517 白百合 VS 竜胆
カン! カン! カン!
もわっとした熱気が籠もる中、木剣のぶつかり合う音があちらこちらで響く。
剣術訓練場では、今日も魔法剣士科の院生達が剣を交えていた。彼らはまだ学生の身でありながら、この度の瘴気に汚染されたダンジョンへの出征が決まっており、その所為か訓練場内はどことなく高揚感と緊張感に支配され―――
「「「キャァーッ!」」」
「「「キャー、キャー、キャー!!!」」」
ている筈なのだが、それらは訓練場の一画で発せられる女学生の一団の黄色い声に掻き消されていた。なお、彼女達が送る声援は、ほぼ一人の人物に向けられている。
「キャーッ! お姉様っ、頑張れー!」
「白百合の君、素敵―っ! かっこいいー! 」
「小百合様っ、そんな男なんてコテンパンにやっちゃえ!」
ご存じ凜々しき女剣士、高砂小百合、通称“白百合の君”である。
「「「キャー、キャー、キャー!!!」」」
…………。
ねえ、この声援って訓練の邪魔じゃ無い?
木剣で打ち合いの最中にこんな喚声を上げられたら、集中力を乱して危険な気がする……と、私なら思ってしまうのだけれど、本人を含め周りも平然としている。
これが日常の光景なのだろうか?
ブンッ!
白百合の君が木剣を振り下ろす。
「「「キャァーッ!」」」
黄色い声が飛ぶ。
カンッ!
白百合の君が相手の木剣を受け止める。
「「「キャァーッ!」」」
ズサッ!
白百合の君が木剣を突き出すと、対戦相手はドーンと見事に吹き飛ばされた。
「「「キャァーッ! 強い! 素敵! 最高―っ」」」
凄い威力。剣筋が速すぎて全く見えなかった。
こわ、私、あんなのに追いかけられた訳!?
あの時捕まっていたらどうなっていたのだろう? エピさんにはもう感謝しかない。
高砂先輩に吹き飛ばされた対戦相手は、黄色い歓声の中、ヨロヨロと立ち上がった。派手に飛ばされたけれど、防御魔法が掛けられているから、怪我は無いようだ。頭をクキクキと左右に傾けた後、勝者に一例。その場から退場した。
いや、君も良くやったよ。さすが騎士科の学生、私なら瞬殺されてたね。
なんて、初心者に毛が生えたような腕前のくせに偉そうなことを思ったりして……そんな私がこの場に居る理由は、ええと、やっぱりアレだ。
世界を救うのは運命の娘である杏子の役目だし、モブのモブの私には無関係と一切関わらず傍観するつもりでいたんだけれど…………
罪悪感が半端ない。
だって、これから起こることを知っているのは、多分私だけなんだよ! だから、せめてもと思って、学校と政府と教会に無記名で投書したりした。
『聖女任命式で恐ろしいことが起こるので、充分注意してください。』
結果――――――、怪文書として取り扱われた。
「…………」
今回の軍隊派遣に反対している国民も少なからずいるらしい。ここ最近の相次ぐダンジョン封鎖によって一部の権力者がダンジョンから得られる利益を独占していると考えている者達がおり、デモやら怪文書なんかが飛び交っているとのことだ。
で、まあ、それらと同列に扱われた……と。
「…………ふっ」
結局、私はモブのモブ、ただの非力な女の子だよ。これ以上何をしろと?
精々、こうやって高砂先輩の様子を窺うくらいだよ。いや、高砂先輩の様子を見たからと言って、どうにかなるわけでもないけどね。ほら、何となく…………気休め?
高砂先輩はゲームの中では魔王の手下、ブラックリリィ……この間のこともあるし、もしかしたらもしかするかも……なんて…………ね。
「…………」
で、ホントどうしたらいい?
高砂先輩へ視線を向けると少女歌劇団の男役ばりに声援を浴びている。その対面に赤毛の剣士が姿を見せた。どうやら次の訓練試合が始まるらしい。対戦相手は……
「げ」
彼はこちらに視線を向けると、何を思ったか私の方へ一目散に駆けてきた。その姿はまるで尻尾を振って駆け寄ってくる犬だ。
「よお、明日葉、こんなところで珍しいな。俺の応援か?」
「はぁ? そんなことあるわけないじゃない」
駆け寄ってきた赤毛の犬、もとい剣士は、天城竜胆だった。
「照れなくてもいいぞ」
「いや、照れてないって!」
竜胆が私の方へ顔を寄せてくる。だから、コッチ来んな。整った顔立ちだけど、どちらかというと母親より父親似なんだよね。
「あれ、お前精霊なんて飼ってるのか?」
私の頭の上では三匹の精霊が飛び跳ねていた。いや、一匹は寝てるけど。
「え、見えるの?」
「ああ、見えるぞ。こんなもん飼うなんて、変わった奴だな」
「いや、飼ってないって」
こいつらが勝手に絡んでくるだけで、私は飼い主ではない。絶対にない。でも、精霊が見えるってことは、もしかして竜胆は……
「いくら金がないからって、こんなものを飼うなんて、趣味が悪りぃぞ」
「だーかーらー、飼ってないって言ってるでしょ! ちゃんと話を聞け。私が貧乏だからって馬鹿にして! 何でこんなに意地が悪いかな。あっち行……」
邪険に追い払おうとしてはたと気づく。確かこいつも杏子の聖女隊の一員だった筈。……この世界を救ってもらわなくてはならないし、少しは労っておかないと駄目かも……
「あー、えーと、もしかして、アンタ、精霊憑きなの? どんな精霊が憑いているの?」
ゲームでは、リンドウは火の精霊という未だかつてお目に掛かったことのない、何ともカッコ良い精霊の加護を受けてたんだよね。まさかこっちの竜胆も?
「へ? ん、あー、えーと、そんなことより俺はこれから高砂と模擬試合をやるんだ。俺の強くて格好いいとこ見せてやるよ。応援頼むな」
竜胆がニカッと笑う。何かはぐらかされた気がするけど……
「でもこの間の武闘会では、高砂先輩に負けたよね。コテンパンにやられてたよね」
「ば、馬鹿いうなよ。あの時はたまたま……、訓練じゃ負けてねーよ」
「えーっ」
疑いの目。
武闘会での高砂先輩は圧倒的な強さだった。でも、その強さは何というか……異質な何かのようで……やっぱり、ブラックリリィ……………………なのかな?
「おい、次の対戦、ちゃんと見てろよ。高砂に勝ってみせるから、俺の強さを証明してやる」
竜胆の声が私の思考を遮った。
「あ、え……でも、いくら高砂先輩が強いからって、連続で試合して疲れている相手に勝っても自慢にならないよね」
それって卑怯じゃん。
「おい、明日葉、ちゃんと俺を見てなかったのかよ。俺だってさっきまで模擬試合をやってたから、条件は高砂と変わらねえぞ。そもそも戦場で、『体力がー』何て甘っちょろいこと言ってたら、命が無いからな」
そう言われれば、竜胆の身体から湯気が立っていて、何だか汗臭いような気がする。頬も紅潮しているし。まあ、湯気は気のせいかもしれないけれど、汗臭いのは否定しない。
「え、普通にやると勝てないから、相手が疲れている隙を突いて優位に立つことを正当化しているようにしか思えないんですけど……」
「はぁ、お前な。普通に高砂より俺の方が強いって」
竜胆が後頭部をガリガリと掻くと汗が飛んだ。うわっ、汚い。精霊達もサッと避ける。
「武闘会でボロ負けしたのに?」
「おい、ホントに、ここ数日は負けてねえって」
「それまでは負けてたんだ……」
「いや、まあそれは……。確かに武闘会のちょっと前から高砂のヤツ、人が変わったように強くなりやがったけど、ここ最近は元に戻ったというか……いや、違うな。きっと俺が強くなったんだな、うん」
「は?」
何言ってんのこいつ。
でも高砂先輩は、ある時から人が変わったように強くなった?
じゃあ、やっぱり高砂先輩は―――
「こら天城、訓練中だぞ。油を売っていないで、さっさと私と手合わせ願おう」
わっ、びっくりした。
突然、竜胆と私の会話に割り込んできたのは、高砂先輩だった。
い、いつの間に……
「おや? 貴女は……?」
え、何? 私のこと探っている? もしかして、この間の私だって気づかれた? 冷や汗が背中を伝う。
「ああ、確か天城の幼なじみの…………こんな顔をしていたか? そうか、こういうのが好みなのか……」
「え? 何か言いました?」
最後の方、声が小さくて聞き取れなかったのだけど。
「ん、そうだな、恋敵に宣戦布告といったところかな? さあ、天城、訓練だ」
高砂先輩はにっこり笑うと、対戦場所へと竜胆を引き摺っていった。
「は、はぁ……」
え、どう考えても私が高砂先輩のライバルに成りようが無いんですけど……というか、やっぱりあの時私が見たのは間違いなくて、高砂先輩はブラックリリィで……もしかして、私、バッサリ斬られちゃう?
ふと、さっきの高砂先輩の爽やかな笑顔が脳裏を過った。
「…………」
本当に高砂先輩は、魔王の手下なのかな?
この間と雰囲気違いすぎて、よくわからない。あの日のことは、本当にあったことなのだろうか? 私の妄想? ああ、もう分からない!
高砂先輩と竜胆の対戦は長い打ち合いの末、辛くも竜胆の勝利で終わった。
「イヤーッ! 小百合サマー」
「お姉様に何するのー! ばかぁー! 男なんて死んじゃえー!」
「天城様かっこいいー」
「キャー! キャー! キャー! 白百合の君、負けても格好いいっ!!!」
訓練場では変わらず黄色い声援が飛んでいた。中には変なのが混じっているみたいだけど……




