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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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16 肉奴隷


「ふたりとも。足下に武器を全部置いて、十歩下がりなさい」


 カロルの指示に従い、短剣や革袋を含めた装備を床へ置く。


 リーズが偽物である可能性にも賭けていたが、アルバンの反応を見る限り、本物だろう。これでは迂闊に手を出せない。


「アルバン。そんなにこの子が大事?」


 魔力灯の淡い光が、カロルとリーズの姿をぼんやりと照らし出していた。床へ長く伸びる影は、この女の心へ巣食う魔物そのもののように見える。


「カロル、馬鹿なことはやめてくれ」


「馬鹿なこと? 馬鹿はアルバンでしょ。こんな小娘のどこがいいのよ」


 リーズが苦しそうに呻く。頬を伝う涙が、床へ静かに落ちた。


「そっか。幼馴染同士、久しぶりの再会ね。Gに捕まってすぐ引き離されたんだもんねぇ。通話石越しに、お互いの無事を確かめるだけ」


 カロルは短剣の柄頭(つかがしら)で、リーズの首筋から胸元へゆっくりと触れていく。


「でもね。Gに奴隷みたいに扱われてたのは、あんたたちだけじゃないのよ」


 粘つくような声に抗おうと、リーズは口を塞がれたまま唸った。

 その反応を見たカロルは、意地悪そうに口元を歪める。


「この子は、いわば肉奴隷ってところかしら。Gでしょ、弓使いのA、戦士のB、剣士のCとM。特にAは、この子に夢中だったわね」


 一度言葉を切り、アルバンを見つめる。


「毎日、代わる代わる慰みものにされて……でも案外、この子も楽しんでたのかもしれないわね」


 リーズは顔を伏せたまま、小さく肩を震わせていた。

 こぼれ落ちる涙が絶望の深さを物語っているようで、胸の奥が締め付けられる。


「黙れ……」


 アルバンの喉から、押し殺したような声が漏れる。


「私だったら、とっくに自害してるわね。でも、この子ったら、お母さんを助けるために生きなきゃいけない、なんて必死だったのよ」


 カロルは肩をすくめ、嘲るように笑う。


「最初から、そういう素質があったのかもね」


「うるさい……」


 アルバンの拳が震える。


「黙れ! 黙れぇっ!」


 床に置かれた長剣(ロングソード)へ駆け出そうとした背中に、慌てて叫んだ。


「アルバン!」


 足は止まった。それでも怒りは収まらない。


「くそっ……くそおぉぉぉっ!」


 拳が壁を叩き付けられる。乾いた衝撃音が室内へ響き、時計塔の窓から吹き込む風が、その怒りへ応えるように唸った。


 そんなアルバンを眺め、カロルは心の底から楽しそうに笑う。


「アルバンもモーリスも、見る目がないのよ」


 整った顔を醜く歪め、リーズを見下ろした。


「せっかく私が見初めて仲間へ誘ってあげたのに、この美しさには見向きもしない。こんな女より下に見られた、私の屈辱がわかる?」


 怒りだけじゃない。満たされなかった執着と、歪みきった嫉妬が声に滲んでいる。


「最初は、この子が探している秘薬と一緒に、あんたたちも手に入れるつもりだった。でも薬は見つからないし、あんたたちもなびかない」


 吐き捨てるように笑う。


「私の思い通りにならないことなんて、これまで一度もなかったんだから」


 カロルは部屋の隅へ視線を向けた。


「その点、ニコラは従順よ。口づけしてあげるだけで、笑っちゃうくらいよく働くの。二十歳にもなって女も知らない純情男。最高の奴隷よね」


 その視線の先に、ニコラがいるのだろう。

 だが、あれだけの深手だ。もう息絶えていても不思議じゃない。


「アルバン。こんなけがれた肉奴隷なんて捨てて、私に忠誠を誓いなさい。Gに頼んで、あなたとモーリスだけは助けてもらうから」


「ふざけるな! リーズは見捨てない」


「はん!」


 鼻で笑い、カロルはリーズの髪を乱暴に掴み上げる。


「あんたにも、この子が蹂躙される姿を見せてあげたかったわ。そりゃあもう、胸がすっとしたんだから」


 狂気に満ちた笑みが浮かぶ。もう、この女は引き返せない場所まで堕ちてしまったのだろう。


「あんたたちと顔を合わせるたび、笑いを堪えるのが大変だったわ~。リーズのためにって歯を食いしばって悲鳴を上げてる間、この子は喘ぎの声を上げていたとも知らずにね~」


 妖しく細められた瞳へ、狂気の光が宿る。


「だけど、それも今日でおしまい。私の誘いを断るようなゴミはいらないの。この子と一緒に、あの世へ行きなさい」


 リーズを左腕で抱えたまま、一歩、また一歩と近付いてくる。


 俺たちの武器を踏みつけると、短剣(ショートソード)を掲げ、詠唱の構えを取った。


「がうっ、がうっ!」


 左肩のラグが鋭く鳴く。


「くそっ……魔導武器(マジックウエポン)か」


 この状況で魔法を使えるということは、あの短剣自体が魔力を秘めた魔導触媒ということだ。

 詠唱を許せば終わる。


「カロル、聞いてくれ」


「はん。この期に及んで何?」


「君もGに利用されてるだけだ。まだ気付かないのか?」


 その言葉に、カロルの眉がわずかに動く。


「Gは俺たちだけじゃない。君まで始末するつもりでいる」


「何を根拠に言ってるのよ」


「考えてみろ」


 一歩だけ前へ出る。


「どうして人質がリーズだけなんだ?」


 カロルは黙ったまま俺を見る。


「俺を完全に縛りたいなら、人質はマリーと大司教だろ。でも、そうはしなかった」


「それは……」


 視線が泳いでいる。彼女も迷い始めた。


「もし俺が、アルバンとリーズを見捨てたら?」


 俺は床へ転がる剣に視線を落とした。


「君がリーズに短剣を突き付けても、俺には何の痛手もない。その剣を拾って、君の首を刎ねれば終わりだ」


「碧色さん!?」


 アルバンが驚きの声を上げるが、今は構っていられない。


「そんなはずない……」


 カロルは小さく首を振った。


「Gが私を見捨てるなんて……この数か月、どれだけ尽くしてきたと思ってるのよ!」


「でも、これが現実なんだよ」


 静かに言葉を重ねる。


「俺たちと来い。Gへ復讐するんだ」


「復讐?」


 カロルの動きが止まる。

 あと一歩。もうひと押しで堕とせる。


「君が協力してくれれば、Gを追い詰められる」


「待って!」


 カロルが叫ぶ。


「話を……Gと話をさせて。通話石を持ってるんでしょ? 本人と話すまで信じない!」


「話したところで、はぐらかされるだけだ」


 Gと接触させるわけにはいかない。


「ニコラを見ればわかるだろ。最後には捨てられる」


「うるさい! 早く通話石を出しなさい!」


 怒鳴った勢いのまま、カロルはリーズの肩へ短剣を突き立てた。

 リーズが呻き、苦しげに身を震わせる。


「落ち着いてくれ! わかったから」


 アルバンは耐え切れず、慌てて通話石を取り出した。


『くっくっ……こっちにもよく聞こえてるぞ。おもしれーことになってるな』


 聞きたくもない邪悪な声が、室内へ響き渡る。


「お願い、G! 助けて!」


「G、よくも騙してくれたな。こそこそ隠れてんじゃねぇ。さっさと姿を見せろ」


「ちょっと、碧色は黙ってて!」


 カロルの怒鳴り声が重なる。


『悪いが、人見知りが激しくてな。こうして遠目から眺めてるだけで充分だ』


 嘲るように笑ったあと、Gはわざとらしく声色を変えた。


『それより、のんびり話してる場合じゃねーだろ? カロル。おまえはこんな連中に騙される女じゃねーだろ。優秀な俺の片腕なんだ』


「G……信じていいのよね?」


『当然だ。美人で有能な魔導師。Dは死んじまったが、希少なおまえたちだからこそ解毒薬まで持たせてるんだろうが。おまえは最高の女だよ』


 その一言だけで、曇っていたカロルの表情がみるみる明るくなる。

 やはり、この女はもう引き返せない。


 だが、そのやり取りを聞きながら、俺の耳は別の音を拾っていた。

 微かに響いた、三度の金属音を。


『おまえにリーズを預けたのは急な対応だったからだ。碧色がひとりで来るようなら、本当はジョフロワを人質にするつもりだった』


「ねぇ、Cもやられたわ。すぐに来てよ。こいつらを八つ裂きにして!」


『慌てるな。まずはアルバンに縄を渡せ。そいつらを縛ってる間に、俺もそっちへ向かう』


「わかった。お願いだから急いでね」


 カロルは腰へ巻いていた縄をほどき、アルバンの足元へ放った。


「碧色を縛りなさい。妙な真似をしたら、またリーズを刺すわよ」


「わかった……彼女には何もしないでくれ」


 アルバンは縄を拾うと、申し訳なさそうに俺を振り返ってくる。


 反撃するなら今しかない。このまま縛られれば、ドミニクとの戦い以上に不利な状況へ追い込まれる。

 だが、そのためにはアルバンとリーズを見捨てなければならない。


 竜臨活性(ドラグーン・フォース)は、もう切れている。今の俺に、アルバンを振り切るだけの力は残っているのか。もたつけばカロルの魔法が飛ぶ。最悪、アルバンまで敵に回る。


 奥歯を強く噛み締める俺を見て、カロルは勝ち誇ったように笑った。


「ほらね? Gは私を裏切ったりしない」


 恍惚とした表情で胸へ手を当てる。


「私も最初は助かりたい一心で仲間を裏切った。でも、一緒にいるうちにわかったの。この一団の裏では、もっと大きな力が動いてる。私だって富も権力も手にできるの」


 もっと大きな力。その言葉だけが胸に引っ掛かった。


「碧色さん……すみません」


 アルバンの手が震えながら、俺の両腕へ縄を巻いていく。

 何もできない。焦りと苛立ちだけが募る。


 その時だった。カロルは、自分の背後へ忍び寄る人影にまったく気付いていなかった。


「かはっ!?」


 腹部を貫いた刃先が、勢いよく飛び出してきた。

 リーズを抱えていた左腕が力なくほどけ、カロルは呆然とその刃を見下ろした。


「うそ……」


 震える手で刀身に触れながら、ゆっくりと背後を振り返る。

 そこに立っていたのは、恍惚とした笑みを浮かべるニコラだった。


 狂気に満ちたその瞳だけが、静かに妖しく輝いている。

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