↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳が溶けるほど大好きなんだ ~クラスの1軍女子は耳舐めASMRを愛しています~  作者: 荒矢田妄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/26

第26話 もう一度私を推してよ

 正直「何言うとんねんコイツは。そんな訳ないやろ」と思いつつ遠野の「だーいじょうぶだって!」との底抜けに楽観的な励ましの言葉を聞いていたが、結果としては遠野の言葉が正しかったと言うほかない。その後も教室内はびっくりするほどにいつも通りだった。誰も彼も、騒動の当事者だった羽咋でさえも、俺に関わる話をしている様子は見られない。なんだろう、あの騒動そのものが、そもそも無かったことのように扱われている気がする。

 けれど、皆の態度がどうであろうと、あれが実際に起きたものであることを示す証拠も、確かに存在していた。


 にわかに流行り始めているのだ。ASMRが、このクラス内で。


 初めは陰キャ連中からだった。ある日の休憩時間、これまで二言三言くらいしか会話をしたことがない奴から突然声をかけられたのだ(俺の記憶が正しければ、確かこいつはTCGオタクだ)。


「あ、浅村……。君って、その、かなり詳しいんだっけ? ASMRってやつに。じ、実は俺も最近興味があって、何かオススメとか、あれば聞いてみようかななんて思ったりしててさ」


「お、おお……。そりゃいいんだけどさ、ざっくりオススメをって言われてもなかなか難しいんだよな。どんなのが好きなんだ?」


「え? いやあのー、何かが好きと言えるほどまだASMRへの造詣も深くないので、どんなのと言われてもなかなか……」


 もごもごとはっきりしない奴だな。


「ほら、例えば妹が好きとかギャルが好きとか。耳かきとかネイルタッピングとか、オイルマッサージとか耳舐めとか……」


 この前のことで恥も外聞もなくなったので、何も気にせずつらつらと言ってやったが、そいつは「ひ、ヒィ! ふ、普通! 普通ので!」と言うばかりでどうしようもない。ならまあ、スタンダードな耳かきとかネイルタッピングとか、囁き声無しの動画とか、そういうのをいくつか紹介してやった。そして、俺の勘違いじゃなければだが、恐らく周りでその声に耳を傾けているやつが何人かいた。


 ここで俺は思い直した。なるほど好きなASMRのジャンルを公開することは、自分の性癖を公開することにも等しい。もはや無敵の人となった俺だって、ほんの少し前まではそうだったはずだ。周りにバレないように聞ける方法があるといいよな。

 半分冗談のつもりで、WEB上でアンケートフォームを作った。項目はシンプルに二つ、どういう作品が聴きたいかと、URLの送り先のみ。投稿主は匿名でよし。これならば、質問主のプライバシーは守られる。リンクをQRにしてA4の紙に印刷し、教室後方の掲示板に「浅村への問いはこちら」と文言を添えてペタっと貼っておいた。


 当日中に、十七件の問い合わせが入っていた。


 マジかよ面倒だなと思ったが、自分で始めたことだ。一件一件の要望を見て、丁寧にそいつに合うASMR動画を斡旋してやった。みるみるうちに、教室内でイヤホンを着用する奴が増えていった。昼休みにもなれば、大半の奴がイヤホンを着けて机に突っ伏している始末だ。


「なんか、活気のないクラスにしちゃって申し訳ないな……」


 さして変化のない、数少ない一人である堂前にぽつりと漏らす。


「そうですかな? 私には、皆の顔が以前よりも輝いて見えますぞ。性癖という、本来であれば隠し通されるべきものを受け止め、容認してくれ、そしてそれを心ゆくまで味わうことができる。なんと幸せなことでしょうか」


「そ、そんなもんか?」


「そうです。それに、こういったことはメリハリですから。この時間があることで、皆の学生生活により一層の張りが出たように、私は感じますな」


「かなりポジティブな意見だとは思うけど……。ま、ありがとな」


 なんのなんの、と堂前は言う。


「ところで堂前。お前はいいのか? 俺に任せてくれれば、極上のASMR作品をお届けするぞ?」


「ははは。ありがたい申し出ですが、ここは遠慮させていただきます。私の鼓膜を預ける相手は、すでに決まっています故」


 そう言って堂前はワイシャツのボタンを少し外し、中に着ているTシャツをちらりと見せてくる。もはや見紛うはずもない。堂前の愛する女、らぶ⭐︎ぱんの月ノ瀬あかりがそこにはいた。そうだな、お前はそういう奴だったなと俺は内心で笑った。こんな奴だからこそ、俺は堂前を心から尊敬できるんだ。



 

 えーとなになに……? 『散髪ものでおススメを教えて』『年下のお姉さん(できれば十歳くらいだと可)に叱られながら耳をいじられる系のやつ』『ドSな執事が私を看病。汗かいた身体を拭くとか。なるべく無感情だと嬉しい』『古くて厚めの本をめくる漢字の音が好きです。後ろで雨音とか入ってると最高なんですが、そういう作品ってあったりしますか?』『メスガキスライム娘に耳から脳内を支配してもらいたい』か……。


 アンケートフォームに届いた問い合わせを見て、俺はポリポリと頬をかく。ありがたいことに大変ご好評いただいているようだけど、段々と要求がコアになってきている気がする。大丈夫かこのクラス……? いや、ここは堂前の言葉通り、本当の自分をさらけ出す場を作れて良かったと思うようにしておこう。

 どいつもこいつも限定的なシチュエーションをご所望だが、それ故に迷うことなく推奨作品を自分の脳内メモリから引っ張り出すことができた。パチパチと返答を打ち込んでいると、新たに一件の問い合わせが入っていることに気がついた。


『明日 放課後 いつもの場所で』


 それは所望するASMRのリクエストでもなく、返信先のアドレス情報もない、短いメッセージだった。当然ながら匿名。しかし、このフォームの入力ルールから逸脱するような問い合わせをしてきた主の顔は、はっきりと脳内に思い浮かべることができる。




 ガタッガラリと、何かに引っかかるっような感じを受けながら扉をスライドさせる。初めてここに来た時から更に建付けが悪くなったみたいだ。

 放課後の文学部室には愛知の姿はない。ただ、ボリュームのある巻き髪が机の上にはらはらと広がっていた。いつぞや見たような光景。遠野藍音が突っ伏して寝ていた。


 人を呼びつけておいて寝てやがるとはどういうことだ? ひっそりと非難がましい視線を遠野に向けつつ、俺は少し離れた椅子に腰掛ける。ギギっと、椅子の足が床に擦れる嫌な音が鳴って、遠野は「んん……」と少し声を漏らすと、俺が座っている方へ顔を向け、再度すぅすぅと寝息を立て始めた。


 思いがけず遠野の寝顔を直視する格好となり狼狽えたのも正直なところだが、俺は遠野の顔から視線を外すことができないでいた。あまり良くないことだと分かっていながら見続けてしまったのは……。うん、まあそうだな。ただ単に、見ていたかったからだ。


 パチッ、と。遠野の両目が突然見開かれた。少しギョッとして「うおっ」と声を漏らしてしまったが、それ以上に遠野の「うわわっ!? やべっ!!」という声が大きくて、それに完全にかき消された。


「あっちゃー寝ちゃってたー! やばいやばい……って、あ、浅村!? なんだよ来てたんなら声かけてよー!」


「わ、悪い。気持ちよさそうに寝てたもんだから、邪魔するのも悪いかなと思って」


「いや、私が呼んだんだからさ。気にせず声かけてよ。……あ、それともあれ? 私の寝顔を見ていたかったとか?」


 まさしくその通りだったので、「え、えっと……」と分かりやすく口ごもってしまった。狼狽える俺の様子を見て遠野は目を丸くし、「え? ま、マジ……? 冗談の、つもり、だったんだけど……」と呟き、赤くなる顔を隠すようにそっぽを向いた。

 気まずい沈黙を誤魔化したくて、俺はこほんとワザとらしい咳ばらいをひとつした。


「で? 今日俺を呼びつけた目的は何よ?」


「あ、そうだったそうだった。いやー、待ってる間に眠っちゃって、最初の目的を忘れてた」


 遠野はそそくさとスマホを操作すると、俺にイヤホンを片方差し出してきた。受け取れ……ということだよな? とあまり自信なく手を出すと、ぽとりとそこにイヤホンを落とされる。続けて遠野は「ん、ん」と自分の耳を指し示した。着用しろってことなんだろうけど。

 いいのか? と聞くと、「耳に着ける以外にイヤホンの使い道なんてあったっけ?」と返ってきた。俺が気にし過ぎなのかなと思いつつ、左耳にイヤホンを装着する。


「こんらぶ……。お前ら、久しぶりだったな。私に会えなくて寂しかったろ? 今日はお前らのために、耳かきをしてやるぞ。どうせ耳垢溜まりまくって汚いんだろ?」


 イヤホンから聞こえてきた声は……聞き間違うはずもない。

 草原を抜けるそよ風のように耳をくすぐる、清涼感のある声。なのに、陰のオーラ溢れるトーク。音野らぶちの配信だ。


 どういう意図なのか図りかねて隣を見ると、遠野は頬杖をついて顔を背けていた。その表情はうかがい知れないが、髪の毛の間からわずかに見える耳元はゆでだこのように真っ赤だった。


「遠野、どういう……」


「前に!」


 俺の言葉に被せて遠野が言った。


「い、言ったでしょ。私くらいの配信者にとっては、一人のチャンネル登録者が大事なんだって。で、その……だから、ね」


 頬杖をついたまま、遠野は俺に視線を向けてきた。その顔はほとんどが手のひらに覆い隠されていたが、恥ずかしげに潤んだ瞳が、その心情をッ雄弁に物語っているようだった。


「また、推してよ。私のこと」


 どくん、と。肋骨の下で心臓が跳ね上がるのを感じた。それと同時に、ぞわりと全身の感覚が開くような気がした。自分の鼓動が痛いほど耳に響く。まるで心臓が五倍に膨らんだかのようだ。


 窓の外からは生徒達の声。この頃ボリュームを増し始めている虫達の声。そして遠野の息遣い。その全てが、はっきと明瞭に俺の鼓膜を揺らしている。左耳からは「かり……かり……」とらぶちの声。どうやら耳かきは右耳から進行中らしい。


 ごくり、と生唾を飲む音を誤魔化すように、俺はガシガシと頭をかいてスマホを操作し、音野らぶちのチャンネルを再度登録する。その画面を見せつけると、遠野は嬉しそうに笑った。


「へへ……。また、よろしくね」


 心の中に浮かんでいる言葉はあった。けれど、どうにもそれを自然な形で口にできる気がしなくて、それを誤魔化すように俺は「耳かき音のクオリティは要改善だな」と憎まれ口を叩いた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。