表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/74

15


 目を覚ますと、隣にアコナが寝ていた。


 古代語解読に熱を入れること三日。

 時々部屋に戻っての仮眠はとっていたが、解読が佳境に入り、いつの間にかふたりして眠ってしまっていたらしい。


 絨毯に流れる肩ほどまでの赤い髪は、短いことがもったいないほどに美しい。

 目の前にある白磁の頬は柔らかそうで、思わずそっと触れてしまう。

 ふにゃりとした柔らかな感覚に、俺の口元が綻ぶと、彼女の小さな唇も緩んで弧を描いた。


 やっぱり、かわいいな。


 寝ぼけ眼で見ても、納得のかわいさ。

 この子が俺の嫁になるのだと思うと、心が弾む。


 弾む?


「待て。これでは、愛してしまっているようではないか?」

「さんせーい。愛してしまってると思うっ」


 アコナと二人きりだと思っていたのに、背後から声がして、情けなくも肩が跳ねてしまう。

 そろりと振り返ると、そこにはピアナが膝を抱えて座り込んでいた。


 いつの間にか俺とアコナには毛布がかけられているから、ピアナがかけてくれたのだろう。

 ……こいつは、いつから見ていたんだ?


「ワルターって、愛したくないとか言ってるけど、絶対にアコナのこと好きっしょ」

「好きだぞ。友好的な意味でな」

「えー、何が違うのぉ? ワルターにとって愛してる状態ってなんなのって感じ」


 とても不満げなピアナは、まだ不老不死の本当の過酷さはわからないだろう。


 ピアナを諭すような気持ちで、俺は答えた。


「俺にとって、愛してしまうということは『失ったら気が狂う』ということだ。俺は、そうはなりたくない」


 さっきまで不満を露わにしていたピアナは、俺の気持ちを察したのだろう。

 「ふーん、そっか」とだけ、眉を下げて答えた。


「ん……。わ、え、私寝てました!?」


 少し重たくなってしまった空気を打ち消すように、俺の隣でアコナが起き上がる。


 恥ずかしそうに顔を覆うアコナの左手首の内側。

 そこに刻まれた余命を表す数字は『359d』に変化していた。


「恥ずかしがることはない。三日間ほぼ不眠不休だったのだからな。それに、アコナの寝顔は見惚れるほどに美しかった。恥じるものではない」


 ここでうとうと寝てしまうことは当然と言える活動量だった。

 アコナにはタイムリミットがあるからと急いだ結果ではあったが、無理をさせすぎたかもしれない。


 労う気持ちで寝顔を褒めたのだが、アコナはきゅっと眉を寄せた。


「そんなに寝顔を凝視してたんですか?」

「また変態を見るような目を……! 凝視していたわけではない!」

「そうだよ、アコナ! ワルターは、アコナの隣で一緒にすやすや寝てて、寝ぼけてちょっとほっぺ触っただけだからねっ。チューとかしてないんだからね!」

「おまえは、余計なことを……!」


 明らかに場を乱そうとにまにましているピアナを睨む。

 反省の様子もなく、舌を出しているピアナに「黙っていろ」と目で頼んでから、アコナを見やる。


 アコナは黄金色の輝く瞳に赤いまつげで影をつくり、俺とアコナにかけられている毛布をじっと見た。

 そう、俺とアコナはひとつの毛布にくるまっていたのだ。


「し、寝具を共にしてしまったということは、私とワルターさんは、同衾したということになるのでしょうか?」

「いやっ、同衾というと、ちょっといやらしすぎるのではないか?」

「まだ私とワルターさんは、婚約関係なのですし、これはっ、これは、罪深いことなのでは……!?」

「落ち着けっ。何も起きていないのだから、問題はない。俺も寝ていたと言っているだろう」


 アコナは本当に(うぶ)な女らしい。


 彼女は社交界デビューもしていたのだ。

 実家ではおばけのような格好をしていたが、その細部の美しさは隠せたものではない。

 絶対に男にも言い寄られたことがあると思うのだが、不思議だ。


 真っ赤になって「罪深いことを……」と呻いているアコナを見て、俺は大事なことに気が付く。

 ハッとして、手に取った文献をアコナへと見せつけた。


「アコナ! そうだ。君が俺より先に寝てしまった間に、解読は済んだ」

「本当ですか!? すごいです……! ありがとうございます!」

「確かに結婚前の男女が一緒に寝ることは、褒められたことではない。つまり、俺たちは意図せず、毒血(どっけつ)の呪いを解くための実験をしていたのだ」

「どういう、意味でしょう?」


 喜びに染まっていた表情を困惑に染め直したアコナに、俺はこの古代語を訳したメモ書きを突きつけた。


「呪いを解く方法は、ただひとつ。『禁忌を犯すこと』なのだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ