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第39話 ヒスイの森➁ 泉のほとりにて

「んんーっ、美味しい!」


私たちは大きな木の下で柔らかな草の上に座り、昼食のお弁当にランドルフ家の料理長が作ってくれたサンドイッチを食べていた。

目の前の碧(あお)い泉がキラキラと、陽の光を反射してとても綺麗だ。


「あんたって、ホントうまそうに食べるのな」


隣に座るレイが、その立てた片膝の上に肘をつき、長い指に頬を乗せた顔をこちらに傾けて、ふわりと微笑んでいた。

絹糸のような銀の髪が陽光を受けて柔らかく輝き、前髪がさらさらと額にかかる。


ほんと絵になる男ね。これが無意識なんだから、罪作りだわぁ……


「え、だって、ほんとに美味しいんだもん」

「料理長が聞いたら、泣いて喜ぶだろうな」

「こんなに美味しいんだから、レイももっと家(うち)で食べればいいのに。夜もあまりみんなと一緒に食べないでしょ?」

「ああ。夜は城で騎士団の奴らと食べることが多くて。やっぱ、若い奴らの話しも聞いたり交流も必要だろ?」


若い奴らって……。

レイもまだ十九歳じゃない。

あなたも十分若いと思うんだけどな?なんなら年下のほうでは?

そんなふうに言う彼に思わず笑ってしまう。


「ふふふ……あ、でも。朝はちゃんと食べたほうがいいよ?」

「あ~、朝はニガテなんだよなぁ」

レイはほんとに苦手なんだと思う。ちょっと頬を膨らませて顔を背けて、ふてくされるように言った。


「朝ごはん食べないとパワー出ないよ?レイの大きな身体を動かそうと思ったら、ちゃんとごはんをしっかり食べて、身体の隅々まで燃料がいくようにしてあげなきゃ」

つい、彼が年下の男の子って感じで可愛くって、お姉さんぶって言ってしまう。

……いや、これはお母さんかな。


「燃料って……」

「車もガソリン切れたら走れないように、肝心なときに力が出ないよ?」

「車?ガソリン?」

「あ、車ってね、私たちの世界の乗り物。こっちでいう馬車の代わり。車はガソリンていう燃料で動いてるの」

「あれか!このまえ、あんたの世界に行ったときに見たやつ。そっかぁ、あれは車っていうのか。一度乗ってみたいと思ったんだ」


レイが深い湖のような濃いコバルトブルーの瞳をキラキラさせて、なかなか良い反応をしている。

やっぱり男子だなぁ~なんて思う。


「じゃあ、レイが私達の世界に来たときは、私が案内してあげるね」

「やった、約束な!」


……って、レイがすごく自然な感じで言うもんだから、私達の関係もこのままずっと続いていくのかなって、思わず勘違いしそうになる。


聖女様の代わりに来てしまった私が、元の自分がいるべき世界に戻って、正当な聖女様がこの世界にやって来たら……


彼が私に会う理由はなくなる……


そうなったらきっと、私達はもう会うことはないのだろう。


なんか、寂しい……


ズキン……

なぜか胸の奥がキュウってなる。


そんな私の気持ちを彼は知ってか知らないでか、彼は綺麗な形をした片眉を上げて、少しふてくされたような顔をした。

「てか、その馬車みたいな車と俺の身体を一緒にするなよ」

「あはは。ごめん」

私が笑って言うと、彼もにっこり笑った。


ズルいなぁ~、ほんと可愛い。


「わかった。朝食は努力してみるよ」

私は寂しいと思った気持ちをかき消すように、無理に意識して「よかった」と笑顔で答えた。


「とりあえず、今夜の夕食は一緒に食べよう」

彼がにっこりと笑って言った。


え?夜まで彼と一緒にいられるんだ!


なんだかとっても嬉しくて、さっき少し沈んでしまった心も一気にふわふわと軽くなる。

今日は朝から夜までの長い時間、彼と一緒に過ごせることがこんなにも嬉しいって、私思ってる。


彼の一言に、私は一喜一憂してしまう。


この自分の気持ちに気づかないフリするのは、もう難しいのかもしれないと思う。


私は、きっとこの気持ちをなんて呼べばいいのかを知っている。 


でも、それは叶うことのない、悲しい結末にしかならない。そうとわかっているから、言葉にはしない。


昼食を食べ終わると、レイは少し周囲を調べると言って、すぐ側の木立へと立った。

私はせっかくなので、綺麗な泉周辺を散策することにした。

穏やかな陽の光を受けてキラキラと輝く水面と、草の緑のコントラストがほんとに綺麗。


私がほとりを歩いていると、近くの木立の中から何(なん)の前触れもなく、いきなりポーンとドッジボールくらいの大きさのボールが飛び出してきた。


え?

いきなりボール!?どうしてこんな所に!?


驚いてるうちにボールはポンと跳ねて、コロコロと転がり泉に向かっていく。


ボールに続いてすぐに、小さな男の子がボールを追いかけて木立から飛び出してきた。ふわふわ金髪に白いブラウスを着た五歳くらいの男の子。見た感じ貴族の子どものようだ。

どこか近くに家があるのかな?


驚く私に気づかないまま、その子はボールを追いかけて走るけれど、ボールはコロコロと転がり続けて無常にも泉の中へポチャンっと落ちた。


「あ……」

私も思わず声が漏れる。


男の子は泉から半歩ほど離れたあたりで立ちすくみ、どうしたものか考えてる様子だ。困っていまにも泣きそうな顔をして、水に浮かぶボールを見つめている。

ボールは幸い岸から離れてはいなくて、あれなら木の棒か何かあれば私でも取ることができそうだ。


「大丈夫だよ、今、取ってあげる」


私が声を掛けると、男の子は初めて私に気づいたのか驚いた様子を見せた。

慌てて走り去ろうとして、あっ……と水面に浮かぶボールに目を向ける。


「大丈夫。私がボール取ってあげるよ。ちょっと待ってね」

私はキョロキョロあたりを見回し、ちょうど脇の叢(くさむら)にちょうど良さげな木の枝が落ちているのを見つけた。

私は枝を手に、男の子を振り返って見せる。


「ほら!これでどう?」


男の子は金色の瞳をして色白で、表情があまりわからないけど、やたら綺麗な顔をした男の子だった。

私は木の棒を手に泉の淵へ近づくと、しゃがんで草の上から滑り落ちないように、木の棒でボールを手繰(たぐ)り寄せる。

ゆらゆらとボールがこちらへやってくるのを、私は気を付けて水面から取り上げた。

そのまましゃがんだ格好で後ろを振り向くと、傍で見ていた男の子に「どうぞ」ってボールを渡してあげる。

男の子はすぐに両手を出しボールを受け取った。


「お姉さん、ありがとう」

彼の声は、鈴の音のような小さくて綺麗な声だった。そして、先ほど出てきた木立のほうへと駆けていき姿を消した。


私にも自然と笑みがこぼれる。


些細なことだけど、少しの勇気を出して人が困ってるのをちょっとでも手助けが出来たと思ったら、なんだか嬉しい……


ぽかぽかとしたあったかい気持ちで、よいしょって立ち上がる。でも、私は立ち上がることが出来なかった。


柔らかい草の上で立ち上がろうとした私はバランスを崩し、そのまま後ろに尻もちをついてしまったのだ。


あっ!……ヤバい!!


お尻のすぐ横に水面が見える。かろうじて落ちずに助かった。


ヒヤッとした次の瞬間、


「遊びましょうよ」


と、涼すずやかな女の人の声が聞こえたような気がした。そして、私の身体は後ろへ、泉のほうへとグイッと見えない力に引っ張られたのだ。


日頃のインドア生活のせいで腹筋が乏しい私は、後ろへひっくり返ろうとする自分の身体を支えきれず、そのまま泉の中にボチャンと音を立てて、転げ落ちてしまった。ああ…情けない。


ゴボゴボっと耳を覆う水の音。


私、泉に落ちたんだ……

そんなことを思いながらも、伸ばした自分の手の先にある水面の、その向こうにキラキラと揺らめく陽の光を見ていた。

ああ……、こうして沈んでいくんだ……なんてぼんやり考えてしまった。


遠のいてゆく水面の向こうの光にハッとする。

このままじゃ溺れて死んじゃう!

ええっと、手と足を動かさなきゃ!


……でも、……どうやって!?


私は足の届かないところでは実は泳げない。

焦って、手と足をめちゃくちゃに動かしてもがく。


いやだ……、怖い。


死にたくない……


そう思うのに水面にたどり着けない。泣き叫びたい気持ちでいっぱいになる。


いやだっ!!


誰かっ!誰か助けてっ!!


そのとき、大きな影が水面の向こうの光を遮り、水の中へ飛び込んでくるのが見えた。

レイだった。

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