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 テディの手が私の首筋に触れる。

 そこは、昨日ワルターさんが吸った場所だ。


「ワルターは吸血欲求を我慢できない。血を愛するぼくが言うんだから、間違いない。君の血はかぐわしすぎるんだ。この首筋の痕が、その証拠でしょ?」

「彼は寝ぼけていただけです」

「寝ぼけて首を吸っちゃうなんて、よっぽどでしょ。ワルターは僕の唯一の肉親だ。血に狂っているぼくを見捨てず、封印してでも救おうとしてくれる優しい兄だ。そんな兄が、勇者の末裔に殺されるなんて耐えられない」


 この場から逃げ出す手段は、私にはない。

 でも、戦う手段ならある。


 忍ばせていた魔導銃を手に取る。

 引き金に指を当てて、テディに向けた。

 殺傷能力は抑えてあると言っていたけれど、どうなるかわからない。

 銃口を向ける手は震えてしまった。


「やめてください、テディ。撃ちますよ」

「撃てないよ。君は善良な人間で、ワルターのことが好きなんだから。かわいい弟である僕を撃てるはずがない」

「……あなたもワルターさんが好きなら、その妻である私の記憶を消せるんですか?」

「消せるよ。ワルターに憎まれても、僕はあいつを死なせないために君の記憶を消す。吸血鬼の生きる時は長い。その一瞬を共にしただけの君のことなんて、ワルターはいつかどうでもよくなる」


 テディが首筋に当てていた手を、私の頭に乗せる。


 彼の言うとおり、私はワルターさんのことを愛しているからこそ、テディを撃つことなんかできなかった。


「ばいばい、アコナさん。あんたのこと嫌いでもなかったんだよ」


 テディの手から、私の頭の中に魔力が流れ込んでくる。

 抵抗のために、私は魔力で自分の記憶に刻み込んだ。

 記憶操作魔法に対抗できるかはわからないけれど、自分が自分を思い出すためのヒント。

 

 ワルターさんと禁忌を犯す。そうしたら、記憶は取り戻せる。


 視界が真っ白になり、ふっと意識を手放す。


 支えてくれたテディの腕の中で、私はワルターさんとの記憶をどんどんその手から取りこぼしていった。


 ***


「どういうことだ!? なぜこんなことをした!?」


 怒鳴り声が聞こえて、私は跳ね起きる。


 ここがどこなのかわからない。

 私が寝ているのは、ふかふかの大きなベッドの上。

 そこから見える家具はすべて年代物ではあるけれど、見れば一瞬で上等品だとわかるもの達ばかりだ。

 見渡す部屋はとても広くて、一人分の部屋とは思えないほど。


 そして、怒鳴り声をあげたらしい誰かがもう一人の男を殴りつけて振り返った。


 怒っているのか、その肩は荒い呼吸で跳ねている。

 白銀の髪は外の光を反射してきらめき、吸い込まれそうな赤い瞳はお姉様が持っているどの宝石よりも美しく見えた。

 美しい人だけれど、男性が怒っている姿は初めて見る。

 怖くて、上掛けを引き上げて顔を隠すと、その人はベッドの脇へと歩み寄ってきた。


「アコナ。アコナ、わかるか?」


 切羽詰まったような余裕のない声だ。

 なぜこの人は私の名前を知っているのだろう。


 そろりと上掛けをさげて顔を出す。

 こちらを見下ろす彼を見て、私はふと思い至ったことを口にした。


「……もしかして、赤い湖から救い出してくれたんですか?」

「赤い湖……?」

「私、その、昨夜赤い湖の縁で倒れていませんでしたか? 介抱していただいたようで、ありがとうございました」


 私は昨日、結婚式をあげるはずだった。

 初恋の人、マティアスとの結婚式だ。

 それはお姉様に奪われてしまい、果てにはお母様に血の湖に沈められた。

 そんな悲劇的な日の終わりに気を失ってしまった私を、彼は助けてくれたのだろう。


 なぜか困惑している様子の彼は、私を見つめて泣きそうに顔をゆがめる。


「あの、お礼がしたいので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 訊ねたところで、耐えきれないといった様子の彼が私を抱きしめる。


 戸惑いながらも振り払えないでいると、視界の端で殴られた灰色の髪の男性が、床に座り込んだまま私を苦しそうな目で見ていた。


「……ワルター・ディア・ディナス。俺は、君の夫だ」


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