第26話 妖精が見えますが、何か!?
私たちは階下に降りようというときになって、このほうが早いからと、レイがそのまま地面へと飛び降り、屋根の上にいる私に向かって、「さあ!」と両手を広げて呼んでいる。
ええと、これは、さあ!俺の胸に飛び込んでこい!って、今、私は言われているのでしょうか!?
「大丈夫!俺がちゃんと受け止めるから!」
……やっぱり、そうだった。
確かに、そんなに高くない屋根だし、二階の床より低いくらいの高さだろうから、飛び降りれないこともないだろうけど……。私の場合、多分すっ転ぶし、足もジーンって痛くなりそうだから、受け止めてくれるのは有難いけど、いろんな意味で問題がありますよね!?
「大丈夫だよ、俺は近衛騎士団長なんだからさ」
どんな自信……?
でも、そうよね。レイは普通に受け止めてくれるって言ってるのに、私がここで照れちゃったら、なんか意識しちゃっていやらしいよね。
よし、気にしないでいこう!
「う、うん。わかった!お願いね」
「よし。さあ、来い」
「行きまーす」
て、私が飛んだ瞬間。
「バウゥン」
「うわあっ!スノウ!?」
大きな白いもふもふ犬のスノウが尻尾を振りながら、レイの脚にタックルするのが見えた。
レイはよろけながらも私を抱きとめてくれて、そのあと気がついたら、私はレイに抱きついたまま彼を下敷きに地面に二人して倒れていた。
ん?おでこになんかあたたかくて柔らかいものが?
私が顔をあげると、すぐ傍にレイの顔があった。
えええっ!?もしかして、今のは彼の口唇!?
「ご、ごめん」
彼が頬を赤くして目を逸らしたから、そういうことだ。
「わあぁ~!ごめんなさいっ。今すぐ退どきますね!……痛っ」
起き上がろうとしたら、私の髪の毛が彼のシャツのボタンに引っ掛かっていた。
「あ!そのまま!ちょっと絡んでるだけだから」
レイが私を胸に抱いたまま、髪の毛を外す。
私は彼の胸に顔を埋うずめたまま、きっと真っ赤になっていた。
「ごご、ごめんなさい。重たいですよね」
「ミツキくらいなんとも無いよ。俺は騎士だ。日頃鍛えてるからね。軽いって」
「え?だって、初めてこの世界に来た時に、重たいって」
「ああ、だって、なかなか俺の体の上だって、気づいてくれないからさ。いつまでも上で寝ていられたら、さすがに恥ずかしいだろ?はい、取れた」
「……あ、ありがとう」
私が両手をついて体を起こすと、私がまるでレイを押し倒してるような格好になった。当たり前なんだけど。
お互い目が合ったまま、なんか変な空気が流れる。きっと私、顔、真っ赤……。
「あんたたち、いったいそんなとこで何してるんだい!?」
モーリィの呆れた声に一気に時間が流れて、私たちは「わあぁ~っ!」と立ち上がると、彼女に慌てて事故だったと説明をした。
私たちは家の中に入り、モーリィが洗ってくれたレイの服を受け取った。
洗って干してくれたけど、まだ少し湿っている。
これくらい大丈夫と、レイは呪文を呟いて、パチンと指を鳴らした。
ふわふわっと風が起こってシャツが膨らむと、もうシャツは乾いていた。
「わ、魔法って便利だね!」
この世界でも、みんなが魔法を使えるわけではないって言ってたから、モーリィは使えないのかもしれない。
「小さな風を起こしただけだ。俺は、こんな簡単な魔法しか使えないけどね」
彼は笑ってそう言ったけど、それは嘘だなって、思った。
きっと彼は、もっと強い魔法が使えるのだろう。なんとなくだけど、そう思う。
そのとき、すぐ目の前の木のテーブルの上に、緑の上着と緑のパンツ、そして緑のとんがり帽子をかぶった妖精が、ちょこんと腰掛けていて、私を見てクスクス笑っているのが視えた。
「もしかして、いまの風はあなたが手伝っていたの?」
妖精が手を口に当てると、再びクスクス笑ってどこかへ飛んで行ってしまった。
私がそれを目で追っていると
「見えるのか?」
と、レイが息をのむように驚いた顔をして、小声で言ってきた。
とても真剣な顔をしている。
同じ部屋の少し離れたところで、作業をしているモーリィに聞こえないように気にしているようだ。
「妖精のこと?」
私が小声で聞き直すと、レイはスッと唇に人差し指を立てる。
内緒ってことね……
彼は、少し怖いくらい真剣な顔をしている。
どうして?
……この国でも、妖精が見えるって、良くないことなの?
その後、レイは話を切り替えるように顔をあげて、モーリィへにこやかに明るい声をかける。
「モーリィ、また来るよ!」
「ああ。今度はおじいさんがいるときに来なよ」
「そうする」
「レイ。いろいろ大変だろうけど、あんまり無理するんじゃないよ」
レイは一拍おいて、大丈夫だよって笑って言った。
帰り際、私たちを見上げるスノウの黒いまあるい瞳がうるうるして、なんとも後ろ髪引かれて、離れがたかった。
私はスノウの首に腕を回して、ぎゅう~っと抱きしめると、しばらく離れることが出来ないでいる。
「すのぉ~~~。ふえ~~~ん……」
「ほら、行くぞ。また会いに来ればいいじゃないか」
レイがそんなことを言ったけど、だって私は自分の世界に帰ったら、もう来れないもん。
それに、レイだってスノウの頭撫でて、何度目かの「またな」て言いながら、離れ難がたそうにしてるよ?
スノウは座ったまま尻尾をぶんぶんと振って、答えていた。
別れを散々惜しんだ私たちは、家の前に座ったスノウに見送られながら、先程登ってきたゆるやかな坂道を今度は下っていく。
坂を少し下ったところで、レイが言った。
「ところで、妖精が見えるって本当なのか?」
「えっと……、うん」
「それが見えるのは、いつからだ?」
真剣な声音だ。
別にこの世界には見える人がいるって、エリザが言っていたから、おかしなことではないよね。
「……?子供の頃から……だけど」
レイは一瞬立ち止まり、見てわかるくらいに驚いている。その表情があまりに真剣だから、見えるのは良くないことなのかと思えて、だんだん自信がなくなってきた。
声も自然と小さくなっていく。
私が見えるのは、やっぱり良くないことなの?
「子供の頃?……それは、あんたの世界にいるときから見えてた、ってことか?」
「え、うん。大人になるにつれて、いつのまにか見えなくなっていったけど。でも、ここに来てからまた見え始めたの」
「なんで……」
「?……でも、この世界では、見える人もいるんでしょ?エリザが言ってたけど」
「エリザ?……あんたの同僚の子か」
あ、エリザのこと、知ってるのかな。
レイは顎に手をあてて、何か考え込んでるようだった。
しばらく沈黙のあと、彼は深く息を吐くと、慎重に言葉を選ぶように言った。
「この国で妖精が見える者は、何かの力を持っている場合が多い。だけど、あんたはこの世界の者ではないのに、不思議だ……。もしかして、あんたの両親って、この国の者だったりするのか?」
「ううん、そんなことは聞いたことないよ。ママもパパも」
「いま二人は?」
「……もう、いないわ。パパは子供の頃、事故で。ママも昨年、病気で亡くなって、兄弟もいないから、家族はいまは私一人」
レイは再び足を止めて、私のほうを見る。そして、そうか……と小さく呟いた。
「ごく稀に、別の世界の者の中にも、見ることのできる者が存在することがある、とは書物で読んだことがある。だが、それもずいぶん昔の事だと。その場合、特殊能力の有無はわからないが」
「ええ!?私は、何も特殊な力なんて、持ってないよ。ほんとに普通すぎるくらい普通だよ」
「……普通すぎる?」
ん?そこ?
「魔法はもちろん使えなし、特殊な力も何もないし、ほんと別に、自慢できることも、なんの取り柄もない子だよ」
「………………………」
彼は何も言わず、ただ黙って私を見ていた。
私は彼に話しながら、そう考えたら、自分にはホント何もないかもって思えてきた。
派遣の仕事も終了して、これだ!これに打ち込んでるよ!って言える趣味もない。
そこそこにスマホでゲームしたり、推しはいるけど、私はこれめちゃくちゃ頑張ってます!って言うのとは、ちょっと違う。
もちろん、現実の恋愛も、ない。
…………あれ?
……ほんと、私って何もないのかも?
なんの変哲もない毎日に時間だけが流されていく……
なんか、ちょっと、切なくなってきたな……
家々が並ぶ辺りに入る前に、レイは歩みを止めた。
「この世界でも妖精が視える者は、そう多くはない。少ないうえに、そういった者は、何か特殊な能力を持っているか、強い魔法が使える者が多い。もちろん、必ず力を持っているとは限らないが、やはり見えると言えば、そういう目で見られてしまうし、嫌でも目立つ。悪いことを考える奴らに、利用され悪用されることもあるんだ。だから、異世界から来たあんたが見えるともなれば、なおさら危険に巻き込まれるかも知れない」
そんなふうに考えてなかった。
だって、二週間ほどで元の世界に帰っちゃうし、妖精が再び見えるようになって、楽しいとすら感じていたのに。
どうしよう……
まっすぐに私を見るレイと視線が合う。深いコバルトブルーの瞳が、静かにじっと私を見ている。
この世界で私が知っている人は数少ない。
その中で、本当に信頼できる人は誰だろう。
レイは?
信用していいの?
この世界へ来るとき、穴に吸い込まれたときから、私を助けてくれたのは、いま目の前にいる彼だった。
傾いた陽がオレンジに彼を縁取る。
ほんとに綺麗な人だ。
彼は私のこと、本当に心配してくれてる。そう思いたかった。
「あんたがなぜ見えるのかは解らない。残念ながら俺は、勉強はそこそこなんだ。癪だけど、ルーセルなら何かわかるかも知れないから、あいつに一度聞いてみよう。だから、あんたは妖精が見えることは、あまり他人に言わないほうがいい」
「……わかった」
そのあと妖精の中にも、人に好意的な妖精、イタズラ好きな妖精、悪い妖精、いろんなタイプの妖精がいるから、気をつけなければいけないということ。
魔法にも、呪文を唱え自らの魔力を使うものもあれば、妖精の力を借りることもあって、妖精使いと言われる人もいるということ。
レイの場合は、自らの魔力で魔法を使うことと、さっきシャツを乾かしたときのように、妖精が見える力を使って彼らと会話をして、妖精の力を借りることもできるらしい。
妖精と魔法について、レイにいろいろなことを教えてもらいながら、家路についた。




