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ここ数日、いろいろなことがあって疲れていたのだと思う。
書庫で倒れて、そのまま寝込んだ私は夜に目を覚ました。
気付けば自室のベッドにいて、ピアナが傍で看病をしてくれていた。
「よがったよぉ」と目覚めたことを喜んでくれたピアナの姿は、なんだか懐かしかった。
彼女に、ワルターさんは書庫の地下室で研究をしていると聞いて、すぐに向かうことにした。
「地下は迷宮だからね。今日は、第6研究室にいるって言ってたから、あたしが連れてったげる!」
ピアナの言うとおり、書庫の地下は迷宮だった。
どこをどう曲がったのかもよくわからないまま、第6研究室という札が下がった部屋にたどり着く。
「ありがとう、ピアナ」
「アコナ。あたしは、アコナのこと大好きだからね。酷いこと言う奴のことなんて、気にしちゃダメだよ」
「……本当に、ありがとう。ピアナ」
お母様には道具と思われていようとも、私には私を好きでいてくれる人がいる。
そう思うと、生きていていいような気がした。
最後に私をぎゅうっと抱きしめて、ピアナはパタパタと去って行く。
彼女の小さな背中を見送ってから、ノックをしようと手をあげる。
すると、ドアをたたく前に、第6研究室のドアが開いた。
「びっくりしました」
「驚かせてすまん。ピアナが行っただろう。あいつは匂いで、すぐにどこにいるかわかる」
確かにピアナは、いつも素敵な香水のにおいがする。
でも、ドア越しでもわかるだなんて、さすがは鼻の利く吸血鬼だ。
感心していると、ワルターさんに室内へと促される。
室内のテーブルには、金属でできた筒がいくつも並べられていた。
「これは?」
「自身の魔力を高圧で射出できる武器のパーツだ。試作段階でな。どの材質がいいか選んでいる。この魔導銃は、君と俺が幸せになるための研究だ」
「私たちのためのですか?」
「そうだ。毒血の呪いがなくなろうとも、この魔導銃があれば、人間は吸血鬼を殺傷できる。アコナが長生きする文句を、誰にも言わせないための魔法具だ」
「すごいです……! 私のためにこんなことまでしていただいて、ありがとうございます」
「俺たちのための研究だ。君が長生きすることは、俺のためでもある」
ワルターさんは、私の花魔法でうまれる花を愛している。
だから、私の長生きはワルターさんの幸せに直結しているというわけだ。
もっとがんばってたくさんの禁忌を犯してみなければ。
内心張り切る気持ちを新たにしながら、机の上に乗っている筒をいろいろな角度から観察していると、ワルターさんがほっとしたような息をもらした。
「思っていたよりも元気そうで安心した。もう大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃありません。だから、慰めてもらいに来ました」
今までの私からじゃ、考えられないような答えだったのだろう。
きょとんとしているワルターさんに、私はくすくす笑う。
「だって、ワルターさんは私を甘やかす天才なんですもの。大丈夫じゃないです。だから、慰めてください」
ここ数日、マティアスの件も、お姉様の件も。
そして、お母様との件も。
辛いことが多かった。
その度に立ち止まりかける私を救ってくれたのは、いつだってワルターさんだった。
彼の言葉は、いつだって魔法みたいに私を救ってくれる。
だから、お母様に傷つけられた心もワルターさんなら救ってくれると、信じていた。
ふっと笑んだワルターさんが、私の傍へと歩み寄る。
ぽすりと彼の胸に私から顔を埋めると、彼は文句も言わずに抱きしめてくれた。
「頼まれなくても、慰めにいくつもりだった。実の母が娘に言って良い言葉ではなかった。傷ついただろう」
「胸にぽっかり穴が空いてしまったみたいで、ずっと痛くて苦しいんです」
「悲しいときは、とことん悲しめばいい。君の傍には、いつだって俺がいるのだから。大丈夫だ」
ワルターさんの「大丈夫」は、どうしてこうも力があるのだろう。
傷ついた心を癒やすように、その言葉はしみこんでくる。
「ワルターさん。私、お母様に道具と思われていたことは、本当にショックでした。すぐには受け入れられないくらいに。でも、気が狂うほどの悲しみには襲われなかった。大丈夫なのかもって思えたんです。ワルターさんのおかげで」
彼の背に腕を回す。
抱きしめると、ワルターさんの温もりが近くなった。
「私には、ワルターさんがいる。悲しい過去はあったけれど、今とこれからの私にはあなたがいてくれる。そう思ったら、笑って生きていける気がしたんです」
「アコナは、過去を乗り越えたんだな。本当にすごいな、君は」
ぽんぽんとワルターさんが背を撫でてくれる。
がんばった。
私はがんばって、過去を知って、怒って悲しんで、乗り越えた。
だから、ここから先は幸せになるだけだ。
「ワルターさん。結婚式の日取りを決めましょう」
「今か?」
「はい。だって、吸血鬼と人間の結婚式だなんて、とっても罪深い香りがしますもの」
いたずらっぽく笑って、ワルターさんを見上げる。
彼は、小さく笑って私の髪を撫でた。
「確かに。禁忌の香りがするな。俺は親戚はいないからいいが、アコナは呼ばなければならないだろう。あの母と姉がいることに、耐えられるか?」
「乗り越えた過去ですから」
それに、私にはワルターさんがいる。
お母様やお姉様が、私を傷つけたって、彼がまた癒やしてくれる。
もう何も怖いものはなかった。
「では、決めよう。あー、マティアスのときのような盛大な式ではないと思うのだが、構わないか?」
「来賓の方は親族以外必要ありませんよ。ワルターさん、人付き合い苦手そうですもんね」
「吸血鬼は人間とかかわると碌なことがないから、避けていたんだ」
「私も人間ですよ。今のは失礼だと思います」
「……わかった。訂正しよう」
渋々訂正するワルターさんに笑ってしまう。
あんなに悲しいことがあったのに、彼と話すだけで、もう救われている。
この感情は、まるで……。
いや、大丈夫。
きっとまだ、友好的な感情のはず。
だけど、急に恥ずかしくなってしまって、彼から身を離した。
「もう慰めなくて良いのか?」
小首を傾げたワルターさんの首筋を銀髪が流れる。
その美しさに、また胸がぎゅうっとなったけど、大丈夫。
これは、美しいものを見た全員が抱く感情に違いない。
決して、愛ではない。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。なんだかはしたない真似をしてしまいました」
「君が甘え上手になってくれて、俺は嬉しいがな。最初の頃は考えられなかった」
「私もです。自分がこんなにはしたない女だったなんて、びっくりです」
「……そこまで不埒な真似をしたわけではないだろう」
ワルターさんはちょっとだけ呆れた様子だ。
けど、婚姻前の男女が抱きしめ合うだなんて、不埒以外の何者でもない。
反論しようと口を開くと、ワルターさんが手で制した。
「ピアナ。何か用か?」
吸血鬼は本当によく鼻が利く。
ワルターさんが声をかけると、ドアが開いてピアナがひょこりと顔を出した。
「ワルター。変なの。本が一部なくなってる」




