エダ III
中々進まない話に業を煮やし、出さない予定の人を出して超駆け足。
完結目当てでやりました。
本当にすみませんでした。
「インゲンさ〜ん、聞いてよ〜」
「はいはい。話してみるが良いよ」
ここ最近の私の奮闘を誰かに聞いて欲しい。そんな思いから、本日は占術師のインゲンさんのお宅にお邪魔しています。
彼女はサラサラの長いグレーの髪を背中に流し、ゆったりした白が基調の衣装で体型を隠す、綺麗目なお姉さんです。全体的に白っぽい印象ですが、頭の上に「オニ」という名の、まあまあ大きい原色が目に痛いカラフルな鳥を載せています。……重くないのかな。
トポトポと薬湯だか単なるハーブティーだかわからない、謎のお茶を入れてくれます。今日はふんわり花のような香りがしますね。
木目の美しいテーブルに白い茶器が映えます。はあ、落ち着く……。
ひと息どころか、サクサクのクッキーもいただき、お茶のおかわりをしてふた息ついたところで、インゲンさんの物言いたげな視線に気づきました。
あ、そうですね。話を聞いてもらいに来たんでした。
うふふと笑顔で誤魔化しながらそっと手にしていたクッキーを置いて、事の顛末を話します。
「紅茶に砂糖を入れるとき、私はスプーンに角砂糖を一つ乗せてそのまま浸すんです」
スプーンの上で徐々に崩れていく砂糖をじっと見つめていると、母から「さっさと混ぜろ」と叱責が飛んでくるのですが、今はそれはどうでも良いですね。
あの後、二人の女性の末路(?)から私は考えたのです。あの砂糖のように、ジワジワ侵食して行こうと。
恋に落ちた私は、先ず教会のお手伝いを申し出ました。掃き掃除は勿論ですが、椅子を拭いたり花を飾ったり、親の仇の様に草をむしったり。何分未経験でしたので、最初はレンズ先生に細かいところまで教えていただきましたが必要以上には近付かず、でも愛想良く務めました。好きな人と接近出来る機会に敢えて距離を置く。難易度は高めでしたが伊達に人よりも多い期間令嬢をやっている訳ではありませ……(あ、涙が)……。徐々に信頼関係を築き、何とお住まいである牧師館まで侵入を果たしたのです。
「侵入っていうと、何だか犯罪臭がするね」
「そうですね。じゃあ領域侵犯でいいです」
「なんか悪化してない?」
「我が家の料理人謹製の差し入れで餌付けをしつつ家事を学んでいると、手の傷や荒れから実は私の手料理なのでは……なんて良い具合に勘違いされたりして、着実に仲を深めていきました」
「詐欺だね」
「詐欺です。そんなある日の事――」
「気になってたんだけど、なんで物語風に喋るの?」
「雰囲気出るかなと思って。も〜茶化さないでよ〜。――すっかり親しくなり、やり取りも気軽になった私達は」
「あ、続けるんだ」
「いつものように送ってもらうことになったんだけど」
「あ、戻った」
無視無視。
「出る時になって来客があったの。なんでも彼に凄くお世話になったっていう商人さんで。お礼として沢山の珍しい果物を持ってこられたの」
「ふう〜ん、彼ねえ」
ニヤニヤするのやめて下さい。
「日持ちは考えられてたみたいだったけど、ドン引きするくらいの量だったわ。多分最初から信徒に配る分も含まれていたんでしょうね」
でも今でも荷車一台分はどうかと思っている。
「彼は私にも沢山のお裾分けをしてくれようとしたの」
「愛されてるね〜」
ニヤニヤが止まらない彼女をジト目で睨む。そんなに楽しい話じゃないのだ。
「で、丁度良い入れ物が無くて、出てきたのがザルだったの。いえ、ザルは別に構わないのよ。量があったから二つに分けて、天秤棒に吊るして彼が運んでくれることになったのよ」
「男を見せるところだね」
インゲンさんの頭の上の鳥が飽きてきたのか髪の毛を啄み始めているけどいいのかな。
「若干ヨタヨタしてたけど、おしゃべりしながら半ば程進んだ時よ。あの女が来たのは」
彼は牧師だけど、人の為になればと簡単な応急処置の心得があるのです。お陰で子供のタンコブから刺さったトゲ、草木のかぶれにお年寄りの腰痛や布団干し、鍋の修理に大怪我まで。些細な事から手に負えないような事にまで呼びだされ、村では大変重宝されています。
お爺さんが梯子から落ちたと、真っ当な理由で乳をバインバインと揺らしながら走ってきたあいつは、立ち止まってはバイ〜ン、呼吸を整えてはバイ〜ンとまんまと彼の気を引くことに成功しました。
決して忘れません。私に謝る彼の後ろで、木で鼻を括ったかのように見下してきたあの顔を。
そして残された私と果物。
「え、君が担いで帰ったの?」
「持ち上げるのも困難でした」
でも頑張って立ち上がり、一歩進もうとしてバランスを崩しました。
転がる果物、転がる私、尾てい骨に響く……痛みは有りませんでしたね。
「惨めだった……」
「だろうね」
正直が美徳って誰が言ったんでしょうね。睨みつけてみましたが、インゲンさんは鳥の胸を撫でていてこっちを見ていませんでした。
「なんかもう疲れちゃって、果物食べちゃおうと思ったの。軽くなるし」
「丸かじり?」
「いえ、これでも育ちが良いので、護身用のナイフを持ってたんです。で、美味しそうなものを選んでナイフで剥こうとしたんだけど――」
「えー? すごい、剥けるのお嬢様!?」
そう、剥けなかったのです! やった事ないですから。お嬢様なので!
その時の私のイライラは最高潮。
こんなの剥ける訳ない――そう叫んで足元に転がっていた硬そうな実を蹴りました。足に触れる直前に“マズい”と思ったんです。だってすっごく硬そうなんです。蹴ったら絶対に足が痛い。しかし勢いは止まらず、怪我を覚悟しました。
そこからはある意味悪夢でした……。
何の痛みも感じずスパッと割れて飛んで行く何かの実。妙にクッキリした視界に映り込む男達の惨状。
現実逃避をしたら、次の瞬間いつもの風景に戻っていました。
この白昼夢には覚えがあります。
案の定それは再び本当の悪夢として夜な夜な現れました。幸いその内容は以前より断然マシなものでしたが、繰り返される寝不足の日々。
現実味のない話なので、このことはインゲンさんにも内緒にしておきます。
「もちろん出来なかったので、丁度通りかかった荷車を引く農夫に半分以上あげました」
「ふぅん、その牧師も近所から荷車借りれなかったのかね」
「私も同じ事を思ったわ。で、私が果物に振り回されているまさにその時、急速に仲を深めた二人は、先日無事結婚致しましたとさ」
「き、気の毒……!」
負傷したお爺さんを前に、二人に何が有ったのか分からないけれど……何かあったのでしょう。牧師館への侵入を果たしていた私も式に呼ばれ、涙を飲んで祝福しました。こうなったら少しくらい波風立つ新婚生活を送って欲しいものです。
善良で抜けているのが可愛いと思っていましたが、許せなくなる時がきっときます。
彼は常に信徒優先。時折みせる間抜けな対処。夫として見た際に出る些細な不満。それに日常のちょっとした不運――タンスの角に足の小指をぶつけて(バイ〜ン)とか、近所の子供にオバさんと呼ばれ、追いかけ回した(バイ〜ン)後とか――が重なり合ったその時、二人の中に嵐が吹き荒れるのです!
そしてあっと言う間に仲直りして熱い夜を過ごしそう。
なにそれ、最早只のスパイス。ちょっと良い夫婦生活だった! 羨ましい!!
「なんだか可哀想になってきたね」
「同情はいりませんよ」
惨めな気分になりますからね。実際惨めですけどね!
「いいや、本気の同情に値するよ。んー、そうだね……傷心の子羊さんの為に、ちょっと本気を出して運勢をみてあげよう」
「無料で? っというか普段は手抜きだったんかい」
「ふふっ、特別だよ」
普段は金銭に厳しい彼女のご好意です。受けますとも。
インゲンさんは鳥ごと立ち上がると、奥から赤い玉を持ってきました。掌にすんなり収まるくらいの大きさです。
確かにこの道具は見たことがありません。いつもは鳥が食べたクッキーのこぼれカスを見て占っているのです。『本気』が凄いと感心するべきか、通常の適当ぶりを怒るべきか。
でも今は道具が気になります。
「へえ、なにそれ。どうするの?」
「これに血を垂らして」
「えー……嫌なんですけど」
「一滴で大丈夫。どうしても嫌ならいいけど、かなり詳しく占えるよ。私も滅多にやらない。どうする」
断りたい気もしますが、人にフォークを突き立てた事もある私が尻込みするのも変な話です。ええい! 女は度胸!!
「何か針かナイフは?」
「うーん、包丁かペン先?」
彼女が指し示すペン先には黒いインクが付いています。嫌だ。
どんな家にも針の一本くらいあるでしょう!
「針はこの前最後の一本を折って、そのまま買い忘れてる」
くぅっ!
包丁を借りて、嫌々先をなぞります。ううっ痛いよう。
絞るように血を垂らすと、赤い玉の色が濃く鮮やかになりました。綺麗なんだけど不気味。
指に薬草の匂いのする消毒液をつけると、インゲンさんは玉を頭上に掲げました。何が起るのかワクワクしますね。すると、髪の毛で作った巣でくつろいでいた派手な鳥が、ばくんっと食べました。
え?
「つつつつ詰まっちゃわない? 大丈夫??」
「へーき、へーき」
ゴクンと飲み込んでゲップをしてます。お腹は――膨れてない。なんでー?!
鳥のお腹を凝視していると、インゲンさんが自分の髪の毛を数本手に取って勢いよく引き抜きました。いやいや、今こっちまで抜ける音聞こえたよ! 大丈夫!?
若干涙目の彼女は湯呑みの様な物に瓶から何かを注ぎ、抜いた髪を入れます。
わー溶けてる。
「じゃあ、君の髪ちょうだい」
「え゛」
「三本でいいよ」
「抜け毛じゃだめ?」
「ダメ」
えーん!
一本ずつ抜いたら、なんだか抜くたびに痛みが強くなる気がします。多分気のせいなんですが。
私の髪も溶かされました。
「そしてコレを二人で飲む」
本気で顔を顰めたのは久しぶりです。
さっき飲んでいた謎のお茶のカップに半分注がれました。雑っ!
インゲンさんは、もう飲み干したようです。
「ほら、早く飲んだ」
「ううう」
仕方がありません。匂いは――うっ獣臭い。そう言えばあの玉は何に使うんでしょう。
「ねえ。さっきの玉の出番はいつ来るの?」
「あれは今回の占いの報酬。オニのご飯だよ」
無料じゃなかった!!
「ほら。効果がなくなってしまうよ。早く飲んで」
ぐぬぅ。鼻を摘んで一気に飲みます!!
味を感じる前に、視界が拡大したように感じました。インゲンさんが妙に近くに感じます。
それも一瞬で、猛烈な後味が襲ってきました。み、水ゔゔぅぅ!!
「力が強いよ」
苦しむ私を他所に、既に占いははじまっていました。第一声が「力が強い」ってどーゆー事?!
文句を言おうと顔を見ると、焦点が合っていません。どこを見ているのでしょう。視力回復をしながら私を騙そうとしているのでしょうか。インゲンさんが他にも何か言っているけど、真面目な占いにそぐわない頭の巣が気になって集中出来ない!
「ああ、そうか。今のままだと結婚出来ないよ」
一気に覚醒しました。タマ取りにきましたよこの女!!
味覚の次に心を殺された気分です。
絶望感と戦う気にもなれずにいると、彼女と鳥がこちらを見ていました。
「恋人か伴侶かは分からないけど、近々良い人に呼ばれるよ」
言ってる事が違ーう!!
「いいかい。君は強い。色々と違いも多いし苦労するだろうけど、その人を頼るんだよ。大丈夫。一対一で君に勝てる奴なんて居ない。数の不利は仲間が補ってくれる――と思うよ、多分」
「え、争いに巻き込まれるって事??」
それ本当に私の占いなんでしょうか。サッパリ頭に入ってこないんですけど。
「ごめん、その辺は詳しく見れなかった。でもその人と一緒で、楽しそうだったよ。長生きするね。あと迷った時は右左左左右下。今日帰ったら親しい人に手紙を書くといい。心残りは少ない方が――――――――行ったか……」
「間に合わなかったな」
「オニ! 喋れる様になったのか!」
私は知りませんでした。私が消えた後で、鳥が低い男性の声で流暢に喋る様になった事も、二人が恋人同士だった事も。
でもそんなのどうでも良いのです! だって異世界召喚されて、これからやもめの召喚士とお付き合いするんですから!!
もう結婚はどうでもいいけど、幸せは自分で掴む。
そして離さない。増しに増したこの握力でね!
ありがとうございました。