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「ほら! あそこ。なくなってるでしょ?」
大量の本棚が並ぶ書庫の中。
ピアナが指さした本棚のスペースは、確かに空白になっていた。
けれど、書庫は本で混沌としている。
あちこちに本の山や海ができているのだから、その中に紛れている可能性はないのだろうか。
ワルターさんを見やると、彼は神妙な表情をしていた。
「あそこにあった本は大切な本なのですか?」
「大切というか危険というか……」
歯切れ悪く言うワルターさんが、顎に手を当てたまま、ピアナを見やる。
ワルターさんの視線を受けたピアナは腕を組む。
「うーん」と小さくうなってから、「まあいっか!」と元気な声をあげた。
「アコナは吸血鬼のお嫁さんになるわけだし、今更少々のことじゃ驚かないっしょ」
「なんのことだかわからないけれど、たぶん大丈夫よ。びっくりすることには、慣れてるわ」
ぐっと握った拳を見せて、大丈夫というアピールをする。
ピアナは「うんうん」と嬉しそうに頷いて、とんでもないことを言った。
「あたしね。ゾンビなのね」
「うん。……うん?」
「ここにあった本は、あたしがゾンビになるときに使った術式が書いてあった、超マニアックな本だから、大切じゃないけど、なくなったら気になるわけよ!」
ぴんっと人差し指を立てて説明してくれたけど、もうちょっと詳しい説明がいる話だと思う。
人外には耐性がついている。
吸血鬼だろうがワルターさんがワルターさんなのと同じ。
ゾンビだろうが、ピアナはピアナだ。
だから、扱いが変わるというわけでもないのだけれど、ピアナがゾンビ……? なんでゾンビに?
疑問符だらけの私に、ワルターさんが同情した様子で口を開いた。
「ピアナは10年前に瀕死の状態でこの屋敷に転がり込んできた。それで、勝手に本をあさって、勝手に死者蘇生魔法の古代語文書を使用してゾンビになった」
「どうして、こんなところにそんな本があったんですか? 死者蘇生は、禁止魔法だと思うんですけれど……?」
「ワルターも研究してたんだもんね。死者蘇生魔法。あたしは死にかけた時は吸血鬼の伝説を追ってたの! だから、ワルターなら、命が助かる何かを持ってると思ったのだッ!」
「言っておくが、吸血鬼だとバレたのはピアナが初めてだ。こいつの取材力がすさまじすぎるだけだ」
「あたし、伝説ハンターって名前で伝説を集めた本を売ってたの。あんま売れなかったけど!」
伝説ハンターって、ペンネームだったのね。
「でも、死者蘇生魔法って簡単なものではないでしょう? ピアナは死にかけた状態で、古代語を解読したってこと?」
「やだな~。あたし、いろいろ知ってるだけで頭は良くないよ。古代語解読なんて無理無理! 馬車にひき逃げされて、超痛くてそれどころじゃなかったし」
「じゃあ、どうやって死者蘇生魔術を使ったの?」
どんなに頭がいい人でも、馬車にひかれたダメージのある中で、古代語解読なんてできるはずがない。
ピアナは、ふふんと笑ってワルターさんを指さした。
「治癒術の本を探してたら、たまたま死者蘇生魔法の本が転がってたの。開いたら、ワルターがめちゃくちゃ書き込みしてて。魔法を使うための術式がぜ~んぶ書いてあったんだよねぇ」
「死者蘇生魔法の本を転がしていたんですか!?」
そんな貴重な本を床に転がしていたなんて、驚きすぎる。
衝撃で大きな声を出してしまった私に、ワルターさんは悪さを指摘された子どものように視線をそらした。
「……あの頃はテディと二人暮らしをしていた。まさか、誰かが入ってくるだなんて思ってもいなかったんだ。ピアナは勝手に不老不死になったわけだが、不老不死になる方法をその辺に放置していた俺にも責任がある。だから、こいつを家に置くことにした」
「あたしは納得してゾンビになったわけだけど、行く宛てもなかったし、頼んだら置いといてくれるっていうから、転がり込んじゃったんだよね」
ピアナはそう言ってなんでもないみたいに、へらっと笑う。
すごいと思った。
私には、不老不死になるだなんて恐ろしいことは、ワルターさんが望んでもできそうにはなかったから。
「……ピアナは、どうしてゾンビになろうと思ったの?」
「死にたくなかったからじゃないのか?」
質問の意図がわからない様子で、ワルターさんが首を傾げる。
不老不死のワルターさんには、この感覚はわからないだろう。
「死が迫っているときに不老不死の選択肢があっても、私なら理由もなく選べないと思います。死ぬ恐怖もありますが、死なない恐怖もあるので」
「……なるほど。死の恐怖より不死の恐怖が勝ることがあるとは、考えていなかった。それならば、ピアナがゾンビになった理由は知りたいところだな」
ワルターさんを味方につけたところで、ピアナを見つめる。
彼女は「えーっ」と頬を赤くして、うつむいた。
「……実は、好きな人がいて。どうしても、もう一度会いたかったの」
不死の恐怖に勝った愛があったというのか。
衝撃を受けている私の隣で、ワルターさんは穏やかに訊ねた。
「なるほど。それで、会いに行ったのか?」
「うーん、それが、まだなんだよね……」
「そんなっ。だめよ、ピアナ! 会いに行きましょう! その方は遠くに住んでいるの?」
「近いけどぉ」
「どこの方!?」
「う、うううう」
詰め寄る私に、ピアナは真っ赤になった顔を覆う。
いつも元気な彼女の照れまくる姿は、かわいらしい。
追い詰められて、ピアナはようやく口を開いた。
「……会いたいのは、ユリウス・ロアです」
ゆりうす・ろあ。
頭の中で復唱して、私は裏返った声をあげた。
「店長!?」




