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29 胸に満ちる暖かな想い


 腕を掴まれた衛兵が持っていたのは縄。俺の両手は後ろで縛り上げられたが、こいつらの姿が見えた時点で想定済みの展開だ。


 そして、剣や槍を構えた衛兵に割り込まれ、仲間たちも散り散りに引き離されてゆく。


「もう少し優しく縛ってくれよ。逃げも隠れもしねぇっての」


 馬上の衛兵長は、感情の読み取れない顔だ。


「用があるのは俺だろ。他の奴等は関係ない」


「だったらなぜ、グラセールの街から逃げる必要があった。後で聞かせてもらう」


 衛兵長は、アンナに繋いだ縄を部下へ預けて下馬。すると、シルヴィさんが声を上げた。


「真犯人を追ってたからに決まってるでしょ。釈明してる余裕なんてなかったのよ」


 反論しながら、シルヴィさんはアンナへ何かを渡した。良く見れば魔導通話石だ。朝食時に、見張りを頼んだ三人から回収したものだろう。


 結局、Gと俺が持っていた一組は戦いの中で破損してしまった。あれが手に入れば、より便利になったのだが。


「話を聞きたいなら、あたしも一緒にどうぞ。実質、みんなをまとめてるのはあたしだから」


 俺の側へ歩み寄る途中、別の衛兵に腕を掴まれたシルヴィさん。その顔には不満の色がありありと漂っている。


「ちょっと。変な所を触ったら許さないわよ。グラセールの衛兵は最低だって、ギルドを通して悪評を流してやるんだから」


 睨まれた若い衛兵は顔を引きつらせ、細心の注意を払いながら彼女の両手を縛った。


「シルヴィさんまで捕まることありませんよ。俺が何とかしますから」


「あそこで逃げたのは事実だし、誰かが行かなきゃ収まらないでしょ。あいつらも面子があるんだろうし」


 嫌みを込めた笑みが、不意に険しくなった。


「ただ、私を縛ろうっていうのは頂けないわよね……私にこんなことしていいのは、リュシーだけなんだから」


「シルヴィさんを縛って喜ぶような趣味はありませんから。縛ろうとも思わねぇし」


「またまたぁ。試してみなさいって。好きな所を縛っていいのよ。あんな所やこんな所も」


 俺は溜め息をつき、衛兵長へ視線を送った。


「そこにある、馬車の荷台を確認してくれ。大司教を攫った、本当の黒幕どもの遺体だ」


「そんな話を信じると思うか?」


 表情を変えず、冷たい視線を向けてくる冷徹男。年は三十後半といったところか。フェリクスさんとそう変わらないだろう。


「彼の言っていることは本当だ。この私が保証する。信じてくれ」


「大司教……」


 まさかここで、彼が声を上げてくれるとは。


「大司教様、ご無事で何よりです!」


 慌てて駆け寄る衛兵長の態度に腹が立った。シモンといい、余り良い印象が持てない。

 俺の怒りで刺激してしまったのか、左肩の上ではラグが唸り声を上げている。


「彼等を自由にしてあげてください」


「これも規則ですので……詳細を把握するまでは解放できません。申し訳ありませんが、この二名はグラセールへ移送します」


 二名という言葉に安堵した。全員が捕まれば、リーズの母親の治療が滞ってしまう。


「大司教様とそちらのお嬢様は、責任を持って霊峰れいほうの寺院までお送りさせて頂きます」


「必要ない!」


 大司教の一喝で、途端に緊張が漲る。


「彼等は命の恩人なのだ。その恩人を連れて行くと言うのなら、黙っていられるか! その無実を証明するため、同行させてもらう」


 怒りを剥き出した大司教が、衛兵たちの馬車へ足早に向かって行く。それにうろたえた衛兵は、黙って見ていることしかできずに。


「良かったわね、リュシー」


 シルヴィさんに体当たりされるも、胸が一杯で言葉が続かない。大司教の気持ちをしかと受け止め、散り散りの仲間たちを見渡した。


「みんな、後は頼む。アンナも、マリーたちに付いて行ってやってくれ」


「うん。アンナに任せて!」


 衛兵たちの陰から声だけが聞こえた。あの面子なら心配はない。


 俺とシルヴィさんは衛兵たちの馬車に乗せられ、仲間たちはGが残した馬車へ向かった。そしてGとMの遺体は、俺たちの後続馬車へ。遺体と同乗は気が進まないだろうが重要な証拠だ。彼等には我慢してもらうしかない。


 向かい合わせられた木製ベンチ。シルヴィさんと隣同士で腰を降ろした時だった。


「碧色さん!」


 外からの大声に視線を向けると、アルバン、モーリス、リーズの姿があった。アルバンが心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「私はまだ、碧色さんに何一つ御恩をお返しできていません」


「は? なに言ってんだ? 誰だよ、おまえ」


「え?」


 アルバンは目を見開き、間抜けな顔を晒す。


「おまえらなんて知らねぇよ。失せろ」


 そのまま御者台ぎょしゃだいに座る衛兵を見た。


「おい、さっさと行こうぜ。こっちは一刻も早く、縄を解いて欲しいんだ」


 幌を掴んでいたアルバンは、驚きと悲しみが入り交じった複雑な顔だ。そのまま、リーズとモーリスによって引き離されてゆく。


 衛兵長の馬が先頭となり、俺たちの乗った馬車がそれに続く。その間、三人から向けられる視線が痛いほど伝わって。無言のまま深々と頭を下げ続ける三人を見つめながら、込み上げる想いを押し殺すのが精一杯だった。


 後はマリーがうまくやってくれるだろう。そしてあいつらが平穏な生活を取り戻してくれればそれでいい。それだけでいいんだ。


 その姿が次第に遠ざかってゆく様を見ていると、隣へ寄り添う柔らかな温もりがあった。


「ニクいことするわねぇ……リュシーのそういう所って大好きよ」


 微笑み返しながら、目元に滲む熱いものを必死に堪える。こんな所をレオンに見られたら、ここまで入れ込む俺を馬鹿にするだろう。


 胸に満ちる暖かな想い。自己満足に過ぎないかもしれないが、やり切ったという満足感に喜びを抑えきれずにいた。


「リュシー。気付いてる?」


「なにがですか」


 それは、ジュネイソンを発った数時間後。足場の悪い山道を駆け抜けている時だった。


「後ろの馬車のもっと後。金髪君が、白馬に乗って付いてきてるの」


 外を見ると、確かにナルシスの姿があった。


「あいつ、行く宛がないのか……」


 苦笑しながらも可哀想に思えてきた。今のナルシスの目的はセリーヌだろう。それは必然的に、俺と行動を共にすることに繋がる。


「必死さが可愛いわね。魔導師の()は譲ってあげたら。リュシーにはあたしがいるのよ」


 その言葉で妙な焦りが生まれる。セリーヌが他の誰かのものになるなんて考えられない。


「あいつに負けられるか。っていうか、さっきから胸当てが肘に当たって痛いんですけど……押し付けるの、やめてくれませんか」


 すると、悪戯めいた笑みを見せてきた。


「さっきから痛いなら言えばいいじゃない。黙ってたってことは気付いてたんでしょ。相変わらずムッツリなんだから。スケベさん」


「ムッツリとか、スケベとかって言うな」


 目の前を飛び、舌を出して笑うラグを懲らしめてやりたい。

 だがその時だった。突如、後方から響いたのは、魔獣の叫びと、馬の激しいいななき。


 何事かと目を向けた瞬間、言葉を失った。幌の先に見えたのは熊型魔獣のウルス。そいつが後続の馬車へ体当たりする光景だった。


 大きく弾かれた馬車は、山道を飛び出し宙に舞った。そのまま、魔獣もろとも急斜面を転げ落ちる荒々しい音が響いた。


 衛兵長の馬がきびすを返す。俺も幌の出口へ急いだ。しかし外へ飛び出す前に、同乗していた衛兵に遮られてしまった。


「逃げるわけじゃねぇ。状況を確認させろ」


「駄目です。ここを動かないでください」


 若い衛兵と睨み合うこと数秒。結局、外へ出ることを諦め、ナルシスの姿を探した。


「馬車はどうなった」


 追い付いてきたあいつへ言葉を投げると、苦い顔で首を振る。


「この急勾配だ。はっきりとは見えないが、馬車は粉々だろうね」


 その向こうから、神妙な顔の衛兵長が馬を操り戻ってきた。


「見張り役の二名を残して、他の者は生存者の確認を急げ。まだ魔獣の仲間がいるかもしれん。くれぐれも慎重にな!」


 衛兵たちが慌ただしく荷台を降りて行く中、見ていることしかできない。衛兵長も剣を構え、付近の茂みへ目を凝らしている。確かに、こちらの警戒も緩める訳にはいかないだろう。


「あの魔獣、どうしてあんなマネをしたんだ。自殺行為じゃねぇか」


「よっぽどお腹が空いていたのかしらね。自制心を失うくらいに」


 シルヴィさんの言葉を受け、にわかに不安が募ってゆく。自制心を失う。それはまるで。

 幌に設けられた明かり取りから、即座に森の中へ視線を巡らせる。


「まさかな……」


 頭を振り、馬鹿な考えを捨てる。そんなことがあるはずがない。あってはならない。しかし馬車が転落したことで、あいつらの遺体だけでなくGの荷物も失われてしまった。その中には、彼等の背後へ通じる手掛かりが残っていたかもしれない。


 結局、転落した馬車は見つからず、投げ出された衛兵数名の遺体を回収しただけ。日没が迫ったことで捜索も打ち切られ、俺たちは重い気持ちでグラセールに移動した。

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