第36話 絶対絶命!?
私がアレクシス様とドラゴンに気を取られている間に、自分にのすぐそばにミレイユが来ていたことに気づくのが遅れた。
あっ、と思った時には、私はミレイユに片手で首を正面から捕まれていた。
「 ぐっ……」
思わず声が漏れる。 完全に油断していた。
ミレイユの細くて冷たい指が、じわじわと弄ぶように、私の首を締め付けてくる。
息が苦しい……
カァーッと顔に血が集まるような感覚。苦しくて、顔が歪む。
彼女の薄紫の瞳が、歓喜のような光を帯びている。
楽しんでいるんだ。
怖い……、くやしい……
彼女の細い手首を両手で掴み剥がそうとするけど、びくともしない。
「ミツキ!!」
アレクシス様が叫ぶ声が聞こえた。
でも、彼はドラゴンから離れることが出来ない。
彼ばかり頼れない。自分でなんとかしなくちゃ……
ふと、ミレイユの薄紫の瞳が、氷のように冷たく光る。
「今回、アンジェリカは使い物にならなかったけど、思わぬ収穫があったわ」
彼女は、ふっ、と唇の片端をあげて、低い声で言う。
「お前のようなものが、アレクシスの傍にいたとはね。イヴェール様への土産話とするわ」
……ど、どういう意味!?
私はただの人間で、数日後には元の世界へ帰るんですけど!?
私、聖女様じゃないです! なんのメリットも得もないです!!
「うっ…ぐ、」
違うって否定したいのに、苦しくて言い返すことも出来ない。
ただ、ミレイユの細い手首を掴むだけ。細いのに凄い力だ。
滲む涙で彼女の顔が歪む。
「あら、何か言いたそうね」
少しだけ、指が緩んだ。
「わた、し…聖女、さ、ま、じゃ…」
「無いことくらいわかってるわよ。どうみたって、モブだし」
彼女が薄ら笑いを浮かべて、言った。
うっ…、 地味に傷つくんですけど……。
「白銀の姫。それ以上に価値がある」
白銀の姫?
価値って、……どういうこと?
「でも、そうね。モブとは言え、あんたのような女は、ここで芽を摘んでおくほうがいいのかもしれないわね」
摘むって!?
え!?ええっ!?…まさか、ですよねっ!?
苦しくって、まとも考えられない。
お願い!モブなんだから、放っておいてくださいっ!!
ミレイユは、私からドラゴンのほうへと視線を向けた。
「そろそろ遊びの時間は終わりよ。お前っ、おいでっ!」
ドラゴンが返事をするように咆哮する。
「さあ、アレクシス!お前が白馬の王子様かどうか、運試しをしようじゃないの」
「なに!?」
「この女を殺すか生かすかは、お前しだいよ」
面白がるようにそう言ったミレイユは、私を掴む腕をぶんっと振ると、私の身体を空中へ放り投げた。
嘘でしょぉ!?
情けないことに、私の身体は無抵抗のまま空中を飛んだ。
彼女の細腕のどこにそんな力があるのか、これも魔法の力なのかはわからない。
私の身体はそのまま建物の端まで飛んでゆき、はるか眼下に緑と土の地面が見えた。
落ちるっ!!
慌てて必死に伸ばした片手が、建物の端を掴んだ。
ずんっと重みがかかって、指が耐えきれず、離れた。
もうダメっっ!! 落ちるーーーっ!! !
思わず目をきつく瞑った。
私が覚悟を決めて諦めかけた時、ガシッと力強く右腕を掴まれた。
え!?
恐る恐る目を開ける。
掴まれた右手の先に、アレクシス様の力強い空色の瞳があった。
「くっ……」
私のつま先が空中を泳ぐ。
アレクシス様が城壁から身を乗り出し、落下する私を掴まえてくれたのだ。
「っ!!アレク、シス様……」
私が滑り落ちないように、彼が両手で私の右腕を掴み直す。
「っ……」
アレクシス様の顔が歪む。
私を掴む彼の左腕から真っ赤な血が流れて、私の右手を濡らした。
やっぱり先程の怪我、出血がひどいんだ。
アレクシス様の形よい額に汗が滲んでいる。
苦痛に耐えながらも彼は滑りそうになる私の手を、掴まれたところが痛いほど必死に掴んでいてくれた。
ミレイユの笑い声が響く。
彼女はドラゴンの背に跨がり、空を背景に旋回する。
「さあ、王子様、もうすぐ夜が明けちゃうけど、どうする?王子様と小娘一人の命じゃ、比べる必要もないかしら。あんたなら、その手、離しちゃうかもね~」
アハハハ……と笑い声を残し、彼女はドラゴンとともに飛び去っていった。
彼がいま、いなくなったら……、この国は、この世界は、 崩壊してしまう。
失ってしまうかもしれない……。
「アレクシス様!手を離してください!」
私は無意識に、そう叫んでいた。
光属性の力を強く持ち、なんだかんだ言っても、やっぱり彼は王様になるべき人なんだ。少なくとも、ミレイユのいうイヴェールとかいう魔法使いではないと思う。
ランドルフ家の人々の顔が浮かぶ。優しくて可愛いエリザ、タリアンさん、ルーセル、それに優しくしてくれたレイ…… ほんの数日だったけど、私はたくさんの優しさに触れて、いつのまにか、みんなのことが好きになっていた。
「アレクシス様には、王様になって頂かないといけないんです!みんな、あなたがいないと困るんです!私なんかよりっ、大切な命っ」
「ふざけるなっ!!」
私の言葉を遮って、アレクシス様が声をあげた。
「俺は言われなくとも王になる!当然だ!だがなっ、お前もこの国にいる今は、俺の大切な民の一人だ!民の一人を守れなくして、何が王だっ、命に違いはない!いいかっ、わかったら、つまらんこと言ってないで、さっさと腕掴んで、よじ登ってこい!」
彼の空色の瞳は、強い光を失わず放っていた。私はその瞳に吸い込まれるように魅入られる。
「アレク、シス様……」
「重いんだよ!わかったら早くしろ!」
「はいっ!!」
諦めかけていた私は、アレクシス様の手を掴み直した。
空中で泳いでいた足から、滑りやすい靴を脱ぎ捨て、裸足で城の壁につま先を引っ掻けるように登る。
やがて、離れていた片方の手もアレクシス様に届いた。
レイだけでなく、アレクシス様にまで重いって言われちゃったな……
無事に家に帰れたら、スポーツジムに通うか、せめてウォーキング始めようかな。
彼の力を借りながら、なんとか私は上へ戻ることができ、その場に倒れこんだ。
アレクシス様も疲れたのか、肩で息をしながら、血に染まった腕を押さえて座り込んでいる。
辺りがすっかり薄明かるくなってきていた。
慌てて東の空を見ると、陽が今にも昇ろうとしている。
「アレクシス様!!朝日が…っ」
私は地面に這はいつくばったまま、アレクシス様を見ると、彼もまた東の空を睨んで、顔をしかめていた。
肩で息をしながらその顔は蒼白で、疲労困憊なのがわかる。
彼を陽の光から、隠さなければっ! 何か方法はないのだろうか。
そう思って周囲を見回すと、ふと自分の羽織りの長い裾が目に入った。 私は急いで上着を脱ぐと、彼の全身を隠すように頭からすっぽり覆い被せた。
さらに陽が当たらないように、その上から私自身で覆い被るようにして、彼をぎゅうっと抱き締める。
「アレクシス様!大丈夫です!絶対ルーセルが来てくれます。もう少しの辛抱ですから!それまでは私が守ります、絶対にっ!!」
この人は、私が守る。必ず守るっ!!
それからすぐに駆けつけてくれたルーセルによって、アレクシス様は助けられた。
気を失ったままのアンジェリカ姫を姫の部屋へ運び、そっとベッドに寝かす。目が覚めた時、もしも何か覚えていたとしも悪い夢の中の出来事だったと思ってくれればいいな。
そのあとアレクシス様の部屋へ行き、彼の腕の傷も大丈夫だと聞くと、私は安心したのか急に全身の力が抜けて、気を失ってしまった。




