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18 蝶の仮面と解かれた謎


「がう、がうっ!」


 夕闇を飛ぶラグを追う。盆地の底から続く緩やかな勾配を、ようやく登り切った。


 竜臨活性ドラグーン・フォースの疲労で体がきつい。加えて衰弱したリーズもいる。唯一の幸いは、アルバンとモーリスが彼女を支えてくれたことだ。


 振り返ると夕闇が包むジュネイソンの廃墟を一望できた。確かにこの場所なら、広場を一望するのも容易い。絶好の監視場所だ。


「リュシー、こっち、こっち!」


 肩へ降りてきたラグへ視線を向けていると、薄闇の先で手を振るシルヴィさんに呼ばれた。


「どうなってんだ?」


 近付くに連れ、状況が視認できるようになった。シルヴィさんの足下には腹ばいになった中年男性がひとり。そして二人の背後には、馬のいない中型馬車の荷台がある。


 周囲を見れば、二頭の馬が離れた木々へ括り付けられている。これもまた、鳴き声を警戒した通話石対策だったのだろう。


「こいつがGなんですか」


 怯えたような目を向けてくる挙動不審の男だ。目つきが悪く、無精髭を伸ばした痩せぎすの体型。こんな奴だったとは意外だ。


「いえ、この人は違います。僕たちが相対していたのは、もっと清潔感の漂う……」


 即座に否定したのは、アルバンの声。


「この男が言うには、奴隷同然に働かされていたみたい。今は御者役ぎょしゃやくらしいけど……Gはあっち。レオンが押さえ込んでるわ」


 シルヴィさんが顎で示した先には、ソードブレイカーを構えたレオン。手にした刃は、眼前で膝をつく人影の喉元へ据えられている。


「早く行かないとレオンが斬っちゃうかも。言うことを聞かせるのは大変だったんだから」


「どういうことですか?」


 シルヴィさんは、疲れた顔で溜め息をつく。


「あの子も魔獣に生まれ育った街を滅ぼされたのよ。生き残ったのは数人の子供だけらしいわ。魔獣を使って街を襲ったGなんて、許せるような相手じゃなかったみたい」


「そうだったんですか……」


 みんな複雑な過去を抱えている。兄を探すという俺の目的が、ちっぽけに思えた。


「それから、あいつには気を付けてね。顔を見れば分かると思うけど」


「は?」


 言いよどむシルヴィさんに背を向け、レオンたちへ視線を移した。


「リーズはここにいて」


 背後でアルバンの声が聞こえた。

 想い人を汚されたあいつの胸中も穏やかではないだろう。モーリスがこの事実を知れば、真っ先にGを斬るかもしれない。


「アルバンとモーリスも残ってくれ。Gには聞きたいことがある」


「僕も行きます!」


「俺も、一発殴らねぇと気が済まないんでな」


 即座に詰め寄ってくるふたり。確かに、今の彼らを止めるのは無理だ。


「条件がある。おまえらの剣をリーズに預けろ。リーズは馬車の中を見てくれるか。ジョフロワとマリーを解放してやってくれ」


 渋々応じた二人を連れ、ゆっくりとレオンへ近付いた。妙な緊張が膨れ上がってゆく。


 夕闇の中を一歩進むごとに、膝を付いた男の顔が鮮明になってきた。


「こいつ……」


 言葉を失った俺の眼前で、そいつは口端をもたげて意地悪く笑った。目元を覆う蝶の仮面は、今にも闇夜へ羽ばたき消えそうで。


「初めまして、かな? 碧色」


 咄嗟にベルトへ差した短剣ショートソードを掴んでいた。そして頭の中で、いくつかの謎が解ける。


「終末の担い手の仲間だったのか。魔獣を操ったのも、その力か?」


「おめーも、あの胡散臭い男を知ってたのか。クックッ……奇遇だな」


 通話石で聞かされた不快な笑い。それが目と耳を通じて体へ染み込んでくる。


「質問に答えろ。あの男は死んだ。てめぇも同じ目に遭いたいか」


「死んだ? そうか。まぁ、俺には関係のねー話だ。魔獣も仮面も、あいつの置き土産。俺にそんな力はねー」


 気が付けば蝶の仮面を剥ぎ取り、脂汗の滲む顔を思い切り殴り付けていた。


「とぼけるな! あの大型魔獣へ通話石を通して何かをしてただろ。あれだけ緻密な動きができるわけねぇんだ」


「おやおや。さすが碧色様だ……」


 強がりなのか、やせ我慢なのか、まだ余裕を伺わせて口端をもたげる男。年は三十過ぎといった所か。短髪で清潔さすら漂う顔立ち。このまま街の雑踏に紛れたら、こんな悪党だとは誰も思わないだろう。


「目的は何だ。他の仲間はどこだ」


 こいつの裏でもっと大きな力が動いているという、カロルの言葉が過ぎった。


「仲間なんていると思うか? 俺たちは金目当ての、ただの冒険者崩れだ……終末と知り合ったのも偶然。金を渡して、魔獣を手懐けてもらっただけのこと……」


 どこまでが本当か分からない。裏の繋がりがあるのなら暴きたいが、衛兵に任せよう。


「とりあえず、今は俺の濡れ衣が晴らせればそれでいい。衛兵にたっぷりと可愛がってもらえよ。必要な情報は後で手に入れる」


 溜め息をついて視線を外すと、険しい顔をしているレオンと目が合った。


「もういいのか? 動けなくなるほど痛めつけるのかと思ってたけど」


「あぁ、それはこいつらの役目だ。それに、おまえがそこまでやったろ」


 地面へ転がる右腕を見下ろし、舌打ちと共に蹴飛ばした。Gの肩口から白煙が立ち昇っている。切断面を熱して無理矢理に傷口を塞いだのだろう。


 背後のアルバンとモーリス。二人の顔は憤怒の色に染まっていた。この男に対して言葉にできないほどの恨みを抱えているはずだ。


「ほどほどにしておけよ。殺しちまったら、このクズと同類だ。念のために口を塞ぐのを忘れるなよ。また魔獣を操られたら厄介だ」


 シルヴィさんたちへ視線を向けると、そこには大司教とマリーの姿もあった。後はあの馬車を拝借して、Gを連れてグラセールへ戻ればいい。これでようやくすべてが終わる。


 ほっと胸を撫で下ろし、星が瞬き始めた夜空を見上げた時だった。


「がっ! ぐあぁぁぁっ!」


「おい、やめろ!」


 その時だ。闇をつんざくような男の悲鳴と、モーリスの険しい怒声。


 目を向けると、アルバンが狂ったように叫びながらGをめった刺しにしていた。だが、あいつの剣はリーズへ預けたはずだ。


「アルバン、おまえ……もう最悪だ」


 モーリスとレオンが慌てて彼を取り押さえた。その手には、赤黒く染まったガラス片。あれは教会のステンドグラスだ。


「こんな奴、生かす価値はないんだよ!」


 あんな物を所持していたとは迂闊だった。だが、それほどまでにGを恨んでいたのだ。


 地面へうつ伏せに倒れたGは、呆然とした顔であらぬ方向を見ていた。その視線の先にあるものに気付き、一抹の不安が胸を過ぎる。だがそれは、不安などという曖昧なものでなく紛れもない現実。最悪の展開が待つ未来。


「シルヴィさん、本物はそっちだ!」


 弾ける閃光。とっさに腕で顔を覆ったが僅かに手遅れ。視界を封じられてしまった。


「役立たずが。何があってもこっちを見るんじゃねーって言ったろうが!」


「くそっ! なんで気付かなかった」


 最後の最後まで、あいつの作戦に踊らされてしまうなんて。


「碧色、決着を付けようか。バカな影も死んだ。おまけに顔を見られた以上、ジョフロワとマリー以外は確実に殺す」


 Gの声が遠ざかり、離れた場所へ繋がれていた馬のいななきが上がった。


「がるるる……」


 左肩の上で、ラグが威嚇の声を上げる。相棒がこんな鳴き方をする時は決まっている。


「魔獣か。おまえらも来い!」


 レオンたちへ叫びながら、シルヴィさんの声を頼りに走り出していた。


 幸い、Gから距離を取っていたお陰で視力の回復が速い。だがそれは幸か不幸か、絶望的な現実をまざまざと見せ付けられただけ。


「どうなってやがる……」


 眼前に広がるクロコディルの群れ。ジュネイソンへ入る際に襲われたものと同じだが、側に流れる川から続々と姿を現してくる。


 先程のいななきは、魔獣に襲われた馬の悲鳴だったらしい。二頭は地へ横たわり、数頭のクロコディルが群がっている。


「音を出す素振りはなかったはずだ」


 魔獣の奥に佇むG。両手を広げた姿は自らの力に酔い、勝利を確信した自信に満ちている。その右腕は仄かな光を放っていた。


「碧色。俺がいつ、音で操ってるなんて言った? ティランを見捨てて、こいつらを必死に掻き集めるのは骨が折れたんだぞ……」


 俺の誤認だったのか。通信の切断に合わせ、魔獣の隷属を解いただけということだろう。


 四人を庇うように進み出て、剣士のCから奪った長剣ロング・ソードを引き抜いた。リーズの手からふたりの武器を取り、続いてきたアルバンとモーリスへ手渡す。


「レオンと三人で魔獣を留めてくれ! 俺にはまだ、やることがある」


 真っ先に駆け寄ってきたレオンだが、あらぬ方向を見たまま唖然としていた。視線の先には、大司教とマリーの姿が。まさかこいつまで、マリーの容姿に見とれているのか。


「おい。聞いてるのか」


「何か言った? Gの首は俺が貰うよ」


 レオンは敵を睨み据え、武器を身構えた。怒りとも闘志とも取れる空気を纏い、臨戦態勢へ切り替わっている。


「言っておくけど、君たちも戦士の端くれなら、この窮地を凌いでみなよ。半端な力じゃ自分は疎か、大事な物だって何一つ守れない」


 それはまるであいつが自身の内側へ向けた言葉のように、確かな重みを持って響いた。

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