千年書館 ―神書荒らしの盗賊司書―2.5
2.5:エリン
ボクは他人と関わりたくない。
昔からボクの周りには家族以外の人が大勢いた。
その誰も彼もが、煩わしかった。
年上年下、同年代。どれでも結局同じで、ボクの趣味や考え方、何かが自分と違えば親しげに接する裏でひそひそと変わり者だの何だのと……。
ボクはそういう態度が、一番嫌いだ。
言いたいことがあるなら面と向かって言えば良い。
それをしないで裏でこそこそするその卑屈さが、ボクにはこの上なく不快なんだ。
「エリン?」
「フィールドワークに。しばらく帰りません」
寝起きで目の覚めきらぬ母のどこに行くのか問うような声に、振り返らず簡潔に返し、着替えなど最低限必要なものを鞄に詰めて朝陽が昇ると同時に家を出る。
既に慣れたもので、誰もが「またか」という呆れた顔をするけどなにも言わない。
実際、言わせないだけの実績をボクは積んでる。
ボクは大学府の上に位置する機関、大学院の一年の二十一歳。通常の速度なら大学院の一年は二十三だけど、ボクは二年で大学の課程を終わらせている。大学院は二年制で、卒業すれば教授となるか研究者となるか。
研究職の一つである『完全記録保存者』が、ボクの目指すものだ。
アーキビストは様々な永久保存価値のある情報を査定、収集、整理、保存、管理し、閲覧出来るようにするのを目的とする職業。扱う情報は多岐に渡り、ボクはその中でも『書籍』の分野を専攻している。
本は人類の叡智の結晶だ。
それは子供向けの児童書だろうが学術書だろうが、ボクは関係なく尊いものだと思っている。そして、本はその著者がこの世にいたという確実な過去の記録として、永久保存する価値のある情報だとも。
「えっと、二番線か」
駅舎自体はレンガとガラスでアンティーク感漂う洒落た造りのホームに入ってくるのはレールの上を浮いて走行する浮力列車。通称マグヴィーだ。
初期の頃は磁力によりレールの上を走っていたが、近年ではプログラミングを組み込むことによって磁力ではなく、マナによって浮力を制御。安定した走行を可能にしている。
ボクのお気に入りである場所は半分観光地めいているから、車体も少しわざとレトロ風にされている。
「ギリギリセーフ」
そう。お気に入りの場所に辿り着くまでの最大の難関は、市街。半分観光地なので、ボクが一番避けたい人混みが発生しやすい。観光客の少ない時間帯を狙って始発を捕まえるのは、ボクにとって必要不可欠なこと。
(次のやつだとわりと乗ってくるからな)
たかが一本。されど一本なのだ。
いつ動き出したのかわからぬくらい滑らかに、列車は駅を出る。窓の外の景色が動くから走り出したとわかる程度だから、いかに静かでスムーズなのかわかろうというものだ。
朝もやに朝陽が反射しているのか、薄い紅や金色、空の色を薄めた水色と、不思議な色彩が寝ぼけ眼の街をきらきら彩っている。悪くない。少なくとも、ボクはこの光景を何度見ても飽きない。
目的地であるイーステッド地方のレンザにある観光都市ユルナノグまでは、このまま乗って二時間ほど。
その街外れの丘にある閉館して久しい図書館がボクの最大の癒しにして楽園だ。建物の中にはさすがに入れないけど、湖は綺麗だし程よく木陰などがあり、何より辺鄙な所にあるから人が来ない。数年前に利用者がいなさ過ぎて路線バスの停留所も廃止されているから、もう完璧だ。
不便だとけどそこが良い。人が来ない最高だ。
そう。最高の場所。けど、今それが脅かされる可能性があると噂があり、ボクの顔から血の気が引いている。
「ありゃ、次の建物作るための調査員だろ?」
「ようやーっと、国も腰を上げよったかの」
もれ聴こえる朝の散歩を楽しむご老人達の話。それを要約すると、ここ数日あの図書館について国から誰かが派遣されて聞き取り調査をしているらしい。しかも実際に建物を調べにも行っているとの事。ボクの楽園が潰される!?
心臓が嫌な速さで打つ。
落ち着け。まずは事の真相を確かめるのが先だ。
足早に街外れを目指して歩き、丘の下に広がる森を抜ける。
ボクはこの時、思っていなかった。
まさかコレがボクの人生をこれでもかってくらい狂わせる序曲になるなんて。ボクが進む先に待っているソレが、色々な意味でボクにとって忘れられないものになるなんて、この時のボクには欠片も想像できなかった。
◆◇◆
2.5:シェリア
私には秘密があります。
その秘密は私を守るものでもあり、知られる人によっては私を危険に晒すものでもあります。
「大丈夫?」
私は今まで、この秘密に助けられてきましたが、同時に何でこんな秘密を私は抱えて生きなければならないのかと、少々……疎ましくも思っておりました。
でも。
「は、い…………あ、あの」
きっと、この為だったのです。
「良かった。じゃ、早く行って。大丈夫だから」
なんて綺麗な方。
外の国の方だというのは、すぐにわかりました。
艶やかに濡れたような黒い長い髪。雪のように白い肌。大丈夫と微笑み掛けて下さった瞳は深くどこまでも澄んだ青。花のように可憐な唇は同性の私でも触れてみたいと思うほど。
羽織りという異国の装束を身に纏って、颯爽と私を助け出して下さった。
お言葉に従ってその場を離れた後、急いで人を呼ぶ。
その後、あの方が教授によって地方の図書館に一年の実習に向かわされたのを知りました。私を助けたばかりに……。
そのままにしておける訳がありません。
半ば無理やり許可を頂き(教授も私ごと遠ざけたかったようなので好都合だったのでしょう)、後を追いました。
「七羽様たちは大丈夫でしょうか?」
追い付いた後、私は七羽様と七海さんのお側に置いていただける事になり、今は大切なお留守番の最中です。
本当は七羽様たちについて行きたかったのですけど、仕方ありません。
「今日は様子見と言っていましたから、そこまで心配はいらないと思います」
役所の方々の対応を終え、粗方の掃除も終えた現在、私とウェルさんは大学府に送る書類の準備をカウンターで行っています。
ウェルさんはとても静かで、不思議な方だと思います。
お姿は七羽様もおっしゃっていたように、綺麗なのは言うまでもなく。ただ、何と言えば良いのでしょう…………。
ちらりとお留守番チェックリストを手に確認をしているウェルさんを見ます。
こんなに近くにいて、お話もしていますのにどうしてか、失礼な言い方とは思いますが、現実味がないのです。
儚く消えそうな、というより最早空気のような……。
「あ」
「どうかされました?」
ウェルさんの視線の先を辿ったのと、階段下の扉が開いて七羽様を担いだ二藍さんたちが雪崩れるように出てきたのはほぼ同時でした。
「どうなされたのですか!?」
「全員離れて!」
「うわあああ!」
ボーリングという鉄球を転がすスポーツがあるのですが、まさにそのような様子で、七海さんがエリンさんを床にぺいっと放り投げ、後ろ手で音を立ててドアを閉めました。
そのまま背で押さえるかのようにズルズルと座り込んでしまったのです。ただ事ではないのは明らかでした。
「…………はあ。とりあえず追ってきてない、かな」
少しして、ようやく警戒を解いた七海さんはそう呟いて重いため息をつかれました。
「やっぱり、出ました?」
「…………ウェルさん」
「はい」
声をかけたウェルさんを、七海さんはうらめしそうに見上げ。
「出ました? じゃないですよ、あれ悪霊でしょう!? 幽霊とかそんな可愛いもんじゃなかったですよ!? 殺す気まんまんだったんですが!?」
「え? あれ? おかしいな……」
「ははは。演技派だったかも知れないぞー。義弟」
「ちょっと、七海! ボクを投げましたよね!?」
一瞬でとても賑やかになりました。
「えっと……七羽様」
「あのねー、地下書庫降りてったら途中で『がおー、食べちゃうぞー』な感じで驚かされた感じかな!」
「まあ……」
やだ、七羽様お可愛らしいです! はああぁ幸せ。
「お姉! シェリア嬢に変にデフォルメして伝えない! そんな可愛いもんじゃなかったからね!?」
「えー?」
そうかなぁ、と呟いて小首を傾げるご様子も可愛らしい七羽様。七羽様はやっぱり七羽様です。とってもきらきら輝いて、不思議な包容力があって。
私には、そう見えるのですから仕方ありませんし、間違っていない自信があります。
助けて下さった時も今も、七羽様はきらきら輝いて、その輝きはまるで女神様です。温かくて、優しくて、それに……怖くて動けなかった私に、逃げる勇気をくれるくらい強い心。
温かさと優しさに勇気をもらったのかも知れませんが、私は確かに感じたのです。七羽様の強い心を。
一目惚れでした。
性別なんて関係ありません。私は七羽様が好きなのです。
思いをお伝え出来なくても、何かのお役に立てれば幸せ。とても幸運な事に、二藍さんがいらした際、七羽様の側室の一人として数えて頂くことができました。なんという幸運でしょう!
一瞬七羽様がどうお思いになられるか心配になりましたが、杞憂でした。七羽様はとても器の大きな方。欠片も否定などなさりませんでした。もう躊躇う理由はございません!
私は七羽様の側室として恥ずかしくないよう全力を尽くします!
「シェリア嬢?」
「はい。何でしょうか」
「……いや、ごめん。何でもない」
そう言ってお顔を逸らす七海さんも、ウェルさんとはまた違った意味で不思議な方。
私の秘密、それは触ればその方が何を考えているのかを知ることが出来るという事。触れなくても、その方の纏う空気と言いますか、雰囲気? オーラと言いますかそういうものが目に見えるのです。
だからこそ、今までちょっと嫌だと思うことはあっても、そこまでの大事には至らずに済んできたのですけど……。
「…………」
ウェルさんやエリンさん達とお話をなさる七海さんが纏うオーラはとても薄く、まるで今にも消えそうです。
オーラが消えそうな方は……私の今までの経験上、近い内に今生を去る方でした。でも、七海さんはそのようなご様子はなく、お元気そうなので嬉しいのですけど、やっぱり不思議に思うのです。
「いやー、義弟は元気だなぁ。シェリアはどうだ?」
二藍さんが笑ってそう言いつつ問い掛けて来られました。
「七羽様のお側に毎日居られて幸せな上に元気です。最高ですわ」
「おう。なら問題ないな」
二藍さん。七羽様に求婚して遥々国を越えてまでついてきた方だそうです。私も見習うべき素晴らしい姿勢だと思います。
お名前は七羽様たちのお国では色の名前と伺っておりますが、きっとそれは二藍さんが纏っているような青なのでしょうね。空の色とはまた違う綺麗な色です。
閑話休題。
「二藍さん。幽霊さんはどういったお姿でしたの?」
「んー。チラッとしか見てないんだが」
苦笑しつつ二藍さんは片手の親指で軽く七海さんを指して片目を瞑って見せて下さいました。意図する所は、七海さんに急き立てられて逃げ帰ったから、でしょうか。
「金髪の子供だったぞ。シェリアたちより見た目は小さい。ま、でも……義弟の判断も悪くないんじゃないかって思えた」
「危なそうだった、という事でしょうか」
「かもしれない、って感じだな。あっちが本気で威嚇してきたわけじゃなさそうだったから、多分もう少し居ても大丈夫だったろうが」
危なくなってからでは手遅れなので、一度逃げ帰って正解だと二藍さんはおっしゃいます。
「シェリアを連れていくのは、義弟が許さねぇだろうな」
「それは……困りましたね」
「そうだな。まあ、シェリアがいることで何か嫁の安全性が向上するって要素があれば、無くもねーかもだけど?」
「あらあら」
何となく、ですが。二藍さん、私の秘密に気づいていらっしゃるような……?
ですが、思い返してみても私から秘密を漏らす要素や行いはしていないはずですので、気のせいかも知れません。なので、にっこり笑います。
「そんな要素があるか、自分を見つめ直しておきますね」
「何の話をしてるんです? シェリア嬢、二藍さん、ちょっと緊急で話し合いするんで、食堂まで来て下さい」
◆◇◆
2.5:二藍
さて。どうしたもんか。
(こりゃ、ちっとばかし準備しねー状態で進むのは、具合が良くない気がするなあ)
まずそんな感想が浮かんだ薄ぼんやり光る青白い石造りの通路と、何もない部屋で出来た地下書庫。
(あ。ちっとじゃねえな。まずいわ)
恐らく嫁とエリンにも聴こえていないだろうが、物凄く小さな囁きが俺には聴こえている。
義弟は聴こえてるのかどうか微妙な所だな。……多分聴こえてないか。
不自然なくらい寒くも暑くもない温度。
奥に進めば進むほど。階段を降りれば降りるほど、現世の匂いは遠退いていく。代わりに頬を撫でるのは、異界の気配とざわめきだ。
どうすっかなあ?
嫁は進む気だし、義弟は自分では俺達ほど嫁に甘くないつもりなんだろうが、実際はギリギリまで嫁の『やりたい』を許容する。充分甘い。
そこにこの感覚がわからないとなると、今の時点で切り上げさせるのは難しいだろうな。
(もう少しやらせとくか)
何かあればその時は……。
懐に軽く確かめる意味で指を置く。羽織の内ポケットに忍ばせた防犯グッズの存在を確かめ、俺は嫁を見た。
本が一冊もない、と不満げな顔も可愛いもんだ。さすが俺の嫁。
そんな事を考えている内に、件の幽霊に遭遇してヤバそうだから逃げ帰ったわけだが。
「明日、さっそく捕まえに行かないとね!」
「お姉、バカ? アホなの? その頭の中、脳みそ入ってんだよねぇ!?」
「七海ひっどーい。お姉ちゃん傷ついちゃうゾ☆」
「誰か頭痛薬と胃薬下さい。あと、お姉に頭の薬」
嫁は本当に飽きねえな。早くも再挑戦する気だ。
状況整理のためにと皆を食堂のテーブルに集め、義弟もとい七海が俺達の後宮仲間、エリンに問う。
「エリン、幻想化身って何なんですか」
「幻想化身というのはこの国の一部に伝えられている、おとぎ話ですよ。…………あり得ない」
「そのあり得ないがあったみたいですけど? とりあえず詳細をお願いします。今の「おとぎ話です」だけじゃ意味がわかりません」
そっから話された事を要約すると、幻想化身てのは所謂『式』の事らしい。
――――『式』とは呪術者の手足として使役されるもの。
「はぁ……。つまり、あれは『魔法』で作られた『使い魔』と?」
「そんな目で見るな。だから言っただろ。あり得ないって!」
うん。義弟、微塵も信じてねえなー。
まあ、それも仕方ないだろう。普通はオカルトの域だし。
「でも、あの子は居たから『あり得た』って事でしょ。それだけの事じゃん」
カラカラと嫁が笑う。
「嫁の言うとおり。自分の目で見たんだ。そこらへんをあり得ないとかどうとかは不毛なんじゃね?」
「……う。まぁ、そうですね」
七海とエリンは納得いかない顔ながら、話が進まないと判断したようだ。
「エリンの話を本当とすると、あれは……幻想化身は、作り手が死んでも魔法が解けない限り消えない。魔法は今で言うところのマナを使って作られている、という」
「そうなりますね」
「…………え。普通にこれってプログラミングでは」
「仕組みは確かに近いと思うけど、現存している幻想化身がいな……かったから、はっきり断言できない。幻想化身の製法は千年くらい前で既に廃れて、当時の資料もおとぎ話とされてほとんど残ってないんだ」
小難しい話を七海とエリンがしてるなあ。ま、それは任せるとして。
「嫁」
「うん? なに。藍ちゃん」
「諦める気は?」
「皆無だよ」
「わかった」
なら仕方ない。
「これ、いざって時にな」
「ありがと」
ニッと悪戯を企む子供のような嫁の顔。
懐に仕舞っていた防犯グッズは無事に嫁の手に渡った。
「ねえ、藍ちゃん」
「どうした?」
「藍ちゃんはあの子、どう思った?」
ここで言う『あの子』とは件の幻想化身と呼ばれる存在だろう。
「本気じゃねーけど、本気になるとこっちの分が悪い相手になるんじゃねぇかな」
「うーん……。そっか。ありがと」
「おう」
何かを考え、そして一度瞳を閉じて。再度開けた嫁。きっと何かを考え、決断したのだろう。
その清流よりも青く澄む瞳は、美しい。
そう。嫁は自ら考え、決断できる。そこが俺にはたまらない。
見てくれが良い女はそこらにごまんと居る。だが、嫁のように自分の欲望を自覚して、それを遂げようとする奴は少ない。
人間という、種の制限時間を把握し、決断する気概はしびれるくらい良い女だと俺は思う。
叶えてやりたい。それを成し遂げた時、嫁はどんな顔を見せてくれるのか。それだけの気概で挑むそれは、どんな結末を迎えるのか。
ああ、何て事はねぇな。俺も知りたいだけだ。
嫁という女の結末を。
短いその話の中に、出来れば登場したいんだ。一時でも、忘れられない奴だと良い。
「あの、二藍さん。聞いてます?」
「ばっちりだ。義弟」
「あんたの弟じゃない。聞いているなら顔をお姉にばっか固定しないでこっちみて下さい。失礼ですよ」
「なぁんだ。寂しいのか? 可愛いな。義弟」
「やっぱお姉見てて良いんで黙ってもらえますか」
義弟がぷりぷりと怒った。顔は嫁そっくりだから、どうしたって俺には可愛く見えんだよなぁ。
ま。俺は嫁と義弟の護衛だ。それ以外は好きにすれば良いんじゃねえかなと思ってる。
再び地下に行くことは嫁の様子から決定事項だろう。ここで行かないとなっても嫁は行く。そうなるとわかっているのに『行くか行かないか』を言うのは不毛だろう。義弟もわかっているからこそ、そこより『どう対処するか』に話を向けている。
しかし、式ねぇ……。今時しかも異国で、んなモンが出るとは思わなかった。
嫁についてきて正解だったな。
思いもよらない出来事、変わった奴ら。嫁の周りにはそういうのが集まってくる。
退屈なんて考えられない。最高の女。
その行き着く先を、俺はこれからも一番近くで見ていたい。
さて、どうなる?




