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平気、平気。これくらいなんとも無いから

 「セレン様、大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかけるリンに私はベッドの上からひらひらと手を振って答えた。


 まったくもって大丈夫じゃないわよ!


 私は今、タンタル国王城の私にあてがわれた客室のベッドの上に突っ伏している。

 あの、必殺お姫様スマイルを繰り出した後、気まずい空気が少し薄れたので、話の流れは私とクゥが結婚すると言う方向へ進み、結果として、私とクゥの結婚が決まってしまった。

 あーあ、何でこんな事になっちゃったんだろう。

 本当はクゥとの結婚は避けたかったのよ。

 だけど、そんな事言い出せる雰囲気じゃなかったし、だいたい国同士の結婚だから、私が簡単にどうこう出来るものじゃないのよねー。


 そんでもって、話し合いは終わり、部屋に通された私は即効でドレスを脱いで部屋着に着替えて、こうしてベッドの上で脱力しているわけ。

 本当はドレスのまま何も考えずベッドにダイブしたかったのにリンに容赦なく無理やり脱がされた。

 それにしても精神的に疲れたわ。


 これからの事を考えると頭が痛いわよ。

 もともとの予定では今日から一週間後に結婚式の予定だったのだけれど、予定通りいくのかしら?

 まずは、ゼノン王子が王位継承権を放棄した事を明確に提示しなくちゃいけないわよね。

 タンタル国内で一騒動起きないといいけど。

 それから、私とクゥの婚約を発表して、それと同時にゼノン王子とサマリ嬢の婚約も発表もするわよねきっと。

 それからそれから……えーっと。


 とにかくめんどくさいわ。


 私はため息と共に枕に顔をうずめた。




 「それで、どうなったんですか?このままアルゴン国へ帰るんですか?」

 主の様子に配慮してほうっておいてくれれば良いものの、リンは私に広間を出てからの事を質問した。

 まあ、そりゃあ気になるわよね。

 帰るなら帰るで準備とかもあるだろうし。

 私はぼそぼそとそれに答える。

 クゥと結婚しなくちゃいけなくなってしまったことを。


 私の説明を聞いてリンはなるほどと頷いた。

 「セレン様は視野が狭いですね」

 「なっ!」

 さらりと言ったリンの言葉に私はムッとした。

 何よそれ、今までの話でどうしてそういう言葉が出てくるわけ?

 私はベッドに突っ伏した体を起こし、リンを睨んだ。

 「セレン様はこれをチャンスとは考えないのですか?この結婚を機にセレン様の魅力でクロム殿下を魅了するとか」

 魅了ってなに!?

 リンの言葉に私は絶句した。


 「セレン様の身体は世間一般で言うボンキュッボンのナイスバディなのですから妖艶に迫ればたいていの男は落とせるはずです。湯殿のお世話でセレン様の体の隅々まで知っていますが、女の私から見てもよだれモノです。私が保証します。自信を持ってください」

 「……変態」

 私はリンの言葉に短く返した。

 なんか言っている事が親父臭いわよリン……。

 「次に着るドレスはとびっきりセクシーなものにしましょう。その胸を武器にしない手はないですから、谷間が見えるように胸元が広くあいたものとか。それか、体のラインがもっとはっきりと見える物もいいですね」

 「……ドレス選びはルトとすることにします」

 なぜか楽しそうなリンを尻目に、私はこれから先リンにだけはドレス選びをさせない事を心に誓った。


 「だいたい、クゥは私みたいなタイプではなくて、シルバー姫のような娘が好きなんです。私では魅了なんて無理なんです。」

 「セレン様は頭が固い」

 視野が狭いの次は頭が固いってなによ!

 口の悪い侍女に私は呆れた視線を送った。

 リンはそんな視線を受け流した後、軽く表情をゆがめる。


 「それに……後宮に囚われてますね」


 ぽつりと言ったリンの言葉に、私はカッと頭に血が上るのを感じた。

 「何を言っているのですか! リンも知っているでしょう?私は後宮に囚われるのが嫌だったからあそこから出たんです」

 私は自分が生まれ育った後宮が嫌いだった。

 幼い頃から囁かれる陰口も陰惨な嫌がらせも私の足を引っ張り陥れようとする兄姉達も歪んだ妃達の瞳もみんなみんな大嫌いだった。

 絶対に彼女達のようになりたくなかった。

 だから私は……私は……


 「でも、セレン様。あなたは……」


 リンが普段見せないような悲しそうな顔を見せたその時、部屋にノックの音が響いた。




 ノックの主はルトだった。

 彼女が言うには、今晩の夕食を王族の皆様と会食するかこの部屋で一人でとるかというお伺いがきたらしい。

 本当は会食に出て未来の旦那様やその家族の方々と交流した方がいいのよねきっと。


 でも、何だかいっぱいいっぱいだった私はルトに食事は部屋で取ると答えたのだった。


 夕食を食べ、私は今日かいた嫌な汗を湯殿で洗い流している。

 この湯殿のお湯は温泉らしい。なんでも、肌を美しくする作用があるとか。

 さすが温泉大国タンタル国だわ。

 私は手足を大きく伸ばし、ゆったりとお湯に浸かった。


 うーん、きもちいい。


 温泉と言えば思い出すなぁ。

 クゥと遊んでいたあのころの事を。




 私がタンタル国に滞在していたのは10歳の時。

 怪我の治療の為、湯治にやってきた……と言っても、当時怪我は殆ど治っていて元気そのものだったのだけれどもね。

 ああ、でも、傷跡とかが薄いのは温泉のおかげなのかも。

 まあ、とにかくあの時私は怪我の治った元気な子どもだったのよ。


 タンタル国で私は温泉につかる以外は割りと自由な時間を過ごせたの。

 滞在していた建物の敷地内ならば一人で自由に出歩く事ができたしね。

 しかも、特に監視がついていたわけではなかったので、割と敷地外へも簡単に抜け出せたのよ。

 生まれて初めてそんな自由な環境におかれた私は毎日毎日外へと遊びに行ったの。


 私の滞在していたところは山の中にあって、温泉の水脈に沿って湯を取り込んでいる邸が点在しているような場所だった。

 なので、邸の敷地内から出れば自然が溢れていて、私にとって格好の遊び場だったの。

 

 その日も私は森の中で縦横無尽に遊んでいた。

 拾った木の枝を剣に見立てて振り回してみたり、木に登って枝から枝へ飛び移ってみたり、拾った木の実を遠くの木めがけて投げてみたり……。


 今考えてみれば、女の子のする遊びじゃないけれど、あのころの私はちょっと……いいえ、ものすごくお転婆で、そういう遊びが大好きだった。


 そうして、わざと茂みの中を歩いて遊んでいた私は気がつくと立派な邸の裏手らしきところに着いていた。

 そこで私はクゥと出会ったのだ。


 クゥはそこで……三人の男の子にボコボコに殴られていた。


 うん、あの時は吃驚したわ。

 唖然として、暫くその様子を眺めちゃったわよ。

 だって、昔のクゥってば全体的に細くてちっちゃくて本当に可愛かったのだけれど、そんな子が殴られていたんだもの。

 あれは喧嘩って言うより、一方的に暴力を振るわれている感じだったわ。

 大体、3対1で殴り合いなんて卑怯にもほどがある。


 で、四人の様子を良く見てみると、三人のうち、殴っているのは二人で残りの一人は少しはなれた所でニヤニヤ笑っていた。

 それで、時折殴っている二人に指示を出している感じ。

 当時の私は特にそういうのが大嫌いだった。

 頭にかっと血が登った私は、そいつが中心になっているリーダー格だと確信すると、その男の子に背後から跳び蹴りをくらわしたの。


 あの時の蹴りは我ながら見事だったわ。


 不意打ちの攻撃のその男の子は見事にずっこけた。

 まあ、蹴りを入れた私も、その男の子と縺れる様に一緒に地面へ転がったのだけれど。


 「いっってえ!何するんだ!」

 男の子が乱入者の私に罵声を浴びせる。

 「三人で一人をいじめるなんて卑怯者!」

 私はそう叫ぶと、こっそり両手に地面の砂を握り締めた。

 そうして、掴みかかってきた男の子の顔にその砂を叩き付けた。

 私の目潰し攻撃に男の子が両手で目を押さえ悲鳴をあげたので、残りの二人はクゥの元から、おろおろと男の子に駆け寄ってくる。

 私は慌てて起き上がりそのうちの一人の脛に思いっきり蹴りを入れた。

 私の蹴りは見事に命中!

 その子も無様な悲鳴をあげて尻餅をついたとたん、私は頭にガツンと衝撃を受けた。

 残りの一人に頭を殴られたのだ。

 私はよろけて数歩背後に後ずさったけれど、そのまま足に力を入れて地面を蹴ると殴った男の子に飛びついた。

 そうして、その男の子の手を思いっきりがぶりと噛み付いた。

 ぶちんという嫌な感覚を歯に感じると共に、口の中に血の味が広がる。

 私は泣き叫ぶ男の子に振り払われてまたしても地面に転がった。


 私は呆然と事の成り行きを見ていた男の子……クゥの腕を掴むとその場から走って逃げた。

 さすがにそのまま三人と喧嘩して勝つなんて無理な事だと分かっていたから。

 走って走って息が出来なくなるくらい走って、私たちは小川のほとりへと出た。

 私は背後からあの男の子たちが追いかけてこないのを確認するとその場にぺたりと座り込んだ。

 クゥも続けて私の隣に座り込む。

 改めて間近で見たクゥはあの男の子たちに殴られていたせいか、唇の端が切れて血が出ている。


 私はハンカチを取り出し、小川の水に浸してクゥの口元にそっと添えた。

 「大丈夫?痛い?」

 「君は?君こそ大丈夫!?」

 クゥにそう言われ、自分の姿を見ていると、二度も地面を転がったせいで服は汚れていたし、手足にも擦り傷が出来ていた。

 「平気、平気。これくらいなんとも無いから」

 そう言って私が微笑むと、クゥも柔らかい笑みで微笑み返してくれた。


 その後、私たちは友達になったの。




 シーンと静まり返った湯の中で、過去を回想していた私は大きなため息を吐き、頭をかかえた。

 凶暴すぎるわ、当時の私。

 お転婆とかいう可愛いものじゃないわね。

 クゥを助けるために必死だったとは言え、限度と言うものがあるというか、何というか。

 いくら仲が良かったからって、男の子三人相手に喧嘩するような女の子と結婚したいとは思わないわよねぇ。

 そういえば、クゥと遊んだ思い出って殆ど剣術ごっことか木登りとかそんなのが多かったわ……。


 今なら、当時クゥが私を振ったのも分かる気がする。


 昔の事を考えて、ついつい長湯してしまった私はもう一度大きなため息をついて湯から出たのだった。

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