 それから、それから……


 はっ!いけないいけない。 妄想に浸ってちょっと理性が飛びそうだったわ。

 ちゃんと話を聞かなくちゃ。


 「……と、いう訳で式は今日から一週間後に決まりました」


 「はい、了解いたしました」 いつの間にか挨拶から式の話に変わっていた。

 後で後ろに控えているリンに話の内容を確認しておかなくちゃ。


 それにしても、クゥを近くで見ると結構昔の面影が残っているかも。

 あ、でも、しゃべり方とか昔とだいぶ違うわね。


 「……では、私はこれで失礼します」


 「はい」


 クゥに見惚れていて話を聞いていなかったけれど、とりあえず返事をした。

 直後、私はとても後悔した。


 目の前にいたクゥが一礼するとスタスタと歩いて部屋から出て行ってしまったのだ。

 部屋の戸がパタンと閉まる音を聞いて私は我に返った。


 あれ?


 クゥ帰っちゃった?


 うわああああああああああああああああああああ

 せっかくのお話しするチャンスだったのにぃ。


 私のバカバカバカ!



 あ、でも、最後の一礼はちょっと決まっててかっこよかったかも。

 って、そんな事思っている場合じゃなーーい!


 どうしよう、今から追いかけて引き止めようかしら。

 ちょっとお茶でもしませんかとか適当な理由をつけて……。

 いいえ、そんな回りくどい事をいわずここは親睦を深めるためにお話を……ええい、そんなことより何よりまずはクゥを引き止めなきゃ!


 私はあわててクゥを追いかけようとドアに飛びついたのだけれど、まさに私がドアを開けようとしたその瞬間――


 ガツンッ


 ドアが開いて私の顔面に直撃した。


 「きゃー!セレン様大丈夫ですか!?」

 ドアを開いたのはテルーだった。

 「セレン様、申し訳ありません」

 顔面蒼白になって土下座する勢いでテルーは謝ってくる。

 そんなテルーをどけてリンが痛みにうずくまっている私の顔を覗き込んできた。

 「テルー、ドアを開けるときは必ずノックをするようにと教えたでしょう。姫様大丈夫ですか?」


 痛い、あまり大丈夫じゃない。

 でも、それどころじゃないのよ!


 「大丈夫です。それよりク」


 ぽたり


 なにやら水っぽいものが私の足元に落ちてきた。

 はて?何かしら?


 「あああああ!セレン様鼻血!鼻血が!」

 「テルー、そのように騒いではいけませんよ。姫様、とりあえずこれで鼻を押さえてください」

 私はリンに差し出されたハンカチを受け取ると慌てて鼻を押さえた。


 うう、鼻血だなんて、こんな間抜けな姿クゥに見せられない。

 ああ、せっかく、せっかく、せっかくのクゥとお話しするチャンスだったのに。

 私はちょっぴり泣きたくなった。

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