17
月が真上から見下ろしている。
こんな時間にでかけるなんて、はじめてのことだ。
しかも、男の人とだなんて、罪深すぎる気がする。
支度を手伝ってくれたピアナは「こんなん悪いことでもなんでもないいよ」と、からかうみたいに笑っていた。
けど、私にとっては心臓が跳ね上がるくらいに悪いことだ。
ドキドキしながら屋敷の門へと向かうと、そこには、もうワルターさんが居た。
「アコナ。可愛いが……、どうしたその格好は?」
ワルターさんが、からかうように首を傾げると月光に照らされた銀髪がさらりと揺れる。
彼は、いつもプティエに来ていたときの格好と同じ。
黒いマントを羽織っているから、あれは彼のお忍び時の衣装だったのだと知る。
そのマントと同じような黒いマントを羽織った私は、フードを深く深く被っていた。
「おかしいでしょうか?」
「おかしくはない。マントもよく似合っていて可愛い。下に着ているワンピースも素敵だ。だが、フードは被りすぎだろう。それでは、顔がよく見えん」
「髪を隠さなくてはと、思ったんです」
フードをぎゅうっと被ると、その手を取られて、パッとフードをあげられてしまう。
ワルターさんは、私の髪をそっと撫でた。
この人は、すぐに触ってくる。
そういうところが変態っぽいのだけれど、悪い気はしないので放っておいた。
「そういえば、グロウ家ではずっと黒いウィッグを被っていたのだな。なぜ赤髪を隠していたんだ? くだらない話ではあるが、黒髪は不吉だなんだと騒がれるだろう」
「はい。でも、お姉様のプラチナブロンドの髪を際立たせるために、幼い頃からずっとウィッグをつけてきたんです。それに……」
自分の赤髪を一房つまむ。
月明かりの下で見ても、やっぱりこの髪は派手すぎた。
「お母様のように華やかなお顔立ちには似合うかと思いますが、私みたいなのには赤髪は派手すぎます」
「……君は、自分の美貌を知らないのか? 男が放っておかないだろう」
「綺麗だと言ってくれるのは、ワルターさんだけですよ。あ、あと店長も褒めてくれましたね」
レジカウンターであくびをする猫みたいな店長の姿を思い出して、くすっと笑ってしまう。
「こんな時間だと、もうお店はやっていないですよね。街にいいウィッグを売ってくださるお店があるんですが、今度ピアナと一緒に行ってみます」
「君は、まだウィッグを被っていたいのか?」
フードを被り直そうとしていた手を止める。
見上げると、ワルターさんは優しい目でこちらを見下ろしていた。
「君は、ウィッグを被っている自分が好きだったか?」
ワルターさんには、おばけみたいと言われた姿。
長い長い黒髪で表情を隠し、いつも俯いて、お姉様の傍にいた引き立て役のときの私を思い出す。
お姉様のために生きていた私は、いつも不幸な自分に酔っていた気がする。
いつか、お母様はこんな不幸な私を認めてくださる。
18になれば、不幸な私をマティアスが幸せにしてくれる。
そうやって他人に、自分の幸福を任せていた自分が、今の自分よりずっとずっと、嫌いだった。
「嫌いです……。でも、今更変わっていいものなのでしょうか」
いつも俯いていたアコナ・ジュール・グロウが背筋を伸ばして、歩いて良いのか。
突然の変化を不審に思われたりはしないのか。
不安がる私を、ワルターさんは笑い飛ばした。
「ははは、問題はない。人間なんて、突然変わるものだ。変化を笑う者がいれば、笑わせておけ。俺は、君がどんな君になろうとも、夫婦になる。共に幸せになる」
彼が花魔法目当てだということは、わかっている。
だけど、その言葉は私を勇気づけるには十分すぎるものだった。
意を決して、フードにかけていた手を下ろす。
赤髪を撫でつけて、私は背筋をしゃんと伸ばした。
「では、この姿で行こうと思いますっ。ワルターさん、いざ尋常に、禁忌を犯しに参りましょう」
「そうだな。行こう」
胸を張った私と共に、ワルターさんはピアナが回してきた馬車に乗る。
街に着いた馬車から降りるとき、ワルターさんは私の手を取り、そのまま手を握って歩き出した。




