第十四話「高尾山~小仏城山・晴天その2」
無心になって見上げた頭上。こうやって意味もなく上を見上げながら進んでいると、学生時代の長距離走を思い出す。呼吸とか、足の踏み込み方とか、辛いなりに楽にしようと色々頑張ってきたけど効果なんて無くて、結局最後は吐きそうなほど疲れ果てていた。
学校はなんであんな無駄なことをしていたんだろう。体力が無くたって良いじゃないか。本当に必要なのは日々を生きる気力だけだ。
だから思うのだ。なんでこの人たちはわざわざ体力が必要な行為に及ぶのだろう。もしかして揃いも揃ってドMか?高山はともかく、桐生さんや会長も澄ました顔してマゾヒストなのか?
浮かんだ疑問は当てつけに等しい。この苦行に理由が欲しいだけなのだ。
「そろそろあずまやだぞ」
高山が私に振り返って言った。あずまや?なんでもいい。そろそろ何か目印になるようなものが欲しい。わずかに拓けたその先に確かにお休みどころがあった。
「はぁっ、はぁっ、へぇっ……うわ、すご」
シンプルな感想とともにあずまやからの展望を望む。遠くに霞む東京都心。看板曰く、天気がいい日は筑波山まで見えるということらしいが、天気が良くてもうっすらとも見えない。
「結構先まで見えるなぁ。やっぱ晴れてると違うわ」
「そりゃあそうだけどさ……なんかもう、ここが山頂でいいやってなる」
「流石に早いだろ」
早かねぇわ。もう、登りごたえ抜群だわ。こちとらネトゲ廃人の可憐な乙女だぞ。
まるでスポーツ選手のようにお茶を飲む。首を伝ってこぼれていく液体。女の子らしさはお茶とともに襟元のシミになる。
「でも一応ここも山頂なんだよ?稲荷山って山の。だからひとまずおめでとう美優ちゃん」
「先に道があるからあんまし嬉しくないよ」
「山頂って感じでもないしな」
「ねぇ……」先ほどの疑問をみんなにぶつけてみる「なんでみんな山登ってるの?」
まずいこと言っちゃったかなってくらいの沈黙が流れる。それを破って高山が言った。
「その答えを探してるから」うわ、すげぇドヤ顔。
「うーんそれっぽい。けどよく人前で言ったね」
「別に良いじゃんか!パッとこう降りてきたんだよ!そういう会長はどうなんだよ」
「考えたこともないなぁ。桐生に誘われて登ったら楽しかったし、理由なんていらない気がする」
それが私には必要なんだよ。今のところ楽しいより、辛い方が上回ってるから。
「き、桐生さんは?」
積極的に会話に交わらない桐生さんに怯えながら質問する。視線だけがこっちを向いたと思うと、すぐに展望へと戻した。
「好きだから」
……そっかぁ。
結局納得のいく理由が見つからないまま山頂へと歩みを進める。好きだから。桐生さんの言葉を反芻した。うん。分からないけど、分かるよその気持ち。好きじゃないと出来ないよね。
好きだから。だから私もここに来てる。山じゃなくて、高山といる時間が。それだけで登りに来てる。
展望は良くても思考が五里霧中だった私に一筋の光がさした。見えるものは曖昧で掴む理由も定かじゃない。けど、そこに行ってみて初めて分かるものがあるはずだ。答えなんて大それたものじゃなくても構わない。
あの頃、というか、今まで何一つとして掴んで来なかった私のこの手にかけらでも収めてみる。それがたぶん始まりだ。
長い階段を「待って。ちょっとキツい」登り「待ってストップ。無理。休ませて」終え「はぁっ、はぁっ、はぁっ」られない。
「山頂はもうすぐだ。ゆっくりで良いから頑張れよ」
桐生さんがわざわざ降りてきて私の肩を掴んだ。ふと香ったその髪の匂いに少しだけ心が安らぐ。
こういう時にそういう言葉をかけられると女の子は弱い。それを言うのが高山じゃなくてよもや桐生さんだったとは。
残り十数段階段を彼女は一緒に上がってくれた。高山はもう山頂にいた。お前さぁ。
土と木の階段ばかりだった登山道にいきなり舗装されまくった山頂が広がった。空は深い青がまんべんなく広がっている。
「おつかれー!」
会長が手を振っているので応じる。声が出ないのはご愛嬌。今はただ喘ぐのみだ。
少し歩いたところに展望スポットがあるのでゆっくりとそちらへ近づいてみた。それは先のあずまやとは比較にならないほどの絶景だった。
見える方向が違うからか、私の視界からはこれ以上ない青空の下の深緑に身を包んだ山が見えている。普段埼玉から見る山の迫力とは段違いだ。
「あれ丹沢なんだ!すげぇなぁやっぱ」
「こうやって見えるとアルプスみたいだよねぇ。標高そんな高くないのに」
「一応山塊だからな」
三人の会話をよそに涼しい風のなか、その光景に見とれていた。そりゃ高いところから見た景色はどこだってすごいものだ。タワーマンションの最上階、家族といった東京タワーで震えながら見た東京の街並み。学校の三階の校舎でさえなんとなく見とれてしまうものだ。
でもこれは違う。私はこの景色に声を奪われていた。
だんだんと整っていく息、熱を上げたふくらはぎ。
「どうだい美優ちゃん。すごい景色だろう」
「……うん」
「ここまで自分の足で上がってきたんだよ。普通の生活してるだけならシャレにならない勾配と距離の中をね」
「確かにそうだよね」
そっか。私、ここまで自分の足で来たんだ。さっきまですごい苦しかったはずなのに、もう忘れてた。
「これって結構すごいことだよ。見上げるような山の上に自分の足だけで登ったんだからさ。ちょっと自信ついたんじゃないかな。……なんていうかこれも登山が好きな理由の一つなんだよねぇ。結局、一つに絞れないんだよ。眺望もそう、山で食べるご飯もそう、道具を選んだりするのもそうだし、登ってること自体もそう。一つに絞れないから山に登る理由を答えられないんだよね」
そう語る会長の顔はとっても楽しそうだった。まるであの日の頃に戻ったんじゃないかってくらい幼い笑みだ。
「だからなんで山なんか登ってんの?って聞かれたらさ、私は迷わずその人の手を引いて山まで引きずっちゃうね。聞く前に登れよって。まぁ、同じことを桐生にされたからなんだけどさ」
会長にしてはずいぶん強引だなと思ったらやっぱりそうなんだ。
「たぶんすっごいキツかったと思うけどさ。あそこに見えてる山もなんとなく行きたくなってくるでしょ?」
「うん」
それについて考える間もなかった。ここからしか見えない景色があるように、あそこからしか見えない景色もあると思うと居ても立っても居られなくなる。そう思えるのは、この山を登りきったっていう自信があるからだ。
「丹沢はなんとなくで登れる山じゃねぇけどな……」
高山がため息をついた。やっぱキツイんだ。
「じゃあ今日はもう少し背伸びして小仏城山まで行ってみよっか」
会長が相変わらずのさわやかボイスで言った。
……ん?もう少し?背伸び?別の山?何を言ってるのかさっぱりですわ私。だって私、高尾山に登りに来たんですもの。唖然とする私を余所に三人が歩き始める。
これより苦行、再開。
梅雨だ!雨だ!山登れねぇ!
誰も得しないふざけた季節、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
早くも閲覧者数700人くらいですって。もうちょっと頑張ったら1000人。すごいですよ。1000人のなろうユーザーが山登ってたり、これから山登るんですから。山頂埋まるぜこりゃあ。筆者が山登ってる時に同じ山登ってる読者がいる可能性が無きにしもあらず。
なんかここまでただ山登ってるだけなんで、次の山から過去の話とか持ってくつもりです。ちと早い予告ですが次の山は鷹ノ巣山稲村岩尾根ルート。臨場感を味わいたい方は今のうちに登ってほら。山頂広いし、そこそこ高いし、絶景だぜマジで。あ、登山口とか、鷹ノ巣山の地図以外の情報はいれてきちゃだめだよ。




