15
目を覚ますと、隣にアコナが寝ていた。
古代語解読に熱を入れること三日。
時々部屋に戻っての仮眠はとっていたが、解読が佳境に入り、いつの間にかふたりして眠ってしまっていたらしい。
絨毯に流れる肩ほどまでの赤い髪は、短いことがもったいないほどに美しい。
目の前にある白磁の頬は柔らかそうで、思わずそっと触れてしまう。
ふにゃりとした柔らかな感覚に、俺の口元が綻ぶと、彼女の小さな唇も緩んで弧を描いた。
やっぱり、かわいいな。
寝ぼけ眼で見ても、納得のかわいさ。
この子が俺の嫁になるのだと思うと、心が弾む。
弾む?
「待て。これでは、愛してしまっているようではないか?」
「さんせーい。愛してしまってると思うっ」
アコナと二人きりだと思っていたのに、背後から声がして、情けなくも肩が跳ねてしまう。
そろりと振り返ると、そこにはピアナが膝を抱えて座り込んでいた。
いつの間にか俺とアコナには毛布がかけられているから、ピアナがかけてくれたのだろう。
……こいつは、いつから見ていたんだ?
「ワルターって、愛したくないとか言ってるけど、絶対にアコナのこと好きっしょ」
「好きだぞ。友好的な意味でな」
「えー、何が違うのぉ? ワルターにとって愛してる状態ってなんなのって感じ」
とても不満げなピアナは、まだ不老不死の本当の過酷さはわからないだろう。
ピアナを諭すような気持ちで、俺は答えた。
「俺にとって、愛してしまうということは『失ったら気が狂う』ということだ。俺は、そうはなりたくない」
さっきまで不満を露わにしていたピアナは、俺の気持ちを察したのだろう。
「ふーん、そっか」とだけ、眉を下げて答えた。
「ん……。わ、え、私寝てました!?」
少し重たくなってしまった空気を打ち消すように、俺の隣でアコナが起き上がる。
恥ずかしそうに顔を覆うアコナの左手首の内側。
そこに刻まれた余命を表す数字は『359d』に変化していた。
「恥ずかしがることはない。三日間ほぼ不眠不休だったのだからな。それに、アコナの寝顔は見惚れるほどに美しかった。恥じるものではない」
ここでうとうと寝てしまうことは当然と言える活動量だった。
アコナにはタイムリミットがあるからと急いだ結果ではあったが、無理をさせすぎたかもしれない。
労う気持ちで寝顔を褒めたのだが、アコナはきゅっと眉を寄せた。
「そんなに寝顔を凝視してたんですか?」
「また変態を見るような目を……! 凝視していたわけではない!」
「そうだよ、アコナ! ワルターは、アコナの隣で一緒にすやすや寝てて、寝ぼけてちょっとほっぺ触っただけだからねっ。チューとかしてないんだからね!」
「おまえは、余計なことを……!」
明らかに場を乱そうとにまにましているピアナを睨む。
反省の様子もなく、舌を出しているピアナに「黙っていろ」と目で頼んでから、アコナを見やる。
アコナは黄金色の輝く瞳に赤いまつげで影をつくり、俺とアコナにかけられている毛布をじっと見た。
そう、俺とアコナはひとつの毛布にくるまっていたのだ。
「し、寝具を共にしてしまったということは、私とワルターさんは、同衾したということになるのでしょうか?」
「いやっ、同衾というと、ちょっといやらしすぎるのではないか?」
「まだ私とワルターさんは、婚約関係なのですし、これはっ、これは、罪深いことなのでは……!?」
「落ち着けっ。何も起きていないのだから、問題はない。俺も寝ていたと言っているだろう」
アコナは本当に初な女らしい。
彼女は社交界デビューもしていたのだ。
実家ではおばけのような格好をしていたが、その細部の美しさは隠せたものではない。
絶対に男にも言い寄られたことがあると思うのだが、不思議だ。
真っ赤になって「罪深いことを……」と呻いているアコナを見て、俺は大事なことに気が付く。
ハッとして、手に取った文献をアコナへと見せつけた。
「アコナ! そうだ。君が俺より先に寝てしまった間に、解読は済んだ」
「本当ですか!? すごいです……! ありがとうございます!」
「確かに結婚前の男女が一緒に寝ることは、褒められたことではない。つまり、俺たちは意図せず、毒血の呪いを解くための実験をしていたのだ」
「どういう、意味でしょう?」
喜びに染まっていた表情を困惑に染め直したアコナに、俺はこの古代語を訳したメモ書きを突きつけた。
「呪いを解く方法は、ただひとつ。『禁忌を犯すこと』なのだ」




