授業参観
魔族の学校である「魔界学園」は、魔王城を出て20分ほど歩いたところにある。
魔族の学校は案外と大した装飾はされておらず、ただ黒のレンガで作られた凸形の施設だった。ただし、校門にはドクロが飾られていたり、構内に建っている像が明らかに魔王のものだったり、でかい時計塔のようなものが煙突みたいに建っていて、そこにバカでかい鐘があったりするのだが。
ラキアの授業参観はどうやら4時間目らしく、俺は魔王城でゆっくりと用意し、悠々自適と魔界学園へと向かった。
校門に立ち入った時、俺は自分の学生時代とこの学校を比べて驚いていた。
まず、下駄箱が無い。荷物を入れるロッカーもない。つまり靴を履いて学校を歩き回り、荷物は自己管理というわけだ。
この辺は、文化の違いという奴か。俺は妙に感心しながら玄関を抜け、2階へと続く階段を上った。
ラキアは2年生らしく、教室は2階にあるらしい。魔王は「1番最初の教室」とか言ってたが、間違っていないか不安になる。
と、2階に着いた。なんか、すれ違うママ様パパ様が俺を忌避するような目で見てくるのだが……まあ、人間だしな、仕方ないか。
俺は階段を上がってすぐの角を左へ曲がる。そこは一直線の廊下で、左手側に教室の扉が、ある程度の幅を取って並んでいる。
俺はその中の、一番初めのドアをくぐった。
教室は至って普通だ。後ろに小さな棚みたいな、ロッカーらしきものがあり、その中には生徒の私物が投げ込まれている。棚の上には学級文庫が並んでいて、俺はガキの頃、本なんて全く読まなかったな、なんて思っていた。
俺が教室に入った途端、ロッカーの前で整列していた明らかに人間じゃない面々が俺を驚いたように見ていた。いや、仕方ないけどさ! 痛いよ! 視線が痛い!
と、突如ざわめき出す教室。何事かと生徒達が、俺の方を見てくる。俺は多数の視線に晒され、顔を赤くした。
「おいおい、なんか人間来てるぞ!」
「誰だよ、人間呼んだの!」
「授業参観に人間が来るとか、ありえねー!」
生徒達が騒ぎ出す。あ、これあれだ。来ない方が良かったやつだ。まかり間違ってラキアの保護者として来たことがバレたら――
「あら〜? あらあらあら〜? あの人間は、昨日ラキアさんと歩いていた人じゃないですか〜!」
エリーナの声が聞こえてきた。お前、このクラスなのかよ!
俺は焦って、ラキアの姿を探す。
案の定、頬をふくらませて怒り心頭だった。いや、ラキア。これはお前、怒って仕方ない。後で殴られておくか。
俺は頭を低くして、「へ、へへ、どうも」と親御さんたちに挨拶した。いや、案の定無視だが。俺は授業を促すため、あえてビシッと黒板の方を見て立った。
「こらこら、あなたたち。授業中ですよ」
先生はどこかで見たことある奴だった。
癖のある白髪、体の一部が魚類の鱗で覆われている。なんというか、エリーナっぽい。男版のエリーナっていうか……。
いや、あれエリーナの父親だ。昨日俺をゴミを見るような目で見てきたやつ。
あの野郎、今も俺をゴミのように見てやがる。俺はいけすかない教師に睨みをお見舞した。
「コホン。さて、魔術理論の続きですが――」
魔術理論、か。俺はなんとなく興味がわいて、とりあえずこの先生の話を聞いてみることにした。
「振り返りますが、魔術の力、マナは、我々の血管を通り全身を巡っています。これは私たち魔族だけでなく、人間にも、動植物にも、はたまた無機物のような非生物にも共通しています」
へぇ、そういうものなのか。俺はここに来て初めて受けた魔術の授業に感心していた。さっきから感心してばっかな気がするな、俺。
「さて、マナというものは空気にも含まれています。そのマナを取り込んだ場合、どうなるでしょうか?」
生徒への質問だろうか、教師は生徒達の顔を一瞥し始めた。
と、俺はラキアの尻尾がピンと立つのに気がついた。どう考えても答えられるところって事だな。わかりやすい奴だ。
「では、テルミアさん、お答えください」
ラキアの尻尾がへにゃりと落ちた。わかりやすいな本当。
「んあー? 答えなきゃいけません、先生?」
テルミアという生徒は長い金髪で顔の一部を隠しているような姿だった。一番おかしいのは、こいつ、机の上に枕置いてやがる。今の今まで寝てやがったな。
「親御さんが来ているのですよ?」
「私の親来ないから関係ないよ〜」
「怒りますよ?」
「あ、はい、すみません……」
怖いのは嫌か。案外と素直(?)なところもあるテルミアに、俺は吹き出しそうだった。
「えっと〜、普通に体ん中巡るんでしょ? そんでー、自分のマナになる。ようは、体の中に入ったマナは自分のものとして扱えるんだよね」
「そうです。その先まで言われてしまいましたね。お見事です」
教師はそう言うとパチパチ拍手をした。腹は立つが、生徒への賞賛は忘れないんだな。
「気をつけていただきたいのは、例えば私が、私より強大な力を持つ者を食べたとします。しかし取り込めるマナは、私が取り込める限界量のマナのみとなります。つまり、コップの容量を超える水を入れたところで、水はこぼれてしまう、というわけです」
なるほど。となると、気になることがあるな。つまり、生まれつきマナの量は決まっているのか、そうじゃないのか。
……もし前者だった場合、俺は完全にここでの生活詰んでるな。何もできねーとか死ぬほど嫌だぞ、本当。
「さて、ここでみなさんも気になると思いますが、マナの限界量はどのようにして決められるのでしょう?
それはすなわち、マナ増加のための修行を積むことです。生まれつきの個人差はあるものの、それはあとから埋め合わせられるというわけですね」
なるほど、となると俺にもチャンスがあるわけか。
……まあ、最低限の量は必要だよな。でも、今から量を増やすのは面倒だな。……どうせ大した意味ねーし。
「さて、ここで話を逸らします。マナは取り込んで使う物でもありますが、実はそれでは大変燃費が悪いです。そこで、私たちは『共鳴』という技術を使い、他の物質に存在するマナを取り込まずして使います。
そして共鳴には、それぞれの物質のマナにある、特有の波長に自身のマナを合わせるという技術が不可欠です。さて、ここで問題です。周囲のマナと波長を合わせ、マナを取り込まずして使う共鳴。こちらは、複数の違う物質にも使うことができます。
さて。固有の波長を持つ物質Aと、それとは違う波長を持つ物質B。この2つのマナを同時に使うには、どうすれば良いでしょうか?」
瞬間、ラキアの尻尾から力が抜け、地面に落ちた。あ、やばい、こいつこの部分わかってない。
「では――」
やばい、ラキアに行くんじゃない。俺は祈るように喉を鳴らした。
が――
「ラキアさん、お答えください」
ラキアは「は、はい!」と席を立った。何やってんだあいつ、あんなの余計に注目されんじゃねーか!
ラキアが席を立ってから、しばらく沈黙が流れた。ラキアは黒板を見たり、天井を見たりと視線を忙しく動かし、持っている教科書らしきものを幾度となくいじくっていた。
吹き出す声、保護者のひそひそ喋り。当然、静寂した教室で、それがラキアの耳に届いていないわけがない。俺は冷や汗を流して、ラキアにただエールを送っていた。
答えろ、ラキア。昨日あれだけ勉強したじゃないか。だから、頼む、ラキア。
「……もういいです」
と、教師は呆れたように首を振ると、「エリーナさん」と別の生徒へ質問した。
「お答えください」
「……1つの物質と共鳴すると、その状態がしばらく維持されますわ。その間に、別の物質と共鳴する。この速度が速ければ速いほど、多くの物質と共鳴でき、結果、強力な魔術を使うことも可能になりますわ」
「正解です。今、エリーナさんが言った通り、共鳴を維持させ、その間に別の物質へ共鳴することで複数への共鳴が可能になります。共鳴を維持させることを『共鳴維持』、共鳴を繋げることを『共鳴結合』と言います。ラキアさん、しっかり覚えておきましょう」
ラキアが「はい……」と言って席に座る。声が泣いてるようだった。尻尾が生気を失くしたように、全く動かない。
周りからクスクスと声がする。俺はそれを聞いて、手に力を込め、震えることしかできなかった。




