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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.04 霊峰アンターニュ編

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15 俺には俺の道がある


「双方、そこまで!」


 シルヴィさんの鋭い声が場を裂いた。それと同時に、肌を刺すような寒さが走る。このまま凍りついてしまうのではないかと思うほどの強烈な冷気だ。


 シルヴィさんの隣には、魔導杖(まどうじょう)を構えたセリーヌがいる。この寒さは、彼女の魔法に違いない。


 視線を落とすと、手にした竜骨魔剣の刃は厚い氷に覆われていた。氷の棒と化した切っ先が、コームさんの脇腹へ吸い付くように添えられている。


 勝った。凍り付いた刃を見据え、そう確信した。


「がうぅっ!」


 頭上を旋回するラグの鳴き声が聞こえる。いつもなら左肩へ乗ってくるはずが、その気配はない。


 違和感に導かれるように気付く。凍て付く寒さは周囲の冷気だけじゃない。左頬から首筋へ触れている何かが、じわじわと体温を奪っていた。


 老剣士の握る氷の棒が、いつの間にか俺の首筋へ添えられている。


「これって……引き分けってこと?」


 背後からアンナの不安げな声が聞こえてきた。


「違うね。引き分けなんかじゃない」


 答えたのはレオンだった。後方で戦いを見ていたあいつの声は、誰よりも冷静で揺るがない。


「レオンの言う通りだ。引き分けじゃねぇ」


 セリーヌが魔法を解いたのだろう。武器を覆っていた氷は溶け、場を満たしていた冷気もゆっくりと薄れていく。


「俺の……負けだ」


 口にした途端、重い実感が胸へ沈んだ。


「どういう意味だい? 説明してくれないか」


 困惑した様子でナルシスが歩み寄ってくる。答えるのは、俺しかいない。


 武器を下ろし、息を吐く。空っぽになった心を抱えたまま、ただ立ち尽くす。認めたくない現実が、確かにここにある。


「コームさんの脇を取ったつもりだった。でも実際は、首筋に刃を突き付けられていた。どっちが致命傷かは明らかだろ」


 脇腹なら助かる可能性はある。だが首なら、終わりだ。


「リュシアン・バティスト。邪魔をするなと言っておきながらこの様か。残念だ」


 ナルシスの溜め息が刺さる。


「ナルシスの旦那の言う通りっスよ。旦那の勝利に賭けていたオイラはどうなるんスか?」


 エドモンの軽口も、今はどうでもいい。


「きゅうぅん……」


 ラグが左肩に降り立ち、小さく鳴いた。


 結局、またこれだ。竜の力を持っていても、肝心なところで届かない。驕っているつもりはない。それでも、必要な時に使えないなら意味がない。


 吐き出した息と共に、胸の奥の重さが広がる。

 顔を上げると、シルヴィさんと目が合った。その手には、俺が投げた短剣(ショート・ソード)が握られている。


「惜しかったわね……でも、結果が全て。しっかり受け入れなさいよ」


「わかってます」


 短剣を受け取り、ベルトに繋いだ鞘へ収める。


「なんて顔してるのよ。世界が終わったわけじゃあるまいし。なんだか母性本能くすぐられちゃう……今夜からあたしがたっぷり構ってあげるから、元気出しなさい」


 軽口を残して、シルヴィさんは仲間たちの方へ歩いていく。


「はいはい、勝負は終わり。まだ話が残ってるだろうから、みんな下がって」


 その気遣いがありがたい。情けない姿を見られたくない気持ちもある。それ以上に、セリーヌとはきちんと別れを済ませておきたい。


「御主、その剣をどこで?」


 剣を収めながら、コームさんが問い掛けてきた。視線は竜骨魔剣に向けられている。


「街の武器屋です。店主の秘蔵品らしい」


「その魔力。まさかな……」


 小さく首を振り、背を向けて去っていく。

 入れ替わるように、セリーヌが歩み寄ってきた。


「惜しかったですね。最後の鬼気迫る一撃には、目を見張るものがありましたが……」


「負けは負けだろ」


 口元に浮かんだ笑みは、自分でも理由がわからない。それを見て、セリーヌも力のない微笑みを返した。


(わたくし)たちはそろそろ行かなければなりません。リュシアンさんには大変お世話になりました。たくさんの思い出と、温かい言葉を頂いたというのに……お気持ちに応えられず、申し訳ありません。それと、マリーさんのこと、どうかお願いいたします」


 深く頭を下げ、顔を上げた彼女の表情は澄んでいた。迷いはない。すでに戦士の目だ。


 俺の横を通り過ぎ、仲間たちへも簡潔に挨拶を済ませる。


「本当に、ありがとうございました」


「きゅうぅん……」


 ラグの鳴き声が、やけに胸に響いた。


 これで終わりなのか。焦りにも似た感情が広がる。老剣士は無関心な様子で馬を引き寄せていた。


 通り過ぎようとする背中へ、思わず声をかける。


「これからはもっと警戒しろ。君はお人好しだし、抜けてるところがあるから危なっかしいんだ」


「はい。そうですね……」


 振り返らない。その背が遠い。


「抜けてるクセに、目的のためなら自分を平気で犠牲にしようとする。使命や神器より、もっと大切なことがあるって忘れるなよ」


 災厄の魔獣がどんな怪物かはわからない。彼女がこれから乗り越える困難が、どれほどのものかを知る由もない。それでも、どうしても、これだけは伝えずにいられない。


「何があっても、生きろ」


 再び巡り会う、その日まで。


「承知……しました……」


 震える声。揺れる肩。でも、これからのセリーヌを支えるのは俺じゃない。

 彼女は自分自身で道を切り開くだろう。


「俺が最後に言いたいのは、ひとつだけだ」


 そうして背を向ける。ここから再び始まる、互いの目的を果たすために。


「またな」


 振り返らない。次に会う時までに、必ず強くなる。彼女を守り抜くだけの力を手に入れる。


「がうっ!」


 ラグの声が背中を押した。


 仲間のもとへ戻ると、シルヴィさんが柔らかな笑みで迎えてくれた。


「お別れは済んだの? って、もう行っちゃうみたいね」


 馬のいななきが遠ざかっていく。


「あたしたちも、のんびりしていられないわ」


 そう言いながら水袋を口に運ぶ姿に、思わず苦笑が漏れる。


「シル(ねえ)の言う通りだよ。このままだと街道も封鎖されちゃうかも。リュー(にい)が捕まったら困るよ」


 口をへの字に曲げたアンナ。それを安心させるように微笑んで見せた。


「大丈夫だ。必ず潔白を証明する」


 だが、シルヴィさんの顔付きは険しい。


「リュシー。フェリクスの命令だし力を貸すけど、捕まれば彼の計画は終わりよ」


「わかってます」


「そうなったら、助けられるかわからない」


「その時は見捨ててもらって構いません」


 あの人の功績に傷を付けたくはない。みんなを反逆者にするつもりもない。


「リュシアン・バティスト。この僕がいるんだ。安心したまえ」


 馬上のナルシスが胸を張る。


「この中で、おまえが一番低ランクだけどな」


「ぐぬぅ……」


 いつものやり取りに、少しだけ空気が緩む。

 誰も責めないし、慰めもしない。その距離感がありがたい。


 気持ちを切り替えたところで、不意にレオンが口を開いた。


「逃げられたのか」


 唐突な一言に、視線を向ける。

 何の話かはすぐにわかった。あの時のことだ。


「予想外だった」


 短く答える。


「なんだ」


 レオンが一歩、間を詰める。


「そんなもんか」


 あの時と同じ言い方だった。


 胸の奥で、何かが引っかかる。


「大したことねぇな。おまえがいれば止まると思ってた」


 淡々とした声音。だが、その中に棘がある。


 ああ、そういうことか。


「もう一度言ってみろ」


 低く返す。今度は、俺の番だ。


 レオンはわずかに口角を上げた。


「無理だったんだろ」


 一歩も引かない視線。


「俺でも止められなかった」


 一瞬、間が落ちる。


「あんたでも同じだ」


 言い切る。視線がぶつかる。


 ほんの一瞬の沈黙。


「かもな」


 否定はしない。できるはずもない。


 だからこそ、言葉を繋ぐ。


「なら、次は止めるだけだろ」


 返した瞬間、レオンが鼻を鳴らした。


「言うじゃねぇか」


 俺から目を逸らし、ここではないどこかを睨む。


「よりによって大司教か。相手が悪い。でも動くなら早い方がいい。碧色、馬車はやめろ」


「レオンの言う通りね。リュシーは金髪君の馬に乗りなさい。私たちは馬車で追うから、ジュネイソンで合流しましょう」


「シルヴィさん。本気ですか?」


「それしかないでしょ。どうせなら、ふたりで愛の逃避行でもする?」


「遠慮しておきます」


 唇へ人差し指を添えて微笑んでいる。

 この人と逃避行なんてことになれば、一晩で精気を吸い尽くされるだろう。


 この人は、酒も強いがあっちも凄い。

 技術も体力も勝負にならなかったが、俺の経験不足だ。今ならまともに相手をできるはずだ。


 そんなどうでもいい考えを頭から追い出した。

 ナルシスを伺うと、勝ち誇った顔でこちらを見下ろしている。


「やっぱり僕が必要だろう?」


「必要なのは、びゅんびゅん丸だからな。仕方ねぇから、ジュネイソンまで乗ってやる」


「素直じゃないな、君は」


「ナルシスの旦那。運賃を貰うべきっスよ。そして山分けっス」


「黙れ」


 エドモンの尻を蹴り、これからの道中を思って溜め息が漏れた。


 俺には俺の道がある。マリーとジョフロワを助け、兄を探す。その先でまた会えたなら、今度こそ離さない。


 俺たちの道は、きっとひとつに繋がる。

QUEST.04 霊峰アンターニュ編 <完>


<DATA>


< リュシアン=バティスト >

□年齢:24

□冒険者ランク:A

□称号:碧色の閃光

[装備]

竜骨魔剣

スリング・ショット

冒険者の服


挿絵(By みてみん)




< ナルシス=アブラーム >

□年齢:20

□冒険者ランク:C

□称号:涼風の貴公子

[装備]

細身剣

華麗な服


挿絵(By みてみん)




< シルヴィ=メロー >

□年齢:25

□冒険者ランク:S

□称号:紅の戦姫

[装備]

斧槍・深血薔薇

深紅のビキニアーマー


挿絵(By みてみん)




< レオン=アルカン >

□年齢:24

□冒険者ランク:A

□称号:二物の神者

[装備]

ソードブレイカー

軽量鎧


挿絵(By みてみん)




< アンナ=ルーベル >

□年齢:22

□冒険者ランク:A

□称号:神眼の狩人

[装備]

双剣

クロスボウ・夢幻翼

軽量鎧


挿絵(By みてみん)




< エドモン=ジャカール >

□年齢:23

□冒険者ランク:S

□称号:真理の探求者

[装備]

魔導杖

朱の法衣


< フェリクス=ラグランジュ >

□年齢:38

□冒険者ランク:L

□称号:断罪の剣聖

[装備]

聖剣ミトロジー

軽量鎧


< セリーヌ=オービニエ >

□年齢:23

□冒険者ランク:D

□称号:使命遂行の戦士(仮)

[装備]

深緑の魔導杖

蒼の法衣

神竜衣プロテヴェリ


挿絵(By みてみん)




< コーム=バシュレ >

□年齢:55

□冒険者ランク:なし

□称号:熟練の剣士(仮)

[装備]

長剣

軽量鎧



ラフスケッチ画:やぎめぐみ様

twitter:@hien_drawing

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