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あいつは……

 授業終了の鐘が鳴ると同時、俺はラキアの元へと寄ろうとした。


 ラキアは既に弁当箱を取り出し、教室から出ようとしている。ここで話しかけられなかったら、しばらくチャンスが無くなるだろう。


「ラキア……」


 呼びかけた瞬間に、俺の前に何人かの生徒が集まってきた。まあ、肌の色が赤かったり、角が生えていたりと明らかに人外だ。


「なあ、お前なんでこんな場所にいんの?」

「人間のくせに魔界にいられるってどーいうことだよ?」


 ぶいぶいと質問攻めしてくるなこいつら。俺が困り果てると、教師が「やめなさい、あなたたち」と会話に割って入ってきてくれた。


「この人は、少し事情があってここにいるのだよ。なに、あの人間達とは全く違う、いわば無害な人間だ。何もしてこない人を無闇に攻撃してはいけないと、お母さんから教わらなかったのかい?」

「……先生がそういうなら仕方ないよな」


 生徒達はそう言うと各々の席へと戻り始めた。


 俺はそれを確認すると、ラキアがどこに行ったのかを探し始める。

 ――まあ、もう教室にはいないよな、そりゃ。俺はどんよりと肩を落とした。


「……あなたが、カツヒトさんですね? 話は伺っています。私はユキアスと言います。以後、お見知りおきを」

「あ、ああ、どうも……」


 こいつ、案外と物腰が柔らかいな。ゴミみたいな目は俺の勘違いなのだろうか?

 ……いや、勘違いじゃない。こいつ、物腰柔らかなのは確かだが、その実内心では人を見下してやがる。俺はユキアスの恐ろしさに背筋が凍った。


「……ラキアさんの保護者でしょうか?」

「あ? ……ま、まあ、今回は一応、そうなるっすね」

「ふむ……。少し、外しませんかね? 話したいことがあります」


 ユキアスはそう言うと、教室から出ようとドアに向かって歩き始めた。俺は「ちょ」と慌てながら、その後ろを追い、廊下へと飛び出た。


 木で作られた床を歩き、ギシギシという音をその身で感じる。やがて、人目につかなそうな静かな教室の前まで来ると、ユキアスはため息をつきながら語り始めた。


「正直な話、ラキアさんには困っています」


 な、何を言い出すんだ突然こいつは?


「今回の私の授業を見てわかったと思いますが、彼女は成績が悪いです。勉学だけではありません、武術も魔術も、何もかもが悪いです。はっきりと言えば落ちこぼれ……このままでは、将来さえ怪しいです」

「おいおい待てよ、なんであいつのことに俺が関係するんっすか? 事情もよくわかんねーうちの話なのに、どうかしてるって」

「今日はあなたが保護者です。……魔王様は忙しく、このような話ができません。ですので、代わりに伝えてもらえれば、と」

「……意味わかんねー。まあ、いいけど」

「それでは、話の続きをさせてもらいますが……。私が気になるのは、あの子、家でどれだけ勉強をしているのでしょうか?」


 俺は「あ?」と返してしまった。


 質問の意味はわかる。あいつが頑張ってないからこうなってるんだ、だから頑張らせろ。俺は、昔腐るほど聞いてきたその言葉が予見できた瞬間、大きく嘆息した。


「あのな、先生。俺はあいつのこと、わからねーけど……勉強は、しっかりやってたっすよ? 昨日だって、ずっとノートにかじりついてたし」

「あなたはつきっきりで彼女が勉強している様を見たのでしょうか?」

「いや、見てねーっすけど……」

「なら、わからないわけですね」


 結局その結論に行くんなら、質問なんてすんじゃねーよ。俺は不機嫌に頭をかいた。


「私はですね、あの子に力が無いのは大した事をしていないからだと思ってるのですよ。魔王の娘だというのに、そのプレッシャーも理解せず、ただ遊んでいるだけ。魔王様を貶す訳ではありませんが、正直、それを放っておく彼も私はどうかと思います。今こうしてあなたに迷惑をかけているのも、元をたどれば――」

「黙れよ」


 俺は反射的にそう答えていた。


「何が『わからないわけ』だよ。てめぇ、あいつが昨日どんだけ予習で頭悩ませてたか知ってんのかよ? なにが『わかってない』だ、てめぇの方はたったそれだけもわかってねぇじゃねーか。文字通り何も知らねー癖に、適当な考え押し付けんじゃねーよ!」


 声はいつの間にか大きくなっていた。荒く、威嚇するように凄んだ声。それがどれだけしょぼくれてるかはわかってるが、だからと言って叫ばずにはいられなかった。


 ユキアスはしばらく俺を睨みつけ、大きく嘆息して肩を落とした。


「まったく、やっぱりですね。頭の悪い人には、頭の悪い人が集まる。これはこの世の真理ですね」

「あ?」

「バカにはなりたくないと言ってるのですよ、私は。ラキアさんもそうですが、あなたも大層なバカです。見ていて反吐が出ます。もっと私や、私の娘のように、聡明に過ごしていただきたいですね」

「てめぇの娘ってのは、あのエリーナとか言うクソガキか?」

「人の娘をクソガキ扱いですか。これは、教育がなってませんね。あなたは特に敬語もおかしいですし」

「はっ! ガキ使ってマウント取りに行くようなクズに言われる筋合いはねーよ」

「マウント?」

「ああ。ラキアが答えられなかった問題を、てめー、エリーナに答えさせてたろ。ようは、俺の娘の方がすげーんだって見せつけてるってことだろ?

 ラキアの何が気に入らなくてんなことしてるかは知らねーけどよ。てめぇの素晴らしい教育を自慢したけりゃ、もっと別の方法でやりな」


 俺は思ったことを全て言い切った。と……


「く、ふふふ……」


 突然ユキアスは吹き出し、終いには「はっはっは!」と大声をあげ笑い出した。


「何を言い出すかと思えば、まったく見当違いなことを。あなたの空想を吐露して満足ですか、そうですか。

 あれは純粋にたまたま、そうなっただけですよ。私も意図していないところでした、不快にさせたのなら謝ります。

 しかし、いささか心外ですね。私が他人より優位に立つためにあんなことをした、そんなふうに受け取られるのは。あなた――ひねくれた目をしてますね?」


 うるせぇよ。俺は大きく舌打ちをすると、ユキアスに背を向け歩き出した。


「どこへ行くのです?」

「てめぇと話をすんのは嫌なんだよ。じゃあな、俺はもう帰る」

「おや? 言い返せないからですかね?」

「ガキのお守りに付き合ってる暇はねーっつってんだ」


 歩き、歩き、歩く。何歩か足を踏み出したところで、俺は「おい!」とユキアスを振り返り、奴を睨みつけた。


「ラキアはてめぇが思ってるような奴じゃねぇ。結果も出す! ……そんじゃあな」


 俺は頭をかいて、イライラしながら歩き出す。

 後ろからユキアスが吹き出す声が聞こえた気がした。俺は一度舌打ちすると、「クソ」と小さく呟いた。


◇ ◇ ◇ ◇


 結局ラキアは見つからず、俺は自分の部屋へと帰宅した。

 一度大きく息を吐いてからベッドを思い切り殴る。

 全くない手応えと、しょぼくれた「ボスン」という音。俺は、この怒りは収まらないと悟り、自暴自棄になったようにベッドに寝転がった。


 何にイライラしているのかと言われたら、あいつのムカつく面だと答える。ただ、なんでイライラしているのかと聞かれたら、俺はなぜかわからなかった。


 ラキアのことを馬鹿にされたから? だとしたら変だ。あいつはムカつくクソガキで、あいつがどんな生活をしていようが、例え劣等感に支配されていようが、俺には関係ないからだ。だが、俺はそれでも、ユキアスのラキアへの言葉が許せなかった。


 ちくしょう。わけがわからねぇ。俺は頭をガリガリかいて、「あー!」と悶えていた。


「……ああ、魔王の奴にあの話、伝えねーとな……。ったく、娘をバカにされたなんてどう言やいいんだよ……」


 俺は大きく息を吐きながら立ち上がる。とぼとぼと歩きながら、俺は魔王がいるであろう部屋にまで向かった。




 魔王の部屋は一言で言えば「執務室」だ。広い空間の中心に、大きくて豪奢でご立派な机と椅子があって、書き作業はここでやってるのだとわかった。その傍らには、1つの小さな机があり、その前後に小さな椅子が置いてある。来客用か?


 魔王はあの悪魔かなにかみたいな顔には明らかに不釣り合いな、小さな銀縁メガネをかけて、机で作業をしていた。その姿はなかなかおかしかったが、俺は今、笑える気がしなかった。


「ぬ? カツヒトではないか。むぐぅ……今日は貴様が来ると思っていたから、普段は着けぬメガネを着け、笑いを取ろうと思ったのだが……」


 それネタだったのかよ。俺はあまりのくだらなさに肩を落とした。


「むぅ。鼻ヒゲメガネの方が良かったみたいだ。まあ良い。

 それで、カツヒト。ラキアの様子はどうだった?」


 俺はそれを聞かれて、一度大きくため息をついた。


「――それが、よ」


 俺は、ユキアスから言われた事を余すことなく伝えた。魔王はそれにただ頷くだけで、最後まで、質問の一つもせずに聞ききった。


「……と、いうわけだ。正直、話したくなかった。娘がディスられてんのを見るのは嫌だと思うからよ」


 だが、話さなかったからと言ってそれで問題が解決するわけじゃない。

 結局、ラキアの問題ということで終わる話。あいつの問題なのだから、あいつに何とかしてもらうしかないのだ。俺はもう1度、深くため息をついた。


「――話は、よくわかった。むぐぅ、ラキアは毎日勉強に武術に魔術にと頑張っているのだが……しかし、何分成果が出ないのだよ」

「よくあることだ。頑張っても結果が出ないなんざ、俺がいた世界じゃざらだったぜ。……そりゃあもう、どんだけやっても、ちょっとした壁さえ乗り越えられないなんてな」

「ふむ? ……まあ、ラキアの話に戻すが――。

 我はどうすればいいと思う?」


 それを俺に聞くんじゃねーよ。俺は頭をかいた。


「簡単だろ。あいつの勉強とか、手伝ってやればいいんだよ。魔王なんだから、それくらいできるだろ?」

「いや……それは、ならん。ラキアは娘であり、次期魔王になるやもしれん。我が手を貸したのでは、あの子のためにならぬ。……壁というのは、自分で乗り越えるからこそ価値があるのだ」

「あ?」


 俺は口を開けたまま閉じられなかった。こいつ、なんて言った?


「いやいや、おま、娘のことだぞ? 1人じゃどうにもできねー時に支えるのが親なんじゃねーのかよ? お前にはその力があるんだから、しっかりと――」

「力があるからこそ、ダメなのだ。我は……自分で言うのもなんだが、強大すぎる。そんな我が施しをすれば、壁を乗り越えるのも容易くなる。それでは、他の魔王候補にとって不平等だ。何よりラキアには、自分の力で壁を乗り越える強さを身につけてほしい。だから――我には、何もできぬ」


 俺は呆れて物も言えなかった。魔界の連中ってのは、全員面倒な奴ばかりなのか?


 俺は大きく嘆息すると、踵を返し、部屋の出口へと向かった。魔王が「カツヒト、どこへ行く?」と尋ねてくる。俺はそれに答えることなく、部屋を出て、扉を勢いよく閉めた。

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