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第33話 闇の中の二つの影

ふと夜中にパチリと目を覚ました私は、見慣れない薄暗い天井が目に入った。


そっか……。私、お城に泊まってたんだ。

使用人達に当てられた部屋だ。無駄な装飾はないけれど質素というわけではない、シンプルな部屋。

私はここにメイドとして、今夜は泊まっていた。


ベッドの右側に顔を向けると、大きな窓の向こうに明るくて、まるい月が見える。

異世界の月。

自分たちの世界で見上げていた月よりも大きくて、さらに黄色く輝いて見える。


……レイ達は、無事に魔物を退治出来たかな。


そんなことを考えながら、ぼんやりと大きな月を眺めていると、ある異変に気がついた。

なんか、部屋の外が騒がしい?


どうしたんだろう?

私はベッドを降りて、裸足のまま戸口のほうへ向かった。

少し開けたドアの隙間から廊下を覗き、顔を出してみる。

キョロキョロとしてると、私の名を呼ぶ声がして、慌ててそちらの方を振り向いた。


「ルーセル!」

ルーセルが珍しく、長いスライドで駆け寄ってきた。

彼でも走ることあるんだ。宰相の彼って、いつも優雅に立っているイメージがあるから


「どうしたの!?何かあったの!?」

ルーセルは鞘に納められてはいるが剣を手にしていた。

「キミが無事で良かった。裏門で侵入した魔獣がいて、少し暴れているらしい」

「魔獣!?」

「ああ。あいにくレイも今夜はいないから、俺がちょっと行ってくるよ」

「ルーセルが!?」


ルーセルは騎士ではないのに、大丈夫なのだろうか。

彼は、私を安心させるように大きな手を私の頭の上にぽんと乗せて、微笑んで言った。

「大丈夫だよ。俺はこう見えて魔力は強いからね」

ルーセル……とても甘くて優しいスミレ色の瞳(め)をして、物騒のこと言ってるよ。

「ただし、キミは部屋から出ないように、いいね。ここで待っていて」

「う、うん」

私はコクリと大きく頷くと、彼に背中を押されるようにして部屋の中へと戻った。


部屋の外の音は去っていき、あたりは再び静寂に包まれた。

耳をすますと、何やら獣の声のようなものと人々のざわめきが聞こえるのは、裏門だろうか。


私は目が冴えて、布団の中に戻る気にもなれず、大きな窓の傍に立った。

そこから何気なく、自分のいるところから続いている城の建物の上の方を見たとき、二つの人影が見えた。


見間違い?

目を凝らして見る。

やはり城の屋上らしきところに、誰かが二人、向き合って立っている。


こんな真夜中に、いったい誰が?どうして?


ここからじゃ、遠すぎて顔は見えない。姿もはっきりとはわからない。

でも、きっと見過ごしてはいけない気がして、必死で目を凝らしてみる。


二つの影は、対峙しているように見えた。

どちらもドレスのような長いものを着ている。女性だろうか?

一人は、シルエットからして、大人の女だ。

もう片方は……、子供なのか、小さい。


……女の子?

私の持つ少ない情報をかき集める。

確かあちらの棟には、王様の家族、つまり何人かいる夫人とその子供たちが住んでいたはず。

アレクシス様は第一後継者で皇太子だから、執務を行う城の中心にあるこの建物で生活しているけど。

あの小さい人物は、この城の姫なのだろうか。


ふと昼間、庭園で出会った幼い王女の姿が頭を過よぎる。

ええと、確か、アンジェリカ王女っていったっけ!

そう思い当たると、もうあの人影は、あの幼い王女に見えて仕方がない。


私、どうしたらいいのだろう……

ルーセルにこの部屋にいるように言われたし。

でも、もし……


もしも、本当に王女様だったら?

ううん、王女様でなくとも、こんな夜中に屋上に子供がいることがおかしいよね。

これを放っておいて、取り返しのつかないことになったら……


ルーセル、ごめん……!


私は腹を決めて、傍にかけてあった丈の長い羽織を掴むと薄いネグリジェの上に引っ掛ける。そのまま急いで廊下に出ると、影の見えていた建物の方へと走り出した。

途中、アレクシス様に知らせようと彼の部屋へ向かったが、執務室にも私室にも彼は居なかった。

仕方がない、ここで時間を費やすわけにはいかない。


アレクシス様は諦めて、私は再び走り出した。

すると、途中で顔見知りの使用人に出会った。

ルーセルかアレクシス様に伝言を伝えて貰うよう頼むと、彼はかなり引き気味に「わわ、わかった」と了承してくれた。

もしかして私の必死な形相が、恐ろしくヤバかったのかもしれない。

私は、もう一度「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げると、慌てて駆け出した。


長い廊下を駆け抜けて、城の上部へと続く古く小さな木の扉を開ける。

鍵は掛かっていなかった。

扉の向こうには、薄暗く冷えた石の螺旋状(らせんじょう)にのびた階段が続く。

石の壁には窓は無いが、なぜか蝋燭(ろうそく)に明かりが灯されていた。

先程、屋上に見えた影の人物が付けたのかも知れない。


どのくらい登ったのだろう。

普段、運動しない私はすでに息切れもして、心臓も煩(うるさ)いほどにバクバクしてたけれど、今、立ち止まるわけにはいかないっ!と自分に叱咤(しった)して、足を一生懸命前へ前へと出し続けた。


ああ、自分の太ももが重た過ぎる……

もっと運動して鍛えておくとか、もう少し脚が細ければ良かった。

私たちの世界へ戻ったら、スポーツジムへ通うとか、もう少し体鍛えよう。


私は内心ぼやきながら、なんとか階段の一番上までたどり着いた。

そして、息を整える間もなく、私はそのまま上に辿り着いた勢いで、体当たりするように重い木の扉を身体で押し開け放った。


ばああぁぁぁんん!


あ、風のせいで勢いついちゃった……


なんの躊躇(ためら)いもなく、なぜ私にそんな事が出来たのか。いつもの私ならそんな勇気はないと思うのに不思議だった。


きっと異世界に来て、聖女や勇者のように私にも何かが出来る!

……そう思ったのかも知れない。

厨二病だわ。


でも、眼の前の光景を見たとき、今すぐ扉の中へ回れ右をしたくなった。


月明かりに照らされた二つの影。ひとつは女の子だった。

思ったとおりで、ネグリジェ姿のままのアンジェリカ王女。

対峙している女は、見覚えがある。今は長い髪を下ろし風に靡なびかせているけれど、昼間、王女を探して迎えに来た侍女だ。

なんて名前だっけ。

……ええっと、そうだ。ミレイユとか言っていた。


そして、ミレイユの横に控えるようにうずくまっている、なにか大きい獣ような黒い塊。

ゆっくり開けた眼だけで、こちらを見る。

私はそれだけで息を飲んだ。

ギロリ、と黒い塊の中に光る金色の目。


たぶん、ドラゴンってやつ!


嘘でしょ!?私なんかにどうにかできることじゃない!

ごめんなさい!って、扉の中に戻りたいところを叱咤して、なんとか踏ふみとどまる。


こ、ここは、大人として、幼いアンジェリカ王女を助けなければっ。

「な、なにしているんですか!?」

上擦(うわず)った甲高い声になってしまった。

ダメだぁ~、声ですでに負けた気がする。


ゆっくりと数歩近づくけれど、隣に控えてたドラゴンがのっそりと顔をあげたので、私はそこで足を止めた。というより、止まってしまった。

でも、二人の表情が見て取れるまでに近づいていた。


アンジェリカ王女は、操られているのだろうか。ただぼんやりと前だけを見つめていて、目は虚(うつ)ろだった。

ミレイユは白く長いドレス姿で、細い身体が月夜に浮かび上がり、冷たく光る薄い紫色の瞳が、いっそう彼女を神秘的に見せた。


深呼吸を繰り返し、なんとか自分を落ち着かせる。

きっと大丈夫!

さっき伝言頼んだから。このことを知ったルーセルかアレクシス様が助けにここへ来てくれる。それまでの時間稼ぎだ。なんとか足止めをして、そこまで耐えればいい。


それなら私にも出来る。たぶん……。

ううん、やらなければっ!

今、この幼い王女を助けられるのは、私だけなんだから。


私は身体の横で握りしめた手に、グッと力を入れた。

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