第34話 魔女と対決なんて、無理でしょう!?
私は月を背に浮かび上がるように立つミレイユと、私達二人の間にアンジェリカ王女を挟んで対峙していた。
ミレイユの隣にいるドラゴンが、ほんと怖い(泣)
ドラゴンなんて絵本やアニメでしか知らないし。
動物園のゾウ以上に大きな生き物って見たことない。
きっとこれでも小さめの竜っぽいけど、それでもゾウの二倍、三倍はあると思う。ううん、それ以上?暗がりにうずくまっていて全体の姿はよくわからないけど、絶対に大きい!
なんか目を合わせたら襲われそうな気がして、なるべくそっちを見ないようにしながら、ミレイユから目を離さないでいた。
「へえ~、あんたなんて、お呼びじゃないんだけど」
昼間心配して、庭へ幼い王女を探してやって来た侍女ミレイユのものより、どこか若く高い声。けれど、冷たく尖っていて突き刺してくるみたい。同一人物のものとは思えない。
私は、気持ちで負けてしまわないように、お腹に力を入れて両足で踏ん張った。
は、早くっ!誰か、来てくれないかなっ!
「アンジェリカ王女をどうするんですか!?」
落ち着いた彼女とは反対に、つい早口でまた上擦ずった声になってしまった。情けない……
「アンジェリカ?そんなのどうだっていいわ。あんたじゃなくて、アレクシスはどうしたのよ」
なっ!!狙いはアレクシス様なの!?
「でも、あなたは王女様の侍女でしょう?」
「ふん。誰もこんな子供に使われるなんて、ごめんだわ。アレクシスをおびき寄せるために、決まってるじゃない」
「そんな……」
昼間のアンジェリカ王女の表情が過ぎる。
自分を探しに来たミレイユを見た瞬間、まだ幼い姫らしく安心したような、嬉しそうな顔を見せた。
アンジェリカ王女は、今も操られてるような虚ろな目をしている。
良かった。私達の会話は耳には入っていないようだ。
こんな会話、彼女に聞かせたくない。
「王族の身内に近づけば、アレクシスと接触ができると思ったのに、この子ったら城でも厄介者なのよ。道理で潜り込み易いと思ったのよ。ほーんと、とんだ誤算だったわ」
ミレイユは腕を組んで、アンジェリカ王女を見下ろす。
「……厄介者?」
私は今日の昼間、初めてこの王女のことを知ったから、王族の中で彼女がどんな立場なのか解らなかった。
「まあ新人には、分からないわね」
う……。こんなところで、いきなりマウントですか?
確かに使用人としては、彼女の方が先輩だけど。
ここは、とりあえず情報収集ね。
「どんな立場なのですか?よろしければ教えてください、先輩」
「は?先輩?あんたバカなの?」
「………………」
先輩と呼ばれて、ミレイユはまんざらでもなさそうだった。
「まあ、いいわ。先輩であるこの私が新人のあんたに教えてあげるわ。その子はね、別に望まれて産まれたわけではないのよ」
「え?どういうことですか?」
「この子は王妃の子ではなく、お手付きの子だからよ。母親は何処かの田舎貴族の娘。たまたま地方を視察していた年老いた王様の目に留まって、たまたま出来ちゃったわけ。母親は側室として城に連れてこられたけど、もともと好いた男が居たとかで、王様とは続くわけでもない。今は頭がおかしくなっちゃってるし、そんなところの王女に付いたところで、将来どこかの国へ一緒に飛ばされるか、ほかに付く者を探すかしかない。まあ、どちらにせよ、自分の将来は明るく無いわよね。つまり、この子についたって、得することはないから、みんな付きたがらない」
「得……」
なるほど。そんな事情があったんだ。
「解りやすい説明、ありがとうございます」
ミレイユは満足げに、ふんって鼻を鳴らした。
確かに昼間、彼女はミレイユが探しに来るまで一人だった。
それが、この幼い王女の事実なのだ。
ミレイユは蔑むような冷たい目で、アンジェリカ王女を見下ろす。
「ほんと、使えない子」
そんな言い方、アンジェリカ王女がかわいそうだ。
けれど、私には言い返す言葉もなくて、唇を僅かに噛んだだけだった。
「アレクシスはもっとクソだけどね」
ミレイユは、盛大な溜息と一緒に、吐き出すように言った。
えっ!?クソ!?
そんなこと思うのは、私だけかと思ってた……。
さすがにクソまでは思わないけど、ここにも印象悪く思ってる者がいた。
アレクシス様って……、ほんといろいろと残念。
「私もそう思います」
「へえ~言うじゃない」
意外そうに言いながら、ミレイユがニヤリと笑った。
「性格は難ありですよ。顔は良いのにもったいない」
私はつい溜め息混じりに言う。
「は?」
ミレイユがポカンとした表情をした。
え?何?違うの?
「え?……顔は最高ですよ?」
だって私の最推しである騎士様と瓜二つなんだから。
顔は美麗のほかないでしょう。
なのに、ミレイユは眉間にシワを寄せて
「あんたの目、おかしいわよ」
なんて言うもんだから、私もここは譲れないから、つい握り拳で熱く言う。
「おかしくないですよ。顔は最高級ですっ」
「は?大したことないわよ」
「いいえ、大したことあります」
「あんた見る目ないの!?」
「あなたこそっ」
「絶対にっ、顔はイヴェール様のほうが数倍も上よっ」
そう強く言ったあと、ミレイユはしまった!って顔をした。
余計なことを言ってしまったって様子だ。
「イヴェール、様?」
初めて聞く名前に、私も言葉を止める。
誰?……騎士さまより、数倍も上って言う程の美しい顔だなんて。すっごく気になるじゃない?
あ、いやいや、そうじゃなくって。
アレクシス様に敵対する側の人物だし。それは、危険な存在かもしれないし、心配で気になる!
「イヴェール様は偉大な魔法使いよ。この世界を素晴らしいものに変えてくださるのよ」
「偉大な魔法使い?この世界を変える?」
「この見せかけだけの作り物の世界なんて、反吐が出るわ」
ミレイユの顔に浮かんだ苛立つ様子が、いくつかのことを教えてくれる。
この国のこと、この世界のこと、まだ私は少ししか知らなくて、この綺麗な世界の一部分しか知らないのかも知れないけど、ミレイユが慕うイヴェールという魔法使いは、この国を守ろうとするレイやアレクシス様たちとは反対組織か何かで、この世界にとって危険な存在だってことはわかった。
「そろそろ無駄な話も終わりにしましょうか。白馬の王子様も来ないみたいだし」
不敵に笑ったミレイユが、スッと左手をあげる。
すると、傍に控えるようにいたドラゴンがのっそりと身体を起こす。
私はその瞬間、少しずつ近づいていたアンジェリカ王女の腕を引っ張り、すばやく抱き寄せた。
私の身体で幼い姫を覆い隠すように抱き締める。目だけは、ミレイユとドラゴンから逸らさない。
「そんな子、守ったってなんの得もないわよ」
侍女だったはずの彼女は、あっさりと言った。
「得とかそんなんじゃない!私は、アンンジェリカ王女が好きだから。産まれてきた意味がないなんて、そんなことないから!この姫にだって、幸せになる権利はあるし、幸せになって欲しいからっ!」
叫ぶように私はそう言って、幼い体をぎゅうっと抱き締めた。
「あっそう」
ミレイユは興味なさそうに言った。
「どうしようかしら。あんたたちじゃ、イヴェール様の土産にもならないし、お前、お腹空いた?」
ドラゴンがグルルル…と喉の奥を低く鳴らしている。
「あまり美味しくなさそうだけど、別にいいわよ」
ミレイユが口元に笑みを浮かべながらそう言うと、ドラゴンの赤い舌が見える口から、涎がぬたりと垂れ落ちてく。
どうしよう!誰も来てくれない。
考えなきゃ!
守れるのは、私しかいないっ!
諦めちゃダメだ!
そのとき、ふと自分の右手が視界に入った。
なんか手首あたりに、うっすら光と熱を感じた。ような気がする。
『白銀の姫』
ふと、その名前が脳裏を過った。数日前に夢かわからないけど、思念を使って私に会いに来て、私を守り力を貸す者って言っていた。
『困ったときは、私の名を呼んで。呼べないときは、念じて。そうすれば、あなたの宝石が力を貸すでしょう。力は弓に、守りは盾に。あなたならきっと使えるはずです』
夢だったとしても、厨二病でもなんでもいい!
望まないより望んで、やらないよりやったほうがいい!少なくとも、今はっ!
お願い助けて!!白銀の姫っ!!!
ふいに右手首が強く熱を帯びて、いつの間にか金の鎖が強い光を放っていた。




