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「悩むわ。とても悩むけれど、やっぱり青がいいと思う!」
「ほんとに?」
「本当よ。世界一かわいく見えるわ」
「うーん、かわいいアコナを信じよう! これくださーい!」
朝食後。
ピアナに身支度を手伝ってもらって、逆にピアナの身支度も手伝って、私たちはディナス家の屋敷を出た。
出かける際に見送ってくれたワルターさんは、ピアナにお金を持たせてくれた。
「メイドとしての特別手当だ」と彼がピアナに渡したお金は、メイドのお給金としては高すぎる金額だったけれど、彼なりの応援の気持ちだったのだろう。
ちなみに、私にもおこづかいをくれようとしたけど、丁重にお断りした。
「世話になっているお礼だ」と言っていたけれど、元手があればこっちが払いたいくらいだ。
ピアナはお給金だからと素直に受け取って、私に「服、買って行ってもいいかな?」と乙女チックに聞いてくるものだから、即オーケーした。
様々なワンピースを試着した結果、青のワンピースを着たピアナは可憐だ。
背中の大きなリボンが、彼女の愛らしさを引き立てている。
裾のレースも花をかたどっていて、とても素敵だ。
完璧な仕上がりになったピアナを、私は孫でも見るような表情で、うんうんと何度も頷いて見つめた。
「かわいいわ、ピアナ。これなら、店長もイチコロよ」
「そうかなぁ。子どもっぽくない?」
「そんなことないわ。胸元がセクシーだもの」
全体的にかわいらしいデザインではあるが、子どもっぽくなりすぎないように、胸元だけは黒いレースになっている。
ふんわりとした胸を強調してくれるデザインは、最高の出来だ。
「ユリウスもかわいいって言ってくれると、いいんだけど……」
「絶対に言うわ! 言わなかったら、私が店長を怒るわ!」
「それは理不尽じゃない!? アコナったら、あたしのこと好きだな~」
照れくさそうに笑うピアナは、恋する乙女の表情でたいへんに可愛らしい。
プティエへの道を歩きながら、私はずっと気になっていたことを訊ねてみた。
「ピアナが恥ずかしがるかと思って、今まで聞かなかったんだけど……。店長とは、どこで知り合ったの?」
そもそもふたりが恋人関係だったのかすら、曖昧なままだ。
聞きたいことは山ほどあるけど、最初は出会いから聞くべきだろう。
ピアナは思っていたとおり、「ええっ?」と、とても恥ずかしそうに答えた。
「ベタに酒場だよ、酒場! あたしは、まだ16だから飲めなかったんだけど、伝説ハンターとしては酒場と古い図書館は情報の宝庫だったから、よく行ってたんだ」
「もしかして、あの下町のガヤガヤしたところ?」
ワルターさんと深夜に行った酒場を思い出す。
確かあのとき、店長はカウンター席で飲んでいたんだった。
「そうそう! あの頃は、吸血鬼の伝説を追ってて、ディナス家が関係あるかもって突き止めたとこだったの。そしたら、そこと取引してるってユリウスが言うから話すことにしたわけ」
「それで、話が盛り上がったのね」
「話が盛り上がったのもあるんだけど……。なんていうか、もう一目惚れだったよ。カウンターの隅っこで寂しそうに飲んでる背中が色っぽくて、素敵だったな。取材だって、話しかけるための口実だったし……。告白はしようと思ってたんだけど、結局できなくて、って、もうあたし何言ってんだろ!」
羞恥心が限界に達したのだろう。
耳まで真っ赤になったピアナが、顔を両手で覆って呻く。
でも、私はもう店長の気持ちを思って胸が苦しくなっていた。
「店長……。夜になると、ずっとピアナをカウンターで待っているのかも」
「へ?」
「深夜デートの禁忌を犯しに行ったときも、店長はカウンターの隅っこに座ってたのよ。ピアナが帰ってくると思って、今もまだ待っているんじゃないかしら」
「そ、そんなことあるぅ? あたしのこと、ユリウスも好きっぽかったけど、数日間酒場で会って話してただけだよ? その後すぐにあたし死んじゃったし」
「きっと待っていたのよ。だから、喜んでくれると思うわ。大丈夫よ。私が傍にいるわ。笑顔で店長と会ってきて」
ワルターさんにもらった魔法を、ピアナに分けるような気持ちで言葉を紡ぐ。
この角を曲がれば、プティエはもうすぐそこだ。
歩調が緩むピアナを励ますと、彼女はすんすんと自分のにおいを嗅いだ。
「ふ、腐臭とかしない!? ゾンビってバレたら、嫌われちゃうかも……」
「香水のいい匂いよ」
「香水臭くないかな!?」
「そんなにきつい匂いでもないでしょう。大丈夫よ、ピアナ。私は、何があってもあなたの味方でいるから」
ワルターさんが言ってくれた言葉を、ピアナに贈る。
彼もこんな祈るような気持ちで、この言葉を言ってくれていたのだろうか。
ピアナが幸せになれますように。
傷つくことがありませんように。
そんな祈りを込めた言葉は、ピアナに届いた。
ピアナは唇を引き結ぶと、足を踏み出す。
一緒にプティエの前へとたどり着くと、ちょうど花束をつくっていたところだった店長の背中が見えた。
彼は客の気配に、こちらをゆっくりと振り返る。
鳶色のふわふわした髪を揺らして、店長の顔がこちらを向くと、ピアナの緊張が伝わってきて、私まで手を握りしめてしまった。
「ピアナ?」
店長の猫みたいな垂れ目が、思い切り見開かれる。
心臓の音が耳元で鳴っているみたいだ。
「おまえは、死んだはずじゃぁ……」
ピアナが、ひゅっと喉を鳴らした音が聞こえた。
「ピアナ!」
止める間もなく、ピアナは駆けだしていってしまう。
ピアナが死んだことを知っていたのなら、店長のその反応は通常だ。
だが、こちらは彼がピアナの死を知らないものだと思い込んでいた。
ゾンビだとバレたら、嫌われてしまうかもしれない。
そう不安がっていたピアナを思い出すと、胸が痛くて、店長に思わず言ってしまっていた。
「久しぶりに好きな子に会ったなら、まずは『かわいい』って言ってあげてほしいですっ」
「ごめん。いや、でも……本当に、ピアナなのか?」
茫然としている店長に頷く。
気付けば、私は彼の手を強引に掴んで店から引っ張り出していた。
「ピアナが好きなら、追いかけてください! 恥ずかしがり屋だから、あの子は本当に居なくなってしまうかもしれません!」
いきなり現れておいて、めちゃくちゃな話だと自覚はしている。
けれど、私はピアナの味方でいると約束した。
店長は動揺していたけれど、ようやく事態を把握したらしい。
手を引いてディナス家へと向かう私を、逆に引っ張って彼は走り出していた。




