30 ヴァルネットへの帰還
「なんか、随分久しぶりな気がするなぁ」
馬車に揺られながら、明かり取りから見えるヴァルネットの街を眺める。ようやく帰ってきたという感慨に浸っていると、興奮したラグが頭上を飛び回り始めた。
「三週間ぶりくらいよね。リュシーにとっては長い休みになるんだから、ゆっくり羽根を伸ばしなさい」
隣に座るシルヴィさんが、穏やかに微笑む。
「はい。休めってことなんでしょうね」
「冒険者活動は休んでも、あっちは休ませてあげないから。みんなは当分帰って来ないし、リュシーのお世話は上から下まで任せて」
なぜか、太ももを撫でられている。
「いや、自分のことは自分でできますから」
「なによ〜。照れなくてもいいじゃない。しつこい聞き取りも終わったんだし、この前の夜みたいに、めちゃくちゃにしてよぉ」
「シルヴィさん。衛兵も乗ってますから」
見張り役として、ふたりの衛兵が同乗している。そのうちのひとりから、険しい視線を向けられ続けていた。余程の堅物か、それとも妬みか。
「それにしても、よく戻って来られたわねぇ」
シルヴィさんが、窓の外へ目を向けながら呟く。
「大司教には感謝しかありません」
あの後、俺たちはグラセールの街へ戻り、衛兵の詰め所へ移送された。そこで待っていたのは、執拗なまでの聞き取り調査だ。
「Gたちの遺体も失ったし、証拠らしい証拠はなかったものね」
「俺たちの証言だけじゃ、説得力もありませんでしたからね。それでも数日で解放されたのは、大司教が無実を訴えてくれたお陰ですよ」
被害に遭った本人である彼が、俺たちのために懸命な口添えをしてくれた。
本来、魔導師や聖職者を冒涜する行為は厳罰に値する。失われつつある魔法の力を行使できる彼らは、この国では上流階級に準ずる存在として優遇されているからだ。
「下手をすれば、王都の地下牢行きだったかもしれないわよね」
「霊峰の寺院で暴れた件まで、双方の誤解から生じた自衛行為だって擁護してくれたそうです」
「全部、罪を告白したからじゃないかしら」
シルヴィさんが、どこか遠い目をする。
「最後に見せたあの顔が、本当のジョフロワだったのかもしれませんね」
すべての罪を告白した彼は、晴れやかな表情をしていた。霊峰にある箱庭も、少しは浄化されていくはずだ。
「でも、結局リュシーだけが処罰されちゃったわね」
「気にしてませんよ。六十日間、加護の腕輪を没収。一切の冒険者活動は禁止。その間はヴァルネットの寺院で奉仕活動をして、街から一歩も出ちゃいけない。その程度ですから」
「結構、厳しいじゃない」
「牢に入れられるよりずっとマシですよ」
本来なら、霊峰の寺院で奉仕を行うのが筋だろう。しかし、騒動を起こした魔導師たちと再び顔を合わせれば、新たな問題を生みかねない。その点については、向こうも同じ考えだったらしい。
「で、腕輪はどうなったの?」
「王都アヴィレンヌの冒険者ギルド本部に送られました。活動停止が解かれたら、王都で引き取りの手続きをしろって」
「じゃあ、次に腕輪を取り戻すのは王都ね」
「そうなります」
大司教とは、聞き取り調査を終えた後に別れの挨拶を交わした。彼は最後までマリーのことを気に掛けていたが、きっとあれが本当の顔だったのだろう。
「マリー、元気にやってるのかしら」
「レオンたちが一緒ですから、大丈夫ですよ」
マリーの笑顔を思い出し、わずかに口元が緩む。
昨日の朝、俺とシルヴィさんはグラセールを発った。三日を費やし、ようやくヴァルネットに戻ってきたところだ。
馬車はそのまま街中を進み、衛兵の詰め所で停止した。すると、出迎えに現れたのはシモンさんだった。
「衛兵長のお出迎えとは、恐れ入ります」
頭を下げると、頭上で鼻を鳴らす音が聞こえた。
「無用な災難に巻き込まれるとはな。これだから、冒険者などロクなことにならんのだ」
渋い顔で唸り、空を見上げながら顎を擦っている。
「まさか、心配してくれてたんですか」
「貴様の心配などするか」
真っ赤になった熊さんを見て、思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます。でも、冒険者だって悪くありませんよ。災難に遭ってこそわかることもある。ひとつひとつが、きっと糧になるんです」
冒険者という職業は、本当に面白い。ひとつの街に留まるなんて、今の俺にはできそうにない。
「とにかく、なんだ……無事に済んで幸いだったな。この街から犯罪者が出たとあっては、私の面目も丸潰れだ。冒険者活動も停止されたのだから、当分は大人しくしていることだな」
「そうさせてもらいますよ」
衛兵たちに別れを告げ、シルヴィさんと共に天使の揺り籠亭を目指して歩き出す。
「不器用そうだけど、いい男だったわね」
「シモンさんに興味が湧いてきました?」
「お断りよ。お堅い仕事の男って、真面目で退屈そうだし。今はやっぱり、リュシーね」
「いや、いや、いや……」
「安心して。別に恋人にしてなんて言うつもりもないから。あぁ、お酒飲みた〜い」
昼過ぎの街路で叫ぶ酒乱がひとり。それを聞き付けたわけでもないだろうが、駆け寄ってくるふたつの人影があった。
「がう、がうっ」
ラグがその姿を見付け、声を上げる。
「リュシアン・バティスト。戻ったのか」
「リュシアンさ〜ん、心配したんですよ」
ナルシスの姿に顔をしかめつつ、シャルロットの愛情突進を受け流した。
「どわたたっ!」
転びそうになったシャルロットを、隣にいたシルヴィさんがしっかり受け止める。
「ひえぇぇ……シルヴィさん、すみません。私はなんと畏れ多いことを」
お下げを振り乱し、シャルロットが慌てふためいた。
「ちょっと、リュシアンさん。どうして私の愛を受け止めてくれないんですかっ!?」
「すまん。シャルロットからの愛は満杯で、これ以上は受け止めきれそうにない。その勢いは、ギルドの衝立にぶつけてくれ」
「そんな。ひどい……」
シャルロットが半泣きになった途端、背中を強く叩かれた。
「リュシアン・バティスト。彼女に対して、その態度は失礼だろう。どれほど君のことを心配していたと思っているんだ」
ナルシスが険しい顔で睨んでくる。
「僕がこの街へ戻るなり、君の様子を慌てて聞きに来たんだぞ。君たちが衛兵の詰め所へ移送されることは知っていたから、ここでこうして待っていたというのに」
「悪かったよ。ほんの冗談だろ」
「女心がわかってないのよ、リュシーは」
今度はシルヴィさんに腕をつねられた。
「だから痛いって。なんなんですか……」
みんなの気持ちは嬉しい。その本心がわからないほど馬鹿じゃない。
でも俺は、セリーヌを追うと決めている。
「ふたりにも心配かけたな。ありがとう」
「ふえぇ……リュシアンさ〜ん……」
シャルロットの小柄な体を抱き留めてやると、ナルシスから深い溜め息が聞こえた。
「リュシアン・バティスト。君は冒険者活動停止だったな……君の処分が解けるまで、僕はひとり旅に出るつもりだ」
「そうか。しっかりやれよ」
「軽いな、君は!?」
「なんだよ。おまえが寂しそうな顔するんじゃねぇよ。気持ち悪い」
一体、どうして欲しいんだ。
「今回の戦いで、自分の無力さを痛感したよ。君の好敵手として相応しいよう、強くなって戻って来る。期待していてくれたまえ」
「そうか。頑張れよ」
「だから、軽いんじゃないのかい!?」
「他にどう言えっていうんだよ。行かないで、とか言って欲しいのか?」
もう、こいつ面倒くさい。
「俺も負けないように頑張るぜ、だとか、言いようがあるだろう」
「俺モ、負ケナイヨウニ、頑張ルゼ」
抑揚を込めず、棒読みで返してやった。
「もういい……絶対、君に吠え面をかかせてやるからな。覚悟していろ」
怒りに全身を震わせたナルシスは、全力疾走で人混みの中へ消えていった。
相変わらず鬱陶しいけれど、からかいがいのある奴でもある。
「あれで良かったの?」
シルヴィさんが苦笑を浮かべる。
「焚き付けた方が、燃え上がる奴ですから」
どこまで強くなれるのか。少しくらいはましになって戻ってくるだろうか。
「っていうか、シャルロット。おまえもいい加減に離れろ。ギルドの仕事があるんだろ」
「もう、今日の仕事は放棄します。せっかくリュシアンさんが帰ってきたんですから」
「責任を放棄するような奴は最低だと思うぞ」
すると、俺の胸へ顔を埋めていたシャルロットは、即座に顔を上げた。
「仕事に戻ります。明日は休暇なので、揺り籠亭へ遊びに行ってもいいですか?」
「まぁ、好きにしろ」
目を輝かせて走り去るシャルロットを見送る。その後、シルヴィさんと揺り籠亭の前へ戻ってくると、商店街の奥から歩いてきた助祭のブリジットと出会った。右手に提げた編み籠の中には、色とりどりの花が見える。
「まぁ。お戻りになられたのですね。心配しましたわ。大司教様は攫われ……犯人はリュシアンさんだと……呪いは大丈夫ですか」
「はい。もうすっかり。すべて無事に片付きました。ご心配をおかけしました」
「安心しましたわ……万が一、体調に問題があれば……遠慮なく寺院を頼ってくださいね」
エクボが魅力的な、柔らかな笑みだった。
「ありがとうございます。しばらくは寺院で奉仕活動になるので、よろしくお願いします」
「こちらこそ……楽しみにしていますわ」
花の残り香を漂わせながら、ブリジットはしとやかな仕草で去ってゆく。最後に会ったのが彼女で良かった。お陰で、穏やかな気持ちになれた。
「結局、みんないなくなっちゃったわね」
「え? 宿にフェリクスさんがいますよね」
「他のお抱えパーティを見に行ってるわ。二ヶ月後、王都アヴィレンヌで国王の生誕祭があるでしょ。それまでには戻るって」
「ってことは、それまでの間……」
「ええ。宿の二階は私たちの貸し切り。たっぷり愛を深めましょうね」
全身から血の気が引いていく。みんなが戻るまで、正気を保っていられる自信がない。
俺の明日は、どこにあるのだろうか。
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:碧色の閃光
[装備]
スリング・ショット
冒険者の服
< ナルシス=アブラーム >
□年齢:20
□冒険者ランク:C
□称号:涼風の貴公子
[装備]
細身剣
華麗な服
< シルヴィ=メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅のビキニアーマー
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:二物の神者
[装備]
ソードブレイカー
軽量鎧
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣
クロスボウ・夢幻翼
軽量鎧
< エドモン=ジャカール >
□年齢:23
□冒険者ランク:S
□称号:真理の探求者
[装備]
魔導杖
朱の法衣
< フェリクス=ラグランジュ >
□年齢:38
□冒険者ランク:L
□称号:断罪の剣聖
[装備]
聖剣ミトロジー
軽量鎧
< マリー=アルシェ >
□年齢:17
□冒険者ランク:D(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
タリスマン
< アルバン=カスタニエ >
□年齢:21
□冒険者ランク:C
□称号:なし
[装備]
長剣
軽量鎧
< モーリス=ベナール >
□年齢:21
□冒険者ランク:C
□称号:なし
[装備]
長剣
軽量鎧
< リーズ=ブランシュ >
□年齢:21
□冒険者ランク:C
□称号:なし
[装備]
なし
ラフスケッチ画:やぎめぐみ様
twitter:@hien_drawing





