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17 悲惨な末路


「ニコラ……どうして……」


 驚愕に目を見開き、言葉を絞り出すカロル。まさか、本当に警戒すべき敵が背後にいたなど誰が想像できただろうか。アルバンも縄を持つ手を止め、信じられない光景に硬直している。


 その中で、動いているのはニコラだけ。うっとりとした表情で左手を伸ばし、カロルの頬を包み込むように撫で上げる。


「酷いよ……僕を置いて、どこへ行こうっていうの? 君のために、こんなに傷付いたっていうのに……でも、これでずっと一緒だよ……僕たちは永遠に結ばれるんだ」


「やめて……離して……」


 ニコラを肘で押し退け、必死に振りほどこうと藻掻くカロル。その度に、腹部から溢れた血が法衣を染めてゆく。


 背中から剣を引き抜いたカロルだったが、足をもつれさせ床へ倒れた。怯えきったその顔は、何とも悲惨な末路だ。


「大丈夫?」


「触ら……ないで……」


 ニコラの微笑みも、不気味で不快なだけ。カロルは震える声を上げるのが精一杯だ。


「恥ずかしがることなんてないじゃないか……ほら、おいで」


 カロルの膝裏へ腕を差し込み、愛しい姫を抱くように抱え上げるニコラ。


「いや……」


 覗き込んでくるニコラの顔を押し退けようにも、弱々しい力では彼を遠ざけることなどできない。自らを抱き上げる男の顔が、狂喜を濃くしてゆく様を間近に見るだけ。


「Gには渡さない。君は僕の物なんだ」


「んんっ!」


 怯えるカロルの唇へ無理矢理に口づけながら、フロアの奥へ戻って行くニコラ。


 それを目で追い、床へ散らばる装備から短剣ショート・ソードを拾い上げた。すると、アルバンは追随するように、床へ倒れたリーズへ駆け寄る。


『ニコラ! てめーは、どこまでも使えねー奴だな。このゴミが!』


 アルバンの持つ通話石から、Gの怒声が漏れてきた。さすがのあいつでも、この展開は予想できなかっただろう。


「なにをするつもりだ?」


「がう、がうっ!」


 俺のつぶやきに、ラグが激しく吠えた。そして、背中を向けたままのニコラは天井を仰ぎ見る。その背はシルヴィさんの一撃で鎧ごと打ち砕かれ、流血で赤黒く染まっている。


「僕だけのカロル……もう、絶対に離さない」


 ニコラは顔をうずめるようにして、抱き上げた彼女の体を力一杯に抱きしめた。


「があぁっ」


 目を見開き、苦痛に歪むカロルの顔。それはまるで、この世の終わりと世にも恐ろしいものを同時に見たような絶望の表情だ。


「さぁ、一緒に行こう。二人の楽園に」


 俺たちなど端から眼中になかったのだろう。ニコラはこちらを振り向くこともなく、カロルを抱えたまま窓に向かって飛び込んだ。


「ニコラ!」


「いやあぁぁぁぁ……」


 救いを求めるように天へ伸びたカロルの手。それだけが鮮明に網膜へ焼き付いた。


「バカなことしやがって」


 ニコラもカロルも本当の悪じゃなかった。ほんの少し心が歪み、生き方を間違えただけだ。二人を救う方法があったのかもしれない。


 やりきれない思いを抱えたまま、アルバンとリーズの側へ歩み寄った。


「通話石を貸してくれ」


 アルバンの手から石を取り、見えないあいつを見据えるように睨んだ。


「聞いてるか? 俺はもう、てめぇを許せそうにねぇ。覚悟しろ」


『クックッ……あいつらが死んだのは、俺のせいだとでも言うつもりか? 狂った小僧が勝手に死んだだけだ。俺を討ち取って、自分を許したいだけだろ?』


「なんだと」


『代わりの駒なんていくらでもいる。碧色へきしょく、てめーを斬り刻んでやりたい所だが、今回ばかりは負けを認めてやる……勝負はお預けだ』


「は? 逃げるつもりか!?」


 ここまで来て、逃がすわけにはいかない。


『戦略的撤退、と言ってもらおうか。てめーが生き残れたらまた会おうぜ……クックッ』


 即座に、胸ポケットの通話石を覗き込む。


「レオン。行け……」


(そら)駆ける風、自由のあかし。この身へ宿りて敵を裂け! 斬駆創造ラクレア・ヴァン!』


『があぁっ!』


 通話石から漏れたのはGの悲鳴。全ては作戦通りに運んだ。

 ここへ入る前に、シルヴィさんが地面へ書いた言葉。作戦はその時から始まっていた。


“Gはここにいない。通話石を持ったレオンが居場所を探っている”


 俺たちは敵の陽動のため、敢えてこの中へ飛び込んだ。Gとの会話の最中、胸ポケットから聞こえた三度の金属音。あれが攻撃態勢に入ったレオンからの合図だった。


 モーリスを外に残したのもGへの目くらまし。適当に体を動かし、奴の視線を引き付けるよう伝えたのだ。隠れて移動したシルヴィさんは今頃、レオンと合流しているはず。


『リュシー。Gは取り押さえたけど、一歩遅かったわ。魔法石の付いた矢を寺院の一階に打ち込まれたの。火の手が上がってる』


「くそっ! アルバン、すぐにここを出るぞ。リーズは走れるか?」


 口と体を縛っていた拘束物を取り除かれた彼女は、衰弱しているようにも見える。充分に動ける体力があるだろうか。


 だが、人の心配をしている場合じゃない。毒粉塵どくふんじんの後遺症がないのはせめてもの救いだ。竜臨活性ドラグーン・フォースの力が毒を浄化したということか。


「僕が背負います」


 リーズを背負ったアルバンと共に階段を駆け下りる。黒煙が立ち昇り続けている。目と喉の痛みに襲われ、まともに進めない。


 風と氷の魔法石を使い分け、黒煙と炎を遠ざけながら下を目指した。ようやく一階へ辿り着いたものの、辺りは既に猛烈な炎に包まれている。可燃性を上げるための仕込みがあったのかもしれない。


「がうっ!」


 肩からラグが飛び上がり、大聖堂とは反対方向の通路へ消えて行く。


「碧色、こっちだ。急げ!」


 ラグを追った先で聞こえたのは、モーリスの声。それを頼りに魔法石をばらまき、裏口からどうにか脱出することができた。


 思いの外、火の回りが早かった。大聖堂のあった本体は、既に業火の中。恐らく、跡形も無く焼け落ちてしまうだろう。

 加護の腕輪を付けていた俺はともかく、アルバンとリーズはすすと煙に巻かれ、薄汚れてしまっている。


「リーズ。大丈夫だったか?」


 アルバンに背負われていた彼女を引き剥がすように降ろしたモーリス。


「うおっ!?」


 下着姿の彼女に赤面していたが、カロルに刺された肩の傷を見るなり様子が一変した。篭手こてを外し、シャツの袖口を勢い良く引き千切る。


「これでよし、と」


 傷口を縛り、満足げに頷いくモーリス。そのまま軽量鎧ライト・アーマーと上着も脱ぎ、服だけをリーズへ手渡した。しかし、沈んだ彼女の表情を見て、いぶかしげに眉根を寄せる。


「どうした? 何があった?」


 リーズとアルバンへ代わる代わる視線を向けているが、答えられるはずもない。


「モーリス、余計な詮索はするな。リーズも衰弱してるし、人質に捕られて危ないところだったんだ」


「そうなのか……何にしても無事で良かった。安心したぜ」


 胸を撫で下ろすモーリスへ笑いかけると、上着を身につけたリーズが重い口を開いた。


「二人ともありがとう……それに碧色さん。あなたも」


「いや、俺は何も。礼なら、この二人に言ってやってくれ……」


 魔が差したとは言え、アルバンとリーズを見捨てることすら考えてしまった俺に、礼を言われる資格はない。

 彼女から目を背けた俺は、胸ポケットへ収めたふたつの通話石を見た。


「どうにか脱出した。今から合流します」


『良かった。ヒヤヒヤしたわよ……ちょっとレオン。そんなにGを睨まないの! 放って置くと大変だわ。リュシー、早く来て』


くれない二物にぶつ。ひとつ聞かせろ。どうやって俺の居所を突き止めた?』


 通話石からGの声が聞こえた。それは確かに俺も知りたい。


『あんたが碧色と話してる声を、俺たちもこっちの通話石で聞いてたから。その時に、風の音が混じってたんだ』


『風の音だと?』


 いぶかしむG。俺にも意味が分からない。


『建物の中にいるはずなのに、あんなにはっきり風の音が聞こえるわけがない。だとしたら外。碧色たちの戦いが見えて、西日を避けられる場所となれば、おのずと絞られる』


『ちっ。そういうことか』


 Gの声を聞きながら、二人の判断力に心底関心していた。


「G、てめぇも切れ者だったけど、自分の策に引っかかるなんてな。馬車の車輪の音で俺たちを割り出したクセに、自分のことには無頓着だったわけだ。策に溺れたな」


 ようやく敵を捕らえることができた。安堵と共に胸を撫で下ろす。


「碧色さん。顔色が優れませんが大丈夫ですか? 少し休みますか?」


「大丈夫だ……連戦で少し疲れただけだって。ようやくGを捕らえたんだ。急ごうぜ」


 アルバンへ作り笑いを返し、残された気力を振り絞って足を進めて行く。

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